第20話『ヨツィヤ怪談』【怖さ★★★】

「ダメだ。フローラは参加できない」


「なぜだ!?私はこんなにも怖い話が好きなのに!?絶対に行く!!」

 騎士団団長部屋で私はマスキ殿の意見を初めて真っ向から否定した。


「屋形船で花見をしながら怪談を聞く『花見怪談船』は物凄く怖いのだ。これは俺の三大怪談のひとつだ。フローラにはまだ早い」


「何を言う!!私は剣聖だ!!」

 今回ばかりは私は引かない!私は誇り高き剣聖!難敵ほど高ぶる!

 マスキ殿に騎士団の役職がついてから、怪談小屋が休みがちになってしまい、今回、屋形船で行く怪談話ツアーが企画された。これは、是が非でも行きたい!行かないという選択肢は私にはない!


「はぁ~。じゃあ、客はフローラひとりだ。期日はツアー開始の前日。他の客の前で叫んだり気絶されたら剣聖の名に泥がつくだろ」


「望むところだ!!」

 内心(そんなに怖いの?)と思いつつも、マスキ殿の怪談話を独占できる嬉しさに私は震えた。

  

 【花見怪談船<フロラディーテ専用> 当日】


 マスキ殿のご厚意で数日後、怪談船の下見という名目で屋形船に招待された。


「ふぁ~!夜に船の中から桜を見るというのは、なんとも風情で素敵だなぁ~」

 私は動き出した屋形船から身を乗り出して桜を眺める。


「よぉ~し、そろそろ怪談を始めるぞ~」

 いつものように緩い声で怪談を始める合図をするマスキ殿。怪談を話している時とのギャップがすごい。


「最初に言っておく。この話は途中で止められない。止めたら呪われると言われている」

 マスキ殿は真顔でそう言うと、急に屋形の灯りが消えた。

 

「ひぃ!よ……よろしく頼む。マスキ殿」

 私は急に暗くなり、びっくりする。心なしか温度が2、3℃下がった気がする。しかし、これは私が望んだことだ!それに、今日は楽しむためにきたのだ。


「まず登場人物だ。ちょっと多いぞ……」

 マスキ殿は私に分かるように丁寧に話してくれた。

 ふむふむ。確かに多いし変わった名前が多いな。登場人物をまとめると、こんな感じか。


 【ヨツィヤ怪談 登場人物】


イエモン……オイワの夫。別居中。

オイワ……イエモンの女房。仲は悪い。

サモン……オイワの想い人

オソデ……オイワの妹

ヨモシチ……オソデの夫

ナオスケ……オソデが好きな薬屋。


「これは、ヨツィヤ地方であった本当の話だ。ある夜、同じ場所でイエモンがサモンを刺し殺し、ナオスケがヨモシチを殺し顔の皮を剥いだ。しかし、ナオスケが殺したのは別人で、ヨモシチではなかった。その後、オイワとオソデは二人の遺体に出くわし、そこへ現れたイエモンとナオスケは敵討を約束し、それぞれの相手と暮らし始めるとこらから物語は始まる……」

 月明かりに照らされているマスキ殿の真剣な眼差しが私にだけ注がれて少しドキッとする。


 私は照れた顔を隠すように下を向き、感想を述べる。

「なんとも悲劇な姉妹だな。好きでもない男と仇討ちのためだけに暮らすとは……」

 私は好きな人と一緒に暮らしたいな……と、少し顔を上げてマスキ殿を見る。


「オイワと復縁したイエモンだが、オイワが出産し、病気がちになると疎ましく思うようになる。そんな時だ。イエモンに惚れた町娘が産後の薬と偽ってオイワに毒薬を届けた……」


 そう言うと、マスキ殿にオイワが乗り移ったかのように苦しみだした。


「ぐわぁぁぁ――!!苦しぃ!苦しぃ!!」


「ひぃやぁ!!」

 顔を搔きむしるマスキ殿に恐怖する。

 

「オイワは苦しがり、片目が晴れ上がって恐ろしい顔になりました……」

 片目を瞑っただけのはずのマスキ殿の顔が腫れて見える。


「真相を知ったオイワは恨み事を言いに行くとして、髪をきます。髪を梳くと髪の毛が抜けて禿げあがり……そのまま息を引き取ります」

 マスキ殿は髪を梳く素振りを見せて、その場に倒れる!

 

 バタン!!


「ぎゃぁ――!!」

 私はさっそく腰を抜かす。体を支える両手が物凄く震えている。


 マスキ殿はゆっくりと起き上がる。


「オイワはイエモンに取り憑き、花嫁となった町娘の首を斬らせるのでした」


 急に立ち上がるマスキ殿!


