第31話 失敗賢者は決着をつける

 現れたのは、人型のドラゴン、みたいなヤツだった。


 ラズブラスタ並の巨体に頭の角とデカイ竜翼、尻尾が付随している。

 体表は竜の鱗を肥大化させたような装甲に覆われ、鋭角的な印象が強い。


 手には爪、口には牙。

 瞳孔は縦に裂けて、全身から圧倒的な魔力を発散している。

 二度も八つ裂きにされた大魔王が、何とも強そうになってるじゃねぇか。


「大賢者ァアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――ッ!」

「だから、大賢者じゃねぇっての」


 俺は、ラズブラスタの背にアルカを乗せて退避させると、改めて大魔王と対峙する。

 こっちを睨みつける大魔王の口からは、濃い白いモヤが漏れだしていた。

 頭に生えた角や背の竜翼、尻尾の先端には、氷らしき透明の結晶が見てとれる。


「なるほどな」


 大魔王が何をしたのか、見当がついた。


「フロスランデルの卵から力を搾り取りやがったか」

「そうだァ! その通りだァ! この俺にとっての、緊急時の最終手段よッ!」


 あらあら、すっかり粗暴な物言いになっちゃって。どう考えてもこっちが素だな。


「俺がこの姿になったからには、貴様には死あるのみだ!」

「まぁ、誇るだけはあるよ。確かに、今のおまえからはすげぇ力を感じる」


 今の大魔王から感じられる力は確実に俺よりも上。

 レベルに換算すればおそらくは俺の倍近く、最低でも13000は固いだろう。


「グハハハハハハハハハハァ! これを見ろォォォォォォォォ――――ッ!」


 大魔王が、何もない方向へ無造作に右腕を振るう。

 それだけで、発生した衝撃波が木々を薙ぎ払い、森を地面ごと遠くまで抉った。


「もはや、エルダードラゴンとて俺には及ばん! 何物にも優る最強の力だ、究極の力だ! ……クックック、これは少々やりすぎてしまうかもしれんなァ!」

「へぇ、やりすぎて……?」

「何せ力が溢れすぎていてな……。手加減が利かん。まぁ、許せ!」


 大魔王が俺を指さし、得意げに告げる。

 なるほど、そうか。手加減が利かないのか。なるほどな。――バカが。


「おまえ、勝てないぜ」

「……何だと?」

「だから、おまえは俺に絶対勝てない。そう言ったんだよ」


 俺が指をさし返すと、大魔王はゆっくりと右腕を振り上げて、キレた。


「できるものなら、やってみろォォォォォォォォォォォォ!」


 叩きつけられる右手を身を横に転がして避け、砕ける地面をさらに飛び退く。

 大魔王は、宙に舞った俺めがけて顔を向け、大口を開けてきた。


「グォォォォォォォオオオオオオオオオオ――――ッ!」

「ブレス攻撃。そりゃ来るよな。ドラゴンだもんな」


 しかし、そんなものは予想済み。

 俺は光の盾を展開し、それを足場にしてさらに上に跳躍。ブレスをかわす。


 空中で自由落下を開始した俺は、両手に光の弓矢を形成した。

 マントをはためかせて落ちながら、俺は大魔王へと矢を連射していく。

 だが大魔王はそれを避けない。いや、避けられない。


「グッ、ウ! グォォォォォォォォォ!?」


 光の矢が着弾し、大魔王は悲鳴をあげる。

 ラズブラスタの力を宿した矢は、氷属性らしき今の大魔王には覿面に効くようだ。


 大魔王が乱暴に腕を振り回す。

 しかし、俺は空中に作った光の足場を立体的に跳ね回ってそれを避ける。


 腕を振り回そうが、尻尾を叩きつけようが、ブレスを吐こうが、俺には当たらない。

 ただ避けて矢を撃ち、死角に回って矢を撃つ。それだけの簡単な作業だ。


「な、何故だァ! 何故ェ、何故当たらないィィィィィィィィィ!?」

「それがわからないから、おまえは俺に勝てないのさ」


 吼え狂う大魔王の眼前に跳びしながら、俺は告げて矢じりに火を灯す。

 発射された焔の矢が大魔王の右目に命中。その顔面に、真っ赤な爆炎が咲いた。


「グギァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――!!?」


 うるせぇなぁと思いながら、尻もちをついた大魔王の前に着地する。


「まだやるなら付き合うぜ。おまえがくたばるまでな」


 俺が言うと、大魔王はそのデカイ図体をビクリと震わせた。


