第21話『落武者』【怖さ★★☆】

「いや~楽しかったです!マスキ軍団長の屋台船怪談ツアー!でも、噂の『飛び降り女』は現れなかったですね~」

 両手を頭の後ろに組みながら屋台船から降りるハナは残念そうに言う。


「あれは……噂だ。忘れろ」

 俺はハナの頭をポンポンと叩く。双剣ギルド所属のトイレット・スリーノック・ハナフォサン(通称ハナ)は正式にギオン騎士団怨霊対策部隊の隊員、つまり俺の部下になった。

 『飛び降り女』というのは、言うまでもなく剣聖フロラディーテ(通称フローラ)のことだ。

 昨日、彼女が怖がりすぎて船から飛び降りたのを、たまたま夜回りしていた自警団が見かけて噂になった。

 ま、そのおかげで今日は満員御礼。予約が絶えず、開催期間を延長するほど大盛況だ。


「それにしてもフローラ……どういうつもりだ?」


「どうかしたっすか?」

 唇を押さえる俺にハナが不思議そうに顔を覗き込む。


「い、いや!こっちの話だ……」

 俺は顔を反対方向へ背けた。

 

(やはり色恋の類いは苦手だ……)

 フローラの気持ちを無下にするつもりはないが、転生前に結婚して子供もいた身だ。いくら、今の見た目が若くても躊躇するだろう?


「それにしても、マスキ軍団長の怪談話、面白かったです!夜に金縛りになって落武者の大群が横切る話!夜、寝るのが怖くなりそうですよ~」

 ハナは思い出して身震いをする。


 当初、予定していた『ヨツィヤ怪談』はフローラの件もあり、演目を急遽『落武者』に変えたのだ。また客が怖がりすぎて船から落ちたら困るからな。


『わ――!!きゃぁ――!!』

 突如、屋形船を降りた客が騒ぎだした。


「どうした!?うぐぅ!!?」

 なんだ!?体が動かない!?


「マスキ軍団長~体が金縛りにあったように動きません~」

 ハナも俺の隣で固まっている。


 ありえない!


 そもそも、金縛り自体が心霊現象ではない。あれは、 不規則な生活や睡眠、精神的ストレスや過労などで眠りがしっかりと取れていない時にレム睡眠が崩れて起きると考えられている。要は『目は覚めて、体が寝てる』という状態なのだ。


『わぁ――!!落武者だぁ――!!』

 客が騒ぎだした!


 騒いでいる方向を見ると、川の中からゆっくりと濡れた金色の長い髪で顔を隠し、銀色の鎧を身に纏った剣を持つ女剣士が姿を現す。


「ふ、フローラ!?」

 俺は瞬時に理解した!


 あれはフローラだ!ものすごい殺気を放っている!皆が金縛りだと思った現象は、人間の本能によるものだ!

 圧倒的な力を目の当たりにした者は、その場で動くことも許されない!ただ、捕食されるのを待つのみ!覇王の気、それが彼女だ!


「うふふふ……マスキ殿……みぃ~つけた!」

 フローラは客の間をゆっくりとすり抜けてこちらへ向かってくる! 


「うふふふ……うふふふふ」

 揺れた髪の毛の隙間から見える口元が「ニタァ~」と笑う。


『がっ!ぎゃぁ!ぐぅ!!』

 すれ違った客達がフローラの気に飲み込まれ、次々と気を失っていく!


「マスキ軍団長!まずいです!フロラディーテ団長は正気ではありません!!殺されそうです!」

 ハナは冷静に分析する。

 やはりな、明らかに昨日の(キスの)件で正気を失っている!どうやらフローラは羞恥心が一定値を超えると破壊衝動に囚われるようだ。


「ハナ!両面宿儺の口、出せるか!?」

 

「!?や、やってみるっす!!」

 俺の問い掛けにハナが答える。


 もう、フローラを止めるには怖がらせるしかない!頼む!!


「マスキ殿を殺して私も死ぬ……マスキ殿を殺して私も死ぬ…うふふふふ……」

 フローラが近づき剣を振り上げた!


 間に合わない!!


 殺られる――――――!?


『オイ!アブネーナ!!』

 ハナの頬っぺたに口が現れた!


「!!?ひゃ!?な、何!?」

 フローラの動きが止まった!!やった!!今だ!!


「ふ、フローラ!!好きだ!!」

 俺は更なる衝撃と責任を取る言葉を死の間際に捻り出す!


「ひゃ!!?え!!?ま、マスキ殿が……私を?私……私も……好き……です」

 フローラはヘナヘナヘナと力をなくし座り込みながら呟いた。


「わぁ!フロラディーテ団長とマスキ軍団長のカップル成立でっす!」

 万歳をして喜ぶハナ。

 とても死の淵から生還した者の言葉とは思えない……。

 あれ?そういえば、ハナが動いてる。


「俺も……動けるようになったか。さて、どうしたものか……」

 俺は真っ赤になった顔を両手で隠すフローラ、万歳をするハナ、気絶した客達を交互に見ながらどうしようか悩んだ……。


 <つづく!>

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