第28話『人間スライム』【怖さ★☆☆】
「マスキ殿……入りますね」
「おおおお、おう!」
実家のお風呂に浸かる俺は中学生かと思うほど動揺する。
実家に着いた俺とフローラは両親の手厚いおもてなしを受け、今、約束の『一緒にお風呂に入る』というクエストに挑戦しているというわけだ。
しかし、いくら王から爵位と領土を貰ったからといえ、両親の変貌ぶりに驚いた。特に父親は俺に服屋のセンスがないとわかってからは一言も喋らなかったのに、今日はやけにご機嫌だった。
ただ、妹のシオンは不機嫌だった。
あんなに好かれてたのに、いきなり恋人連れてきたからかな?
ガラガラガラ……。
「……お邪魔します」
「わ――!!待て待て!向こうを向くから!」
俺は慌てて後ろを向く。
俺はバスタオル姿のフローラが少し見えただけでのぼせそうになる。
こんなにドキドキするものなのか!?
転生前は結婚もしていたし、平気だと勝手に勘違いをしていた!今は若い体だ。意に反して反応してしまう自分を恥ずかしく思う。
バサッ!
「わっ!」
急に目の前が真っ暗になった!
「やはり、いきなり一緒にお風呂は恥ずかしいものだな……これで許してくれ」
フローラが着ていたバスタオルで俺に目隠しをしたようだ。
「ああ……」
俺は気のない返事しかできなかったが、内心は自分の鼓動が耳を塞ぎたくなるほど、うるさかった。
俺は暗闇の中、フローラがシャワーを浴びる音、髪を洗う音、体を洗う音を聞きながら、「へ~俺は順番、逆で体を洗ってから髪を洗うな~」などと、少し余裕ができたのか、冷静さを取り戻す。
ザブゥン!
「ふぅ~、やはり二人だと……狭いね」
「――!!?」
フローラの体のどこかが俺に触れ、全身の神経に衝撃が走る!
「はぁ~~~、やはりお風呂はいいな!最初に怪談小屋でマスキ殿から聞いた『人間スライム』の話を聞いてから、怖くてお風呂に入れなかったのだ」
「ああ……あの話か」
俺は緊張のあまり、素っ気ない言葉しか口から発することができない。
「そうだ!マスキ殿、あの話、今から話してくれないか!?」
ザバン!
フローラが体の向きを変える。また別の場所が俺の体に触れる。これ、見えないと逆にドキドキしないか!?
「あっと……人間スライムの怪談を……か?」
俺はできる限りの平静を装う。
「ああ!そうだ!お風呂で聞いたら怖くなくなるかも!」
「そ、そうか……」
俺も緊張し過ぎて倒れそうだ。いい気分転換になるかもしれん。
俺はバスタオルに覆われたまま、顔を作り、話し始めた……。
「……その村では若い女性が風呂場で変死するという事件が相次いで起きたんだ」
【人間スライム】
「護衛兵様……こちらになります」
「お、おう!ここだな!」
王都の門番を勤めるシーチュは村のある家の風呂場の前で浮き足だっていた。
『最近、村の若い女性が風呂場で死ぬらしい』という噂が王都にも伝わり、近衛兵や騎士団が気味悪がって調査を躊躇していたところ、門番をしていたシーチュが真っ先に手を上げ、今にいたる。
二十歳前後であろうシーチュは、その見た目からも容易に想像できるほど、モテなかった……。
どうせ自分は一生、恋人も結婚も縁のないことだと悲観していたところに、この話が飛び込んできたのだ。
彼はどうしても、裸の女を見たかった。
「相変わらず最低ね」
フローラが呟く。
あまり、話しかけないでくれ。俺の脇腹にあたっているのはフローラの体のどの部分だ?とか考えてしまう!
「……話を続けるぞ」
不謹慎なのは百も承知。だが、たとえ無惨な死を遂げたとしても風呂場で死んでいるのなら裸に違いない。一生、縁がないと諦めていた女の裸が見れるのだ。
ガラガラガラ!
「――あ!!?」
シーチュは驚愕した。
風呂場の桶の中にはドロドロに溶けた女の遺体が入っていたのだ。
「ひゃぁ!!」
ザバァ~ン!!
「わ――!!フローラ!急に立ち上がるな!!」
いろんなところが俺に触れただろうが!!