「……な、何故だ。何故、俺がこんな一方的に!?」


 大魔王は、現実を受け入れられていないようだった。

 スペックで優ってるからだろうが、つまりこいつ、何もわかっちゃいないんだ。


「力の使い方が下手すぎるんだよ、おまえ」


 俺は告げた。


「手加減が利かない、なんてのはただの欠点だ。自分は力に振り回されてますって宣言してるようなもんだぜ。おまえ、どれだけ自分が隙だらけかも気づいてないだろ?」


 攻撃前の振りが大きい。そこには隙ができる。

 攻撃後の戻りがおそい。そこにも隙ができる。

 俺から見れば、今の大魔王はほとんど無防備にも等しかった。攻め放題だよ。


「おまえみたいになりたくないから、俺は100年かけてスキルを磨いたんだよ」


 エルシオンでの放浪によって、俺のレベルは7777にまで上がった。

 しかし、それは実は副産物。メインの目的は、スキルと技術を磨くことにあった。



――――――――――――――――――――――――――


◆保有スキル

 因果鑑定 Lv20

 戦具極達 Lv18

 光魔極達 Lv18

 身体制御 Lv16

 超感集中 Lv16



◆装備

 E 光魔の指輪

 E 焔帝のマント






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――――――――――――――――――――――――――



 これが、今の俺のステータス画面のスキル欄だ。


 全て、エルシオンの地下にある超究極大賢者隠しダンジョンで研鑽したものだ。

 いや~、地獄だった。楽園のクセに、あそこだけはマジで地獄だったわ。


「極まった『因果鑑定』は敵が攻撃を意識した時点でその因果を認識する。ちょっとした予知能力さ。これがある限り、おまえの攻撃は俺にゃ当たんねぇよ」

「ぐ、ぐぎぎぎぎ……、ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ~……!」


 大魔王が心底悔しげに牙をむいて唸り散らす。

 それを見て、俺は小さくため息をついた。


「だからおまえらは、くだらねぇんだよ」


 このとき、俺は大魔王にガルトとゴルデンの姿を重ねていた気がする。


「優れているから、名家の出だからと、何をしても許されると思い込んで好き勝手しようとするから、こんな風に足元を掬われて、何もかもがおじゃんになるんだろ」

「知ったようなことを言いやがって……!」


 大魔王が俺を睨みつけるが、そのまなざしこそまさにガルトと同じものだ。

 自分だけは特別で、自分以外は全て取るに足らないものだと差別している目だ。


「だって、知ってるからな。俺は。ああ、よく知ってるよ」


 何せ、生まれてこの方、常に誰かに踏み台にされ続けた人生だ。

 だからよぉく知ってるぜ。

 やりたいことをやるために必要なことも。やっちゃいけないことも。


「この俺に向かって説教か! この、大魔王バァル・ゼブルに向かって!」

「そうやって、いつまでも上にいるつもりだから、おまえらはバカだって言うんだよ」


 もはや、笑いの一つも湧いてこない。

 ああ、こうして見ると本当に変わらないな。こいつも、ガルトも、ゴルデンも。


 ――大賢者あのヤロウも。


「やりたいことがあるなら学べよ。努めろよ。それを嫌がって力にモノ言わせるようなクソガキが、いっちょまえに人様の邪魔してんじゃねぇよ、付き合ってられるか」

「ク、クソガキ……? この俺が、ガキだとォ……!?」


 それ以外の何だってんだよ。と、俺が言おうとしたところで、


「――あ、ヤベ」


 俺の『因果鑑定』が攻撃因果の発生を感知する。


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」


 立ち上がった大魔王が、全身を震わせながら雄叫びをあげた。

 その巨体から極低温の氷の魔力が溢れ、周囲を凍らせて白に染め上げていく。


「キレたか」


 どんどんと高まっていく魔力に、俺は舌を打った。


「大賢者ァ! 貴様だけは殺してやるぞ、大賢者ァァァァァァ――――!」


 はい、大魔王様、自爆を決意なされたようです。

 もちろん、そんなことはさせないけどな。


