第22話『シノバズノ池のボート伝説』【怖さ★☆☆】

「ふ、フローラ!好きだ!!……ふふふ」


 ギオン騎士団団長であるフロラディーテはいつ何時、魔物が襲ってきてもいいように、総本部に自室を構えている。


「フローラ!好きだ――!!……えへへ」


 自室は完全なプライベート空間。何人足りとも入室することは禁じられている。


「フローラ!好きだ!!……ふひゃ!にゃ――!!」


「なかなか修練に顔を出さんと思ったら……布団にくるまって何をしてるじゃ?団長……」


「――!?……はぁ!?」

 ガバッ!!


「なぁ!!!!!オヤジーノ!!!!ここがどこだか分かっておるのか――!!」

 丸まった布団から顔だけ出したフロラディーテは鬼の形相でオヤジーノ副団長を睨み付ける。


「何度もノックしたじゃろ……。団長を訪ねてきた依頼人がさっきから、ず~っと待っとるのじゃよ……」

 オヤジーノは面倒くさそうに首をポリポリ搔きながら話す。


「わかった!わかったから、出てけ!」


「はいはい、早く来てくださいよ」

 オヤジーノは部屋を出ていった。


「……まったく、これからは扉が開かないようマスキ殿の怪談小屋のように錠をかけないとな……まてよ、いっそのこと怪談小屋に住んでは?……いや……まだ早いな……いずれは……ふふっ。ハッ!いかんいかん!支度したく……」

 フロラディーテは急いで髪を梳かした。


 私が支度を済ませ、客室へ足を運ぶとそこにはソファーに座り、見知らぬ男と談笑するマスキ殿の姿があった。


「ま、マスキどのぉ!?」

 ちょっと声が裏返って頬を赤らめる。


「依頼というのが、怨念がらみでな。先にマスキ殿にも声をかけておいた。なんだ?二人してソワソワしおって」

 見つめ合って戸惑う私とマスキ殿を見てオヤジーノが首を傾げる。


「それより、依頼だ!何があった!?」

 私はしれっとマスキ殿の隣に並んで座り、向かいに座る依頼人らしき男性に声をかける。


「初めまして、私は木工ギルド所属のウエノールと言います。シノバズノ池のボート伝説はご存じですか?」


「ああ、カップルで乗ると必ずしも別れるという、あれか」


「カップル!!」

 マスキ殿のカップルという言葉に反応して頬を赤らめる。

 ウエノールと名乗った男はいきなり叫ぶ私を不思議そうに見たが、構わず話を進める。


「実は彼女のパンチャと一緒にシノバズノ池のボートに乗ったら、ケンカして別れてしまったのです!!絶対に怨霊の仕業です!!お願いします!!調べてください!!」

 ウエノールは涙を流しながら頭を下げた。


 オヤジーノは首をポリポリ搔きながら話す。


「あ~、これはワシは何もできんな。頼んだぞ団長~」

 そういいながら、部屋を出た。


 まったく!面倒な事案は全て私に押しつける!

 困った部下だ!


「よし!青年!私とマスキ殿が事件を解決してやろう!!」

 ソファーから立ち上がり高らかと宣言する。


「お、おいフローラ。はぁ~仕方ないか……」

 マスキ殿が私を見て顔に手を当てる。

 

 あまり乗り気ではないか?もしや、ボートが苦手だったか?私は申し訳ない気持ちになる。


「ありがとうございます!!」

 しかし、ウエノールは泣いて喜んでいる。

 

 そうだ!民を守るのが我が騎士団の勤め!

 マスキ殿には悪いが、民のため、必ず真相を暴いてやる!!


「仕方ないか……シノバズノ池で、デートするか」

 マスキ殿の言葉で私の顔が一気に赤くなる。


「でででで、デート!!?」


 そうだった――!!


 シノバズノ池のある公園に行って、ボートに二人で乗って……まるっきりデートだ!!


 服とかどうしよう!?お昼ご飯は!?やはり手作りか!?でも!私はいびつなおにぎりしか作れんぞ!嫌われたらどうしよう!?


 そもそも、ボートに二人で乗ったら嫌われてしまうのでは!?あれ?私達って付き合ってるで……いいの?お互いを好きと言い合ったし……。でも、あの時の私は正気ではなかったし……。


「――ラ!フローラ!!」


「ひゃい!?」

 マスキ殿の呼び掛けに気きづき返事をする。


「ちゃんと聞いてたか?1時間後にシノバズノ池に集合な」


「は、はい……」

 私は急にしおらしくなる。


 【シノバズノ池】


「ここがシノバズノ池か……」

 俺はボート乗り場があるシノバズノ池を眺める。

 まったくフローラが軽はずみに返事をするから変な依頼を受けることになってしまった。


 そもそも、ボートにカップルで乗ると別れるというのは迷信だ。

 シノバズノ池の中央の島には学問の神と言われるベンテン神が祀られている。

 だから、『最初はカップルでベンテン神を参ると学問がうまくいかない』であった。

 それがいつしかカップルで『ボートに乗ると別れる』に変化したのだ。


「しかし、遅いな……」

 約束の時間を30分経ってもフローラの姿がない。

 そう思ったら、遠くから彼女の声が聞こえた。


「お~い!マスキ殿!そ、その……遅れてすまない!」

 フローラはいつもとは違う、真っ白なワンピース姿に買ったばかりであろう大きめの帽子を着こなしていた……。


 あ――……支度で遅れたのか。

 それでは、怒るに怒れない。それにしても、かなり気合いが入っているな。逆にいつものTシャツ姿の俺が浮いてないか?

