第33話『鬼門』【怖さ★★☆】


 「クスノハ~ご飯ですよ~」

 私は酢飯を油あげに入れたものをお皿に置く。


「コン!!」

 クスノハはまっしぐらに皿に駆け寄ると、すぐに平らげる。


 かわいい……。


 私に狐の容姿の良し悪しはわからないが、きっとクスノハは狐の中でも相当、美人さんなのだろう。食べる物も私達と同じ物しか食べないし、躾もできている。

 本当はクスノハは狐界のお姫様なのではないかと勝手に想像してしまう。


「フローラ~支度、できたか~?」


 マスキさんが私を呼ぶ声がする。


「は~い!今、行きます~」

 私はそれに答える。


 数日でいろんな事があった。


 怖がりの私をマスキさんは何度も何度も助けてくれて……今、一生、側に置いてもらえる権利をいただいた。


 ……あれ?思い起こせば、私はマスキさんの隣で叫んでばかりではないか?

 マスキさんはそれを迷惑ではなく、かわいいと言ってくれる。


 フロラディーテ!本当にそれでいいのか!私の剣聖の肩書きは守られるためのものではないだろう!


 私もマスキさんの役に立ちたい!


 側に置いてもらうだけではダメだ!一緒に歩いていきたいのだ!


「お~い?まだか~?」


「は、はい!すぐに!」


 私は荷物が溢れそうな大きなカバンの蓋を全体重をかけて無理やり閉め、ロックをかけた。


「お待たせしました!」


「おお……すごい荷物だな。結局、新婚旅行はどこへ行くのだ?」

 マスキさんが私が背負っている大きなカバンに驚く。

 領主になったマスキさんだが、優しい住民の皆さんから「新婚なのだから、新婚旅行は行くべき!」と声が上がり、さっそく一週間ほど休みをいただいた。

 マスキさんは最初は町の発展を最優先にしたいと反対したが、デートらしいこともほとんどせずに婚約したことを住民に責められ、渋々了承したのだ。

 私もマスキさんの役に立ちたいという思いで、今回の新婚旅行は全て私が計画を立てた。

 マスキさんが喜んでくれるか心配だが、全力を尽くすと心に誓ったのだ。


「それで、ピラミッドに行こうと思う!」

 私が選んだのは遥か昔に建てられた王の墓、ピラミッド!観光地としても有名で人気のスポットだが、お墓ということで幽霊に出会ったという話も出ている。マスキさんの怪談の手助けにもなり、私も行ってみたかったから私達の新婚旅行にはぴったりだ!


「へぇ~、ピラミッドか!面白そうだ!本で呼んで気になっていたが、実は東北は鬼門の方角だから、あまり縁起がよくなくて避けていたんだ。でも、フローラが一緒なら楽しめそうだな。ありがとう!」

 マスキさんの反応が良い。


「そうか!よかった!」

 さっそく喜んでくれた!しかも、マスキさんが、まさかピラミッドにそんなに興味を持っていとは知らなかった!しかも、方角を気にして避けていたなんて、マスキさんの新たな一面が見れたのも嬉しい。


「そういえば、クスノハは置いてきていいのか?」


「ああ、ハナちゃんにお世話を頼んでおいた!抜かりない!」

 ハナちゃんは「人面犬飼ってるので狐の一匹や百匹は楽勝っす」と心良く引き受けてくれた。人面犬に疑問が沸いたが、知らないほうがいいこともあるだろう。


「だ、大丈夫かな……」

 マスキさんが心配する。家族思いなところも大好きだ。だけど、今回は二人っきりで旅行がしたかった。新婚旅行だしな……えへへ。


 私達は馬車を乗り継ぎ、1日かけて隣国エシプカーメンへやってきた。


「ガイドのクフです。よろしく」

 紺色のガイド服を着た金髪の綺麗な女性が握手を求める。ピラミッドは国の文化遺産なので、中に入るには専用のガイドを雇わないといけない。もちろん、ペット同伴は禁止されているため、クスノハには申し訳ないが、今回はお留守番を頼んだというわけだ。


 ガイドのクフさんは、ピラミッド行き専用の馬車を用意してあり、私達はそれに乗り込む。


「楽しみだな~ピラミッド。話には聞いたことがあるが、実際に見るとどうかなぁ~。この前、怪談小屋で『サーラ伯爵家』をやったら大盛況でな!やっぱり、実際に体験したことを話すと全然!臨場感が違うな!」

 マスキさんは子供のようにワクワクしている。


「ピラミッドは『幽霊が出る』とか『王の財宝が眠っている』など噂が絶えません。きっと、びっくりする体験が出来ますよ!」

 私は自分で言っていて心配になる。やっぱり怖いのかな?


 マスキさんの隣に座ったクフさんが丁寧に説明してくれる。


「ピラミッドはかつては金字塔きんじとうと呼ばれていました。驚くことに、200万個もの石が積まれており、その角は東西南北の方角を正確に差しているとのことです」


「そこがまず、不思議だよな!一万二千年前にどうやってそんな巨大な石を運んだのか!?」

 マスキさんがさっそく、クフさんの話に食いつく。こんなにワクワクしているマスキさんは見たことがない。私は来て良かったと心から思う。


 クフさんも喜んで解説する。

「そうなんですよ!さすがです!そんな巨大な石を人力で運べるわけがない!しかし!正確な方角で積まれているのです!!」


 馬車の中で立ち上がるマスキさん。

「ピラミッドは300基を3000年に渡って作ったとされている!!そして内部にあると言われる30メートルに渡る空間――」


「そうです!マスキ様の言う通り、古代の――」


「うふふ……」

 二人の白熱した会話に私も笑みがこぼれる。


 私達を乗せた馬車は目的地に到着した。


 【ピラミッド】

「おお――!!すごい!!」

 ふふ……マスキさんが馬車を降りるなり、雄叫びを上げる。


 ブチッ!

