第32話『予知夢』【怖さ★☆☆】
此は俺が転生前、怪談師だった頃の話だ。
……ちゅぽん。
「ふぅ~益材、満足じゃ。それでは炊事洗濯もろもろ任せたぞ」
俺の嫁、白狐の葛の葉がその妖艶な素肌を恥ずかしげもなく見せながら眠りにつく。
「ああ……こう朝から晩まで呪力(精力)を吸われていたら体がもたん……」
俺はふらふらになりながら、朝食の支度に取りかかる。
朝食の支度をしながら考える。
朝食の支度をして、洗濯板で葛の葉の服を丁寧に洗って、部屋の掃除、葛の葉を起こして朝食を食べてもらっている間に怪談の勉強と呪力の鍛練を行って、朝食の片付け、怪談小屋へ仕事、帰ってきて昼食の準備、庭の掃除、組合の集い……ああ、考えただけで過労で死にそうだ……。
しかも、葛の葉は自分では何もしないのにやたら口うるさい。
やれ「玉子焼の、塩が多い」や「皿の洗い方が雑」と文句を言い、挙げ句の果てに、掃除した後に部屋にやってきた「おや?まだ掃除しておらんのか?早くやらねば日がくれるぞ」などと言われる始末。常人の見解なら「何もしないくせに偉そうにするな!」と反論するかもしれないが、俺にはそんな事をいう勇気もないし、反論すること自体、それを勇気という言葉で肯定する小さな人間ではないと自負していた。
ま、簡単に言うと『好きでやってる変わり者』……だ。
朝食の準備が終わり、葛の葉を起こしにきたのだが、すでに葛の葉は起きており、座禅を組ながら心を落ち着かせ、目をつむったまま俺に向かって口を開ける。
「見えたぞ」
葛の葉は時折、未来の出来事を夢の中でみることができる。いわゆる『予知夢』だ。
葛の葉はゆっくりと目を開けた。
『口の裂けたる女が……魔物を率いておる。大群じゃ。場所は……遥か北の地……赤くそびえる城……ハッ!……ぐっ!奴と目が合った。私の予知夢に干渉してくるとは……』
「大丈夫か?」
その場に座り込む葛の葉の体を支える。
魔物?魔物なんて生まれてこの方、見たことも聞いたこともない。
「ああ、すまない、肩を借りる。しかし、見知らぬ土地だったな。この世界ではないのか?……まさか……な。ま、私の予知夢も100%当たるわけでもない」
葛の葉は俺の手を借り、立ち上がる。
予知夢を見るためには莫大な呪力が必要であり、それは主に呪力が高い人間から補充される。つまり、俺だ。
普段、ダラダラしているように見える葛の葉だが、予知夢を見るために少しずつ少しずつ体内で呪力を練っているのだ。
まだ見ぬ天災、厄災、大事件、大事故……それを事前に感知し対策を練る。
『稲を象徴する穀霊神・農耕神である稲荷神の神託を下ろす』それが白狐である葛の葉に与えられた使命であった。
だがら、俺は葛の葉の身の回りの世話はするし、呪力だって惜しみなく与えているのだ。
「一応、忘れぬよう紙に書いたが、やはり意味がわからぬのう……」
筆を取り、予知夢の内容を書き記した紙を壁に貼る。
部屋の壁には今までに見た予知夢を書いた紙がところ畝ましと貼られていた。
だいたいが『大災害は3月』や『富士山大噴火』など悪い内容が多いが、中には『子供の名前は晴明』や『子供は名声を得て天皇に仕える』といった親目線の願望に近いものまで幅広い。
だから俺もさほど気にはしていなかった。
「あ、やばい!怪談小屋の出番に遅れる!ちょっと行ってくる!」
「ま、待て!行ってはならぬ!」
先程の予知夢の内容が気になるのか、葛の葉は俺を止めようとする。
「すぐ帰るから!」
俺は注意も聞かずに怪談小屋へ急いだ。
窮屈な生活の唯一の憩いの場、何を差し置いても俺にとってそれは怪談であった。
その後だ、怪談中に急に胸が苦しくなり、気がついたら転生していたのは……。
素直に葛の葉の言葉に耳を傾ければよかった。
その時は深く考えていなかったが、葛の葉の予知夢的中率は100%だ。
今まで外れたことがない。
もう一度、転生前の記憶を掘り出してみる。
『口の裂けたる女が魔物を率いている。大群。場所は遥か北の地。赤くそびえる城』
間違いないな。怪談では有名な口裂け女だが、どうやらこの世界では『魔王』をしているらしい。
俺を呪い殺した……『口裂け女』が。
……ちゅぽん。
「ん?……フローラ?」
目が覚めて、布団を捲るとフローラが顔を出す。
「きゃぁ――!!ま、マスキさん!あの……これは……どんな味かなって……ごめんなさい――!!!!」
フローラは布団から這い出ると慌てて部屋を飛び出した。
「フローラ!!……一体、どうなってるんだ?」
俺が困惑していると、ペット小屋からクスノハが顔を出す。
「あの技……くくく……おもしろい。マスキ、お前の嫁は私にも引けをとらぬ大物よ。ここにフロラディーテを私のライバルと認める!!クハハ!良いものを見れた、私は寝るぞ!」
クスノハはさっさとペット小屋に引っ込む。
「……なんだってんだ?……いったい」
俺は少し重くなった体を休めるために再び布団の中に潜った。
<つづく!>
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