「もはや人類の支配などどうでもいい! ここで、貴様を! 貴様だけを、何としても殺してやるぞ、大賢者! 大賢者、大賢者ァァァァァァァァァ!」


 本当に大賢者好きだな、こいつ。

 と、呆れつつ、俺は大魔王の魔力放射圏外に逃れるため、光の足場を蹴り上がる。


 大魔王の魔力が際限なく膨張していく。爆ぜれば一体どうなるか。

 その結果は『因果鑑定』が教えてくれる。うん、この辺一帯、氷河と化すね。


 空へ上がった俺は、大魔王を眼下に見下ろす。

 人型だったその姿はすっかり膨れて、丸々と肥え太ったような感じになっている。


 少しでもつつけば破裂する。

 そんな結果を容易く想起させる姿だ。


「ん? だが、ありゃあ……」


 ふと、俺は気づいた。

 大魔王はさらに魔力を強めているが、そのたびに何だか――、


「……よし」


 戦い方は決まった。

 俺は左手の『光魔の指輪』に念を込め、青白い光の粒子を発生させる。


 エルシオンでの放浪を経て、今やこいつはすっかり俺の体の一部。

 もう、俺の武器はこの指輪以外に考えられない。そんなレベルにまでなっている。


「ここまで来たら、とことんまで邪魔してやるよ。大魔王!」


 形成するのは、武器ではない。かといって、防具でもない。

 今の俺は、光を操るだけでなく、光に一定の性質を与えられるようにもなっていた。


「形成――、天戟方陣ブーステッド・サークル!」


 俺が造り出したのは、重ねられた五つの魔法陣。

 その効果は、光の武器の威力を爆発的に強化する、増幅装置である。


 空の俺と、地表の大魔王。

 その直線上に存在する魔法陣は、俺の攻撃の軌跡そのものでもある。


「ォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!」


 右手に炎の槍を形成し、俺は背骨を軸にして思いっきり上体を捻った。

 顏は大魔王に向けたまま、限界までねじった体に力を溜め込む。


 イメージは、弓の弦。

 時間をかけて力一杯に引っ張ったそれから手を放し、矢を発射する。


 それと同じ要領で、俺は炎の槍を投げ放った。

 ここまで、俺の動きには一切のブレがない。スキル『身体制御』のおかげだ。


「焼き尽くせェェェェェェェェェェェェ――――ッ!」


 直下に飛んだ炎の槍は、方陣を一つ通過して大きさを増す。

 さらに二つ、三つと方陣を通るごとに、大きさも火勢も、倍化していく。

 五つ目の方陣を過ぎたとき、それは燃え盛る炎の星と化していた。


「だ、大賢者ァァァァァァ……、ァ、あああああああああああああああああ!」


 俺を見上げる大魔王に、炎の星が直撃する。

 そして限界まで膨張していた大魔王の身はその威力で爆発、


「あ、あぁぁぁ、あああああ……! あぶっ、るるるるっ」


 しなかった。

 全身を真っ赤な炎に包みながら、大魔王は爆発せず、その身がブルブル震えだす。


「ぶぎっ、るるるるるッ。ぶる、ぎゅる、ぎゅぎッ」


 肉が打ち震えるような音がして、何と大魔王の巨体は縮み始めた。

 声と共に、体もブルルと音を鳴らして、数秒も経たずにアルカより小さくなる。


「あぁ! ぁあ! あ! あぁぁ! イヤ、だ! イ、ヤ! ヤ! ァァァ!」


 止まらない収縮の最中に、大魔王が悲鳴をあげる。

 そこからさらに体は縮んで、縮んで、縮んで、どこまでも縮んでいって――、



「ぃ、ぃゃだァァァァァァァァァァァァァァァ――――ッ!」



 末期の叫びを場に残し、ついに収縮は終わった。


「……ほ~らな」


 着地した俺は、凍った地面に転がっているそれを拾い上げた。

 いつか火山地帯で見た覚えのある、小さな小さな白いそれ。


「使えもしない力に手を出すから、こうなるんだよ」

『フロスランデルの仔に喰われましたか』


 降り立ったラズブラスタが、俺が手にしたそれを見て息をついた。

 俺が拾ったのは、エルダードラゴンの卵。

 大魔王の命は、この卵に吸収され喰い尽くされた。何とも呆気ない最期だ。


「だが、ま、とりあえず――」


 空に昇る太陽を見上げて、俺もふぅと息を吐く。


「これで、カタはついた、かな」

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