第29話『狐の嫁入り』【怖さ★★☆】

「……うう~ん」

 俺はその夜、懐かしい夢を見た。


 【狐の嫁入り】


「ああ、こいつは狐の嫁入りを見たんだな」


 獣か人か、それ以外か。その正体はわからないが、ホノケ山と呼ばれる山では、それまでに何人もが同じように、喉笛を噛みちぎられた死体で見つかることがあったという。それも雨が上がった次の日に。


 当時の俺は陰陽道の師範をしており、こういった怪奇現象の解決によく呼ばれたものだ。


益材ますきさん!これは狐の仕業に違いありません!狐を皆殺しにしてください!」

 旦那を殺された若い女が私にしがみつく。


「『狐の嫁入り』というのは正確には狐ではありません。狐とは化かす者の総称で、実際は物の怪や怪異の可能性もあります。とにかく、山を見てきます」


「狐でも物の怪でもなんだっていい!皆殺しにしてください!」

 女は気が動転しているようだ。

 

 私は女をなだめ、ホノケ山に入った。


「おや……白い狐?」

 目の前に鮮やかな白い毛並みの狐がこちらを見ていた。

 狐の生息地はもっと北の方だ。


「もしや……!?」

 俺が白狐に警戒をすると、突然、雨が降ってきた。山の天気は変わりやすいとはいえ、さっきまで晴れていたはずだ。


「……お前か?」

 俺は雨の中、ジッとこっちを見る白狐に話しかける。

 

 ガラガラガラ!!


 突如、車輪の音が近づく!


「危ない!!――!!?」

 俺が間一髪避けると、そこには二つの大きな車輪に裸の女の上半身がついた化け物がクスクス笑っていた。


『クフフ……黙って引かれてればいいものを』


「お前……村の女!?火車だったのか?」

 火車かしゃとは火の車輪で人を焼き殺す物の怪だ。


『そうさ!浮気した旦那を引き殺そうと山に連れ出したんだが、急に雨にやられてね!代わりに喉笛を食いちぎってやったのさ!!』


「コン!!」

 先程の白狐が俺の肩に乗る。


「そうか、お前がアイツの火を止めてくれてたのか……助かったよ!」

 俺は白狐の頭をポンポンと撫でたあと、印を結ぶ。


『オマエも食い殺してやる――!!!!』

 

 ガラガラガラ!!


「成仏しろ!化け物!鬼神憑魂!!」

 俺の拳に鬼神の力が宿る。


 ドゴォォ――ン!!


『グワァァァァ!!!そんなバカ……な』

 火車は砕け散った。


「お主、やるな。あやつには山を荒らされて困っておったのじゃ」


「へ?」


 肩に乗っていた白狐がみるみる銀髪の美人に変化する。


「わぁ!!ふ、服を着ろ!!」

 俺は目をつむる。


「なんじゃ、案外ウブよのう。火車の女も裸であっただろうに……。しかし、お主、気に入ったぞ……」


 お主の嫁に――してはくれまいか?

 

 【マスキの実家 マスキの部屋】


「ハッ!!」

 俺は飛び起きた。


 懐かしい……夢を見た。


「んん……おはよう。マスキ」

 隣で寝ていたフローラが眠い目を擦りながら目を覚ます。『マスキ殿』から『マスキ』に呼び方が変わったことに少し頬が緩む。


 昨日、初めてフローラと一夜を共にした。


 それは夢のようで、決して夢ではない、夢物語のようでもあった。


「マスキ……あまりジロジロ見るな。恥ずかしい」

 フローラが布団を手繰り寄せ、体を隠す。


「わ、悪い!」

 俺は慌ててそっぽを向く。

 昨夜、フローラの裸を見たせいで、変な夢を見たのかと推測する。


「しかし、マスキは普段は口数も少なく寡黙で、恋愛とかは全く興味がないのかと思ってたが……それが、昨夜はあんなに激しく。正直、驚いた」


「その……すまん」

 面目なく思い、頭を下げる。


「あ、いや!嬉しかったんだ!これからも、よろしく頼む」

 フローラも頭を下げた。


 俺達は着替えを早々済ませ、家族と朝食をとった。


「で、領土はどこを貰ったんだ?いや~マスキが領主か~!ワシの店も移転せんとな~」

 昨日からご機嫌の父親が今日も「あなた誰?」というほど別人のようにご機嫌だ。


「フロラディーテは騎士団の団長だから、そう遠くには行けないし、俺も怪談小屋を辞めるつもりはないから、俺の怪談小屋があるノッペラバウを貰うことになりそうだよ」


「あら~あそこは海鮮が有名なとこね~。母さん太っちゃうわね~」

 「もう太ってるから変わらないよ」とは死んでも言えない。


「楽しそうな家族だな」

 フローラが玉子焼きを美味しそうに口に運びながら俺に笑顔を送る。


「あ、お兄~、あんまり怖がりなフロラディーテさんに怪談聞かせちゃダメだよ。昨晩だって、部屋から叫び声が聞こえてきてたよ。「ひぃ!」とか「ダメ!」とか……」

 妹のシオンが箸を俺に向けて注意する。


「――!!?」

 フローラが真っ赤になる。

 あの時の声だ……。


「あ、ああ……気をつける」


 俺はそれだけ言うと、ごはんを口に含んだ。


 無表情になった母親が無言で俺を見つめるのが、ただただ怖かった……。

 <つづく!>

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る