 やはり、色恋沙汰は苦手だ……。でも、悪くはない気分だな。


「フローラ、似合っているぞ」

 俺は照れるのを隠しながら、自分が思う最大限の褒め言葉を言う。


「そ、そうか!?へへ……お弁当も作ってきたんだ!!」

 彼女は嬉しそうに弁当箱を俺に見せる。


 これではただのデートだな……。


「ボートに乗りながら食べるか」

 俺は彼女の頭をポンポンと撫でた。


「う……うん!!」

 かわいい返事が返ってきた。


 二人でボートに乗ると、ボートがゆっくりと岸を離れる。

 ここで初めての共同作業とか考えて二人でオールを持つとうまく漕げず、仲が悪くなる。転生前と合わせて人生経験豊富な俺はそんな失敗はしない。ボートが漕ぎたくてウズウズしているフローラを制止しひとりで漕ぐ。


「マスキ殿!私も漕ぎたいのたが!」


「フローラは異変がないか、周りに注意してくれ!怨霊がいるかもしれないぞ」

 俺は適当にあしらう。


「む!そうだな!任せておけ!」

 フローラは辺りをキョロキョロしだした。


 思ったとおり、何も起きない。

 噂なんて、そんなものだ。

 

 池の中央まできたところで、俺達は休憩することにした。


「あまり、上手く出来なかったのだが……」

 彼女が恥ずかしそうに開けたお弁当箱には、歪なおにぎりと玉子焼が入っていた。


「お!?旨い!!」

 形はともかく、味は塩が多めで俺好みだった。


「そ、そうか!!玉子焼も食べてくれ!!」

 

 ご機嫌な彼女に玉子焼を無理やり口に押し込まれる。


「……ふふぁい(うまい)!」

 口の中いっぱいにおにぎりと玉子焼を詰められ苦しみながらも感想を言う。


「へへへ~よかったぁ……」

 顔を真っ赤にして喜ぶフローラ。

 

 普段は部下に厳しく指導する姿からは想像もできない。

 なんだか、俺だけにしか見せない彼女の顔に優越感に浸っていると、池が騒がしくなっていることに気づく。


『しくしくしく……しくしくしく』


「ま、マスキ殿!女の泣き声が聞こえないか!?」

 フローラが震えながら俺に抱きつく。


「そう……だな」

 池を注意深く観察すると、水面に女の人影が浮かび上がる。


「ままままマスキ殿――!!」


 ぎゅうぅぅぅぅ!!


「いでで!!待て待て待て!!フローラ、よく見ろ!あれは……白蛇だ!」

 俺はフローラに絞め殺されそうになる。


 水面に浮かんだ影から白い大蛇が顔を出した!


 スバァァ――ン!!!!


「へ?」

 俺は分かりやすくポカーンとする。


「デートの邪魔をするな!」

 フローラは太ももに隠し持っていた短剣で白蛇を真っ二つにしたのだ!


 ヒラヒラと舞うスカートに女神かと見間違えるほどの豊潤なお尻が水しぶきを弾く。

 ※この世界では下着は履きません。


「きゃぁ――!!マスキ殿のエッチ――!!」


 バチ――ン!!!!


 【ギオン騎士団総本部】


「いや~激闘だったのですな~ガハハ!」

 オヤジーノはマスキ殿の腫れた頬を見ながら高笑いをする。


「ああ……白い大蛇が原因だった」

 マスキ殿は腫れた頬には触れずに話してくれた。

 私も「お尻を見られて叩きました」なんて死んでも言えない。


「ありがとうございます!僕がうまくボートが漕げずに彼女とケンカになった原因が大蛇と分かり、パンチャも許してくれました!」

 依頼人のウエノールも彼女と仲直りしたようだ。ただ、お主がボートを漕ぐのが下手なだけだった気もするが……。


「それよりも、団長殿。マスキ殿と付き合っておるのか?」


「へぁ!?」

 髭を擦りながらニヤニヤするオヤジーノの言葉に変な声をあげてしまう。


 困った顔をする私の代わりにマスキ殿が答えてくれた。


「ああ……そうだ」


 私は下を向き、真っ赤になった顔を見られないようにしながら、心の中で叫んだ……。


(……マスキ殿、かっこいい!好き~!)


 <つづく!>



 

 

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