第6話『アナタニサマ』【怖さ★★☆】
ひょんなことから剣聖と一緒に幽霊屋敷の捜索を依頼された俺は、真夜中の道をフロラディーテと肩を並べて歩いていた。
「すまぬマスキ殿、一般人のあなたに危険な任務を……」
「いえいえ、剣聖様とご一緒出来るなんて、こんな経験、普通は出来ませんよ」
「あと、あの……あの事……黙っていてくれて、ありがとう」
少し間を置いてから、彼女は小声で言った。
「あ、お漏らしの事ですか?」
「言わんでくれ!!勢い余って貴殿を小間切れにしてしまうかもしれん!!」
フロラディーテは剣の柄に手を掛ける。
「……気をつけます」
俺は小間切れになる自分を想像してゾッとした。彼女が極度の怖がりだということは俺と副団長しか知らない。団長で剣聖の彼女が怖がりだと知れたら、団員の士気に影響が出るのはもちろん、敵対している魔術師団がどんな嫌がらせをしてくるか……。これは、もはや国家レベルの秘密なのだ!と、すると妙だと気づく。剣の道を極めた彼女がどうして怖がりなのだろう?俺は失礼を覚悟で聞いてみることにした。
「あの……フロラディーテ様……」
「ああ、フローラで構わんよ。親しい者はみんなそう言う。あ、マスキ殿は言わば相棒!!親しいとか、別に変な意味はない……ぞ」
フローラは、なぜか少し照れる。
「はは、わかりました。では、フローラはどうしてそんなに怖がりなのですか?」
彼女は少し考えてから、俺の顔を真っ直ぐに見て、過去の話をしてくれた。
「私は小さい頃、かなりのビビりでな。そんな自分が嫌いで剣の道に入ったのだ。私は自分で言うのもなんだが、頑張った。単純に強くなるのが楽しかった。強くなって強くなって、いつの間にか『剣聖』と呼ばれるようになっていた。そしてやっと、自分を好きになりかけた時、奴と出会ったのだ……」
「奴……とは?」
固唾を呑む。
「ラッキーゴーレムだ」
彼女の口からから意外な言葉が出た。
「え!?あのスライムの次に弱いと言われるラッキーゴーレムですか?子供でも使えるライトニングの魔法で撃退できるじゃないですか!」
「私は……ライトニングが、使えない……」
「……え!?」
「私は……子供でも使えるライトニングが使えないのだ!ラッキーゴーレムは子供でも撃退できる!だが、私は撃退できない!剣で切れないからな!!なんど剣で切っても切っても……奴らは……」
彼女の肩がワナワナと震える。
「それでも、ラッキーゴーレムが人に害をなすところを見たことがないのですが……」
「そこが厄介なのだ。あいつらは私が撃退できないのをいいことに、食事中だろうがお風呂だろうがトイレだろうがお構いなしにつきまとう!驚かされ過ぎて、私はいつの間にか子供の時より臆病になってしまったのだ……」
悲しい理由だと俺は思った。
「それで、恐怖を克服しようと俺の怪談小屋に通ったのですね」
「いや、そこは趣味だ。怖がりだが、怖い話を聞くのは好きだ」
真っ直ぐなキラキラした目で俺を見る。
「……そうなんですか」
なんだか腑に落ちないが、本人が言っているのだから、そういうことなのだろう。
「じゃあ、ラッキーゴーレムを見かけたら、俺が撃退してあげますよ!」
「本当か!?助かる!!マスキ殿は思った通りにいい奴だな~」
彼女はさっきまで怖がっていたのが嘘のようにご機嫌になり、鼻唄まで歌い始めた。まさか、剣聖を守る役目ができるとは、世も末だなと思う。
「マスキ殿は、なぜ怪談師に?」
鼻唄混じりに彼女が俺に聞く。
「俺の場合は、そういう家系なんで」
反射的に答える。
「おや?マスキ殿は確か商人の家の生まれでは?」
(……はっ!ヤバい!転生前の話をしてしまった!俺はこっちで商売の才能がなく、半ば強引に家を追い出された厄介者だった!!)