「お前の仕業かぁ――――!!!!」


「うひゃぁぁ――!!!!」

 私は逃げ出そうとするが、腰が抜けて手足をバタバタさせるだけに留まる。


「オイワの妹であるオソデは、敵討を誓ってくれたナオスケと暮らしています。しかしふたりは体の関係のないうわべだけの夫婦です。オイワの死を知ったオソデは、本当の夫婦になって姉の敵をとってほしいと頼み、ナオスケと契りを交わしました」


「そ、そうなのか……」

 私はマスキ殿の話に夢中になりながら、何とか四つん這いにまで体勢を整える。


「そこへ現れたのはオソデの夫・ヨモシチです。死んだはずのヨモシチが来たことに驚くナオスケとオソデ。ふたりの亭主を持ったオソデは、ナオスケには手引きをしてヨモシチを討たすと言いました。一方、ヨモシチにも手引きをしてナオスケを討たせると誓います。手引きの合図は、ともに行燈あんどんの灯を消すことでした」


 ――ゴクリ。

 私は自分でもマスキ殿の話に引き込まれていることが分かるほど、マスキ殿の話に一喜一憂していた。


 ちょうど月明かりが雲で隠れた時に、マスキ殿が叫ぶ!

「ザクゥ!!!!」


「うわぁ!!!!」

 思わず私は大声を上げる!


「手引きをされたふたりの男が突き刺したのはオソデでした。瀕死ひんしのオソデは自分の出生の証である家系図をナオスケに渡します。それによって、ナオスケはオソデが自分の妹であることを知るのです。


「オニイチャン……オニイチャン…オニイチャン!!!!!!」

 マスキ殿が這いずりながら私には近づく。


「ひゃぁ――!!もうダメダメ!」

 私は体をビクビクさせながら、後退りする。


「……途中で辞められないって言っただろ……。それでな」

 マスキ殿が座り直す。


「ナオスケは、オソデを刺した出刃包丁をそのまま腹に突き立てて死んでいきました」


『ぎゃぁ――!!!!』

 マスキ殿がナオスケになりきって叫んだ声と私の叫び声が重なる。


「イエモンは、夢の中で美しいオイワと出会いますが、その女は恐ろしい亡霊でした。オイワの亡霊は燃える盆提灯ぼんちょうちんの中から現れて、イエモンの母を首くくりにして殺します。生きていたヨモシチは、オイワの亡霊の力を借りて、イエモンを殺そうと迫ります」


「私をこんな顔にしたのは……オマエカ――――!!!!」


「ぎゃぁ――!!!!!!!!」

 私はガタガタ震える体に耐え、最後の力を振り絞り、屋台船からの脱出を試みた。


 バシャァ――!!


「フローラ――…………」

 川へ飛び込む私の耳に微かにマスキ殿の声が聞こえた気がした……。


 ――――…………。



 ――んがぁ!!


「あ……れ?ここは?」

 地面が固い。体が寒い。どこだここ?


「よ、よかった!気がついた!」

 慌てるマスキ殿。どういうことだ?


「いきなり飛び込むバカがいるか!抱えて岸まで泳ぐの大変だったぞ……」

 マスキ殿は教えてくれた。何もかも。


「ふぇ~ん。マスキ殿のバカ~変態~いじめっこ~」

 私はほとんど意識を失いながら、とても人に見せられない痴態を晒し、そのまま屋台船から飛び降りた……らしい。

 私を川から助け出したマスキ殿は、息をしていない私にじ……人工呼吸をした……らしい。


「……はじめてだったのに」


「あ!いや!その!人工呼吸はキスの数には入らないって言うし!!な!あの……ごめん」


「……ふふ」

 焦るマスキ殿がかわいく思ってしまった。


「……ん」

 私は目を瞑りマスキ殿に唇を向ける。


「え!?」

 戸惑うマスキ殿。

 

「……初めてが、人工呼吸じゃ……やだ」

 私の口が私じゃないみたなことを話す。

 怖がりすぎておかしくなってしまったのだろうか?


 唇に触れたマスキ殿の唇はほんのり温かく、優しかった。


 【翌朝】


「あ――――――――――!!!!!!!!!」

 布団の中で大声を上げた。


 昨日の私はどうかしていた!

 思い出すだけで顔で茶が沸きそうだ!


「あ――――――――――!!!!!!!!!」


 もう一度、自分の中にある恥じらいの感情を布団の中で吐き出した私は、スッと立ち上がった。


「よし、マスキ殿を殺して私も死のう!」


 私の目は決意に満ちていた……。


 <つづく!>

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る