「あ……」


「どうしました?」

 ガイドのクフさんが声をかけてくれた。


「あ、すいません。カバンの紐が切れただけです。抱えていきますので大丈夫です」

 カバンを背負おうとしたら、紐が切れた。


「荷物入れすぎたか?俺が持つよ」


「いや、荷物を多く入れたのは私です!私が持ちます!」

 私は荷物を抱える。荷物を入れすぎたか……失敗した。ふと、マスキさんが話した『鬼門』の話を思い出してしまう。


 ピラミッドの中に入ると、他の観光客の姿はない。

 クフさんが得意気に話す。

「実は、この通路は一般の見学が禁止されている場所なのです。特別ですよ~特別!」


「やはりそうか!本で見た王の寝室に続く道に似ていると思った!この道自体に歴史的価値がある!」

 マスキさんは大はしゃぎだ。


「王の寝室にはミイラが安置されてます。その他にも歴史的に貴重な物がたくさんですよ!」

 クフさんが少し早歩きになる。


 私は重要文化財を見るということで、ちょっと緊張してきた。


 少し大きめの部屋に入った瞬間、クフさんが叫んだ。

「え!!?な、ない!!ミイラがないわ!!」


「どうした!?ここにミイラがあったのか!?」

 マスキさんが部屋の中央にある豪華な装飾がされたベッドを指差す。


「大変だわ!警備隊を呼んできます!お待ちください!」

 クフさんは出口へ走っていった。


「なんだか、大変なことになってしまいましたね……」

 私に不安が押し寄せる。


 クフさんはここが一般の人は立ち入り禁止と言っていた。

 はたして私達はここにいて大丈夫なのだろうか?

 やっぱりマスキさんが言っていた『鬼門』のせいだろうか……。カバンの紐が切れたり、ミイラが消えたり、そういえば、馬車の席もマスキさんの隣にはクフさんが座って、実はちょっと嫉妬していた……。


「そんな心配そうな顔をするな」

 マスキさんが私の頭を撫でてくれた。


「……ありがとうマスキさん。せっかくの新婚旅行なのに……ごめんなさい」


「別にフローラは悪くないだろ。俺は貴重な物をたくさん見れて楽しいよ。あ、喉が乾いたな。お茶を貰おうかな」

 マスキさんは優しい。この人と婚姻できて私は幸せだと思う。お茶はもちろん持ってきている。私は抱える荷物のチャックを開け、手を入れてお茶を探す。このために、たくさん荷物を入れてきたのだ!任せておけ! 


「あった!これだ!」


「……!?ふ、フローラ……」

 マスキさんの目が点になる。私が恐る恐るお茶を取り出した手を見ると……その手にはミイラが握られていた!


「きゃぁ――!!!!!!!!!」

 

 ドサッ!

 私は抱えていた荷物を落とす。荷物からミイラの手が飛び出る。


 どういうことだ!?なぜ、消えたミイラが私の荷物の中に入っている!なぜだ!?


「あ、あの……マスキさん、私、私……」


「大丈夫だフローラ。落ち着け」

 マスキさんが優しく私を抱きしめてくれる。


 私……私……。


 その時、こちらへ向かってくる複数の足音が聞こえた。


 ダッダッダッダッダ!!


「ま、マスキさん!」

「大丈夫だ!フローラ!!」


 抱き合う私達の前に現れた警備員達は、私達を見るなり、驚くことを言った。


「マスキ伯爵!剣聖フロラディーテ様!申し訳ございません!!」


『へ?』

 私達は顔を見合わせた。



「……そうだったのですか」

 

 警備員の話の内容をまとめると、こうだ。


 ガイドのクフさんは熱狂的なマスキさんのファンだった。怪談小屋にも毎回、通っていたそうだ。

 彼女はマスキさんが私と婚姻したことに、とてもショックを受けた。

 そんなある日、私とマスキさんが自分がガイドをしている『ピラミッドツアー』に申し込みがあったことを知る。

 そこで、計画をしたそうだ。ミイラを隠し、私のせいにさせ、婚約を破棄させようと。彼女は髪を私と同じ金髪に染めて変装していた……。


 警備隊にミイラ窃盗の容疑でマークされていた彼女は、禁止された通路から出てきたところを確保、逮捕されたそうだ。


「お詫びに明日は正規のルートを貸しきりにしました!申し訳ございませんでした!」

 それだけ言うと、警備隊は何度も頭を下げながら去っていった。


 マスキさんは、私の顔を真剣に見つめながら話してくれた。


「……フローラ、俺は長年に渡り怪談や都市伝説、怪異、妖怪の話をしてきたが、ずっと変わらない思いがある。……一番怖いのは……人間だ」

 

 マスキさんの言葉に私は、そっと頷いた。


 <つづく>

 

 

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