「お、お爺さんが霊感強くて……」
慌てて適当に嘘をつく。
「そうなのか!?何にせよ、マスキ殿は頼りになる!よろしく頼むぞ!」
「そういえば、夜道の怪談があるのだが……」
俺は話題を変えようと彼女が好きだと言う怪談話を持ち出す。
「そうなのか!?是非、聞きたい!今日は怪談小屋へ行けなかったから、ウズウズしていたところだ!」
物凄く前のめりで俺に近づく。喜んでくれるのは、なによりだがちょっと近すぎる。俺は彼女と適度な距離を保つよう夜道を歩きながら、ゆっくりと話し始めた。
「これは寒い雪国の話なのだが、夜道に出るそうなんだ……アナタニサマが……」
【アナタニサマ】
「う~寒い!!早く家に帰って暖まろう!!」
雪が降り注ぐ夜道、男は
「う、うん」
手を繋がれた男の子が頷く。
あなたに……。あなたに……。
「ん?何か聞こえたか?お?こんな夜中に女がひとり……」
頭と肩に雪を積もらせ、誰も通らない夜道に、女がひとり佇んでいた。
「こんな夜更けにどうかしましたか?」
男が心配して女に声をかける。
「あなたに……」
女は男に大事そうに抱えていた一冊の本を手渡した。
「なんだってんだ?」
男は受け取った本を開く。
「おお!金が稼げる本だと!?こいつぁおもしれぇ!!ほう!ほうほう!へー!!」
男は夢中で本を読み始めた。
「あ、あの……」
隣で待たされている男の子は本に夢中で足元から凍りつく男に恐怖を感じる。いつの間にか本を渡してきた女は姿を消していた。
「……あ……う……ぅ……」
やがて、夢中で本を読んでいた男は全身が凍りつき、息絶えた。
ひとり取り残された男の子の元へ、運良く行商人が通りかかる。
「お、おい!お前、大丈夫か!?うわ!こりゃ、男の方はもうダメだ。アナタニサマに祟られちまってる。アナタニサマは悪い心の持ち主に本を渡して、夢中で読んでいる間に凍らせちまうのさ!あ、悪い!こいつはお前の父親か?」
「……ううん。……知らない人」
男の子は震える手で行商人のスボンを握る。
「なんだって!?こいつは人攫いか!?坊主、アナタニサマに感謝だな」
「う、うん!!そうイエバ……、アナタハ……ドッチ?」
「きゃぁ――!!!!!!!!」
フローラが俺に抱きつく。鎧の上からでも抱きつかれて胸が俺の腕に当たるのは嬉しい。って、喜んでる場合じゃないな……。
「フローラ、大声出しすぎ。もうすぐ屋敷に着きますよ」
「だ、だって!アナタニサマは女の子なの!?小さな男の子なの!?」
軽くパニックになっている。
「さぁ?」
俺は面白そうだから、曖昧な返事をした。
ボコッ……ボコボコ!!
「な――!?」
次の瞬間、フローラの叫び声で目が覚めたのか、地面から骸骨の魔物『アンデッド』が数体現れた!
「うわぁ!!」
俺は情けなく彼女の後ろへ隠れる。ハッ!しまった!!彼女は怖がりだ!あんな不気味な骸骨を見たら腰を抜かしてしまうのでは!?
「ふふふ……剣の錆びにしてくれよう!」
ジャキ!ザッ!ガキィン!ザシュ!!
俺の心配をよそに彼女は剣を抜き、楽しそうにアンデッドを切り刻んだ。
いとも簡単にアンデッドを撃退した彼女にポカンとしている俺が口を開く。
「あの……フローラ?アンデッドはその……怖くないのか?」
彼女は俺の方を向き、満面の笑みで答えた。
「ああ!切れるからな!!」
「……そう」
俺は正直、よくわからなかった……。
<つづく!>
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