第10話『スギサワ村伝説』【怖さ★★★】



 「団長、何か良いことがあったでやんすか?」


 剣の稽古中、ふいに団員に言われた。


「バカモン!そんなことはないわ!こら!肘はもっと高く上げてから振りおろせ!あと1000回素振り追加だ!!」


「そんなぁ~」

 団員は「ひぃ~」と言いながら素振りを再開する。


(いかんいかん、どうもマスキ殿と怨霊対策部隊を結成してから私の気が緩んでしまう。気を引き締めなければ……)

 私は剣を構え、目の前の鎧に意識を集中する。


「ふぅ――……はぁ――!!」


 シャキィ――…………ィン


 ドサッ!


 鎧は真っ二つに割れて地面に落ちた。


「団長!どうして鉄の剣でミスリルが切れるでやんすか!?すげぇ~っす!!」


「バカモン!気合だ!お前はもう1000回、素振り追加だ!!」


「ひぃ!!に、2000回!?……1……2……3……」

 団員は必死に剣を振った……。


 午前の稽古を終えて、私は家に帰るとさっそくフードつきの服に着替えて、マスキ殿の怪談小屋を目指す。一応、私はこの町では有名らしいので、素顔で行ったらマスキ殿の邪魔になりかねない。それに、私は部屋の隅っこでひっそりとマスキ殿の怪談話を聞くのが好きなのだ。


 それにしても、マスキ殿はどうしてあんなに怪談や都市伝説に詳しいのだろう?

 全て作り話ということはあるまい。あ、でも、この前、歌った『童謡サーシャ』はマスキ殿が来てから子供達が歌うようになったような……。


 そんなことを考えている間に、怪談小屋が見えてきた。


「よし!開始時間には間に合ったわ!でも、おかしいわね?みんな、外にいるわ」


 ザワザワザワザワ……。


 私はコソコソと人混みに紛れて様子を見る。


「まったく!誰がこんなひどいことを……」

 年老いた男性が話しているのが聞こえる。


「え~ん!え~ん!もう怪談話が聞けないの?」

 子供の泣き声だ。え?怪談話が聞けない?


「みんな!あとは俺が片付けておくから、今日は帰ってくれ!しばらく休業だ!」

 マスキ殿の声だ!休業とはどういうことだ!?

 

 私は解散する人々と逆流してマスキ殿にたどり着く。


「マスキ殿!何があった!?」

 マスキ殿の前でフードを取る。


「おわ!びっくりした!ああ、フローラか、いやなに、小屋の中がゴブリンの血だらけになっててな。しばらく臨時休業だ」

 マスキ殿は、まるで他人事のように呆気からんと話す。


「なんだと!!絶対に魔術師団のせいだ!マスキ殿の部隊長就任の嫌がらせに違いない!」


 許さない!


 久しぶりに腹が立ち過ぎて震えた!

 私の大切なマスキ殿の怪談小屋をターゲットにするとは私もナメられたものだ!見せてやろう、私が剣聖と呼ばれる所以を!一方的な力の暴力を!魂が消え去るその瞬間まで恐怖で震えてもらおうではないか!さぁ、殺戮ショーの始まりだ!生まれてきたことを後悔するがよい!!ぬしらの血の一滴一滴まで全て切り刻んで差し上げよう!!


 バシッ!


「痛っ!」

 私はなぜかマスキ殿にデコピンをされた。


「待て待て待て待て待て!そんな「殺戮ショーの始まりだ!」みたいな顔をするな」

 マスキ殿が私の髪をクシャクシャとしながら私をなだめる。


「し、しかし……!」


「まぁ~、俺もこれだけされて黙っていられるほど、お人好しでもないさ!いい機会だ。都市伝説がどうやって広まるか教えてやろう!」

 マスキ殿は、そんな訳のわからないことを言って、私を連れ出した。


 マスキ殿は人通りの多い商店街へやってきて、魚屋の亭主と話す。


「おお!マスキ!なんか大変な目にあったらしいな~。お前の話で持ちきりだぞ~」


「それがな、これは内緒なんだが俺の怪談小屋が使えなくなった状況が、その昔、『地図から消えた村【スギサワ村】』と同じ状況らしいんだ……」

「地図から……消えた村!?そんな村があるのか!?」


 マスキ殿は魚屋の亭主の他に、数人と世間話をして戻ってくる。


「マスキ殿!スギサワ村とは?スギサワ村の生き残りがいるという噂は本当か!?」

 私はマスキ殿が話していた話に興味津々だ!


「ああ、それはただの作り話だ。もう、帰るぞ」

 マスキ殿は笑顔で答えた。


「え!?作り話!?もう帰るのか?」

 私は訳もわからず、帰宅した。

  

 次の日、また次の日と噂が噂を呼び、町を歩けば皆が『スギサワ村』の話をしていた。


 【数日後――】


 ヒソヒソ……聞いた?スギサワ村の入り口は大きな二本の松の木の間らしいわよ。


 ヒソヒソ……俺も見た!その木のそばにはオトギリ草が生えているらしいぞ!