ちゃぷん。
「……すまない」
フローラは体を湯に沈める。
怪談小屋でも、部屋の隅っこでひとり悲鳴を上げていたフローラを懐かしく思う。
ガラガラガラ!!
「フローラさん!すごい悲鳴が聞こえたけど大丈夫!?……お
……妹のシオンの冷たい声が聞こえた。
目隠しをしながら、恋人と一緒にお風呂に入る兄を妹はどう見えただろう?
「あの……シオン殿、私がマスキ殿を……誘ったのだ」
どぎまぎする俺に代わり、フローラが妹のシオンに理由を話してくれた。怪談を聞いてからお風呂に入れなくなったこと、俺に克服する手伝いをしてもらってたこと。
「……なるほどね。じゃ、私も一緒に入ろうかしら。あ、お兄、目隠し取ったらマジで殺すからね」
「え!?なんで?」
シオンが服を脱いで、シャワーを浴びる音だけが聞こえる。
確かに小さい時は一緒にお風呂に入ったけど、今は確か18歳だろ?
この世界では普通なの?
「でね、お兄ったら白い服に水色の小さい丸をいくつもつけて『水玉』とかいうの!お父さんが「なんだその服は!出てけ!!」って、お陰で私が服屋を継ぐことになってさ~」
「あはは!初めて聞いた!マスキ殿が考えた『水玉』というのも見てみたいものだ!」
シオンはすっかりフローラと打ち解けて、お喋りに夢中だ。転生前は『水玉模様』はお洒落の定番だったのだが……。しかし、俺は目隠しをされたまま風呂に入り続けて、そろそろのぼせそうなのだが……。
「しかし、フローラさんも怖がりね~。『人間スライム』って、温泉の源泉で若い女が自殺して、その温泉の湯を引いていた村のお風呂に入った若い女が自殺した女の呪いで溶けちゃうって話でしょ?私がお兄に聞いた時は「なんで呪いで溶けるんだよ!沸かしすぎだろ!」って言ったわよ」
ああ……妹が肝心の怪談のオチを雑に話してしまった。昔から妹は現実主義で全く怖がらない。
「ふふふ、シオンさんと話していたら、ひとりでもお風呂に入れそうです。ありがとう!」
「ありゃ~。フロラディーテさんて、本当にいい人よね~。美人だし、おっぱい大きいし、しかも剣聖なんでしょ?なんでまた、お兄みたいな怪談オタクを好きになったの?騙されたの?弱みを握られたとか?」
「人を詐欺師みたいに言うな!」
反射的に反論する。どうやらフローラとシオンは体を互いに洗いながらお喋りをしているようだ。
「マスキ殿はすごいです!災害級の魔物をやっつけたのですよ!マスキ殿がいなかったら、全滅でした!」
フローラが懸命に俺の良さを伝えようとするが、妹には全く響かない。
「嘘だ~。たまたまでしょ~」
「あの~。そらそろ、のぼせそうなのだが……」
俺は限界をとうに超えていた。
「す、すいませんマスキ殿!すぐに出ます!」
フローラが慌てて体についた泡を流し、風呂場から出ていく音が聞こえる。
「じゃ、私も出るね」
次いで、妹のシオンも風呂場の戸に手をかけた。
「お兄」
「なんだ?」
風呂場を出る前に声をかけられた。
「……おかえり」
シオンはそれだけ言うと、風呂場を出ていった。
よくわからなかったが、フローラと仲良くなったのは兄として嬉しく思う。
しかし、家族にも紹介したし『結婚』の二文字が頭をよぎる。
転生前にも結婚していたけど、これは浮気にならないよな?
……生まれ変わってるしな。大丈夫だろう……。
ザバァン!
俺は目隠しを取り、風呂場を出た。
【その頃、アシヤドウマン魔術師団 本部】
転生前のマスキの息子"晴明"は魔方陣に向かい印を結ぶ。
「神楽の印!ハァ――!!!!」
パァァ――!!
魔方陣の上に可愛らしい真っ白の狐が現れた。
『コン!!』
清明は白狐に向かって跪く。
「お久しゅうございます……母上」
『おや?清明か?ここは、どこじゃ?……コン!』
白狐は跪く清明の体を駆け上がり、清明の頭の上に登ったあと、辺りを見渡した……。
<つづく!>
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