 ヒソヒソ……姿を見せない王女様がスギサワ村に入って行くのを見たって奴がいて……。

  

 ヒソヒソ……なんでも、魔法師団の団長はスギサワ村の出身らしいわよ。


 ヒソヒソ……入ったら死んでしまう村があるらしいぞ!


 ヒソヒソ……俺の母親と同じ仕事場の息子の友達がスギサワ村に迷い込んで行方不明らしいぞ!


 ヒソヒソ……生け贄が……ヒソヒソ……魔法師団員は悪魔と契約を……ヒソヒソヒソ。


「すごいな!マスキ殿、みんながスギサワ村の話をしているな!」

 私はどういう意図でマスキ殿がこのような噂を広めたのかわからなかったが、純粋に、適当に話をしたというマスキ殿の噂話が広がっていく様が楽しかった。


「あとは、都市伝説にかかせないキッカケだが……」

 マスキ殿は遠くの方に目をやる。


 すると、その方角から騎士団の団員が慌てながら走ってきた!


「大変です団長――!!オヤジーノ副団長が行方不明で、机の上にこれが――!!」

 団員が持っていた書き置きをフロラディーテに渡す。


「何事だ!!見せろ!!」

 私は書き置きを食い入るように見た!


 【我、ずず……呪いの村……スギサワ村へ……ずずず……ゆる……ずず……行方不明者の記憶……ずず……魔術の古……ずずず……さない……ずず……ず……】

 それは紙いっぱいに筆で書きなぐられ、通常の精神状態でないことは一目瞭然だった。


「ヒッ!な、なんだこれは……」

 フロラディーテの手紙を持つ手が震える。


 オヤジーノ副団長の失踪は瞬く間に街中に知れ渡った。


 オヤジーノ副団長が失踪して七日目――。


「フロラディーテ団長!オヤジーノ副団長が見つかりました!!」


「なに!?本当か!!」


 私は急いでオヤジーノ副団長が現れたという丘に向かった。

 そこにはすでに大勢の野次馬とマスキ殿の姿を見つける。


「マスキ殿!オヤジーノ副団長は!?」


「……あそこだ」

 マスキ殿が指差した丘の上でオヤジーノ副団長が向こうを向いて立っていた。


「オヤジーノ!!何があった!?」

 私は叫んだ!


 すると、オヤジーノはゆっくりとこちらを向いてこう言った。


「……わカらナいほウがイい」


「ひゃぁ!!!!」

 それはもう、オヤジーノ副団長の声ではなかった。


 ヘナヘナヘナ……どさっ。


 私は腰を抜かしてその場にへたり込む。


 オヤジーノ副団長はそのまま複数の団員に担がれ、救護所へと運ばれた――。


 【城】


「大臣アシヤドウマンを大臣補佐へと降格させる」

 威厳のある王の声が響き渡る。


「王!なぜです!?」

 大臣アシヤドウマンは納得がいかないようだ。


「しらばくれるな!マスキの怪談小屋の件、民への不信感、オヤジーノ副団長の失踪、知らぬとは言わせんぞ!」

 王は王座から立ち上がり、大臣を威圧する。


「そ、そんな!オヤジーノの失踪は本当に知らないのです!!お許しを!!」

 アシヤドウマンは王に土下座をする。


「するとなにか?マスキの件は覚えがあると言うことか!?決定は決定じゃ!下がれ!!魔術師団を解体せんだけ、ありがたいと思え!!」

 

「ぐっ!!……仰せのままに」

 アシヤドウマンは失脚した!


 【怪談小屋(リフォーム済み)】


「ガハハ!うまくいきましたな!まさかドウマンが失脚するとは!ガハハ!」

 オヤジーノが高笑いをする。


「え?お、オヤジーノ殿……具合はいいのか?」

 フロラディーテがキョトンとする。


「すべてマスキ殿の名案よ!噂を流し、噂が広がり、その噂を民が実際に目撃する。それだけで憎い魔術師団に大ダメージをあたえることが出来る。マスキ殿は軍師に向いておるわ!ガハハ!」

 オヤジーノがマスキ殿をバシバシ叩いている。


「教えなくて悪かったなフローラ。都市伝説になるには、どうしても大袈裟な演出が必要でな。オヤジーノに協力してもらったのだ」

 マスキ殿が私に頭を下げる。


「ガハハ!団長が腰を抜かした演出ですかぃ?」

 オヤジーノがニヤニヤ私を見る。


「抜かしとらんわ――!!!!」

 私は顔を真っ赤にして立ち上った。


「これで、しばらく魔術師団も大人しくなるだろ。明日から怪談小屋も営業再開だ」


「ほ、本当か!やった!絶対に行く!!」

 マスキ殿の言葉で私に笑顔が戻る。


「これこれ団長、明日から自衛の強化と周辺の魔物退治で遊んでる暇はないですぞ。いったいワシがどれだけ休んでいたと思っておるのだ」

 オヤジーノは、なぜか誇らしげに言った。休んでいたのはお前の勝手だろ~が!!


「やだ~!!絶対に行く――!!」


 私の我儘わがままが怪談小屋にこだました。


 <つづく!>

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る