第30話 失敗賢者は圧倒する

 長い、永い100年だった。

 一口に言えば軽く聞こえるが、その年月を独りで過ごすのは苦痛だった。


 最初の5年間は、ひたすら神果をかじりながら放浪した。

 大魔王に対する嫌悪や怒り、憎しみのたぐいはその間に忘れ去ってしまった。


 10年、20年も経てば、自分がここにいる理由も曖昧になってくる。

 50年を超え、70、80年と経つ頃には、自分が誰かすらおぼつかなくなる。


 今やるべきことは何か。

 その小さな目的意識こそが、俺の100年を支えた柱だった。


 そして俺は外に出て、追い詰められたあの子を見た。

 100年という時間の彼方、忘却に押し流されていたものが、一気に蘇った。


 気がつけば、俺は腹の底から叫んでいた。


「俺のアルカに、何しやがる! おまえェェェェェェェ――――ッッ!!!!」


 闇の剣を振りかぶる男を、俺はただ殺そうと思った。

 右手に光の剣を生み出して、それを無我夢中で振るっていた。


「ギァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!」


 俺のものではない絶叫――、いや、悲鳴が響き渡る。


「……その声。ああ、そうか。おまえ、大魔王だっけ」


 それを思い出した俺は、うずくまる男を感慨もなしに見下ろす。

 だが、こんなヤツはどうでもいい。俺はすぐさまアルカへと駆け寄った。


「アルカ!」

「……旦那様」


 俺が抱き起こすと、アルカは弱々しくアイテムボックスを差し出してきた。


「これを……」

「ああ。守り抜いてくれたんだな」


 右手でアルカを支え、俺はアイテムボックスを受け取る。

 アルカは、一目見てわかるほど弱っていた。

 右肩には薄く血がにじみ、汗に濡れた額にほつれた銀髪が張り付いている。


「アルカは、旦那様のお役に立てましたでしょうか……?」


 か細い声で俺を呼び、アルカは唇を震わせながら笑みを作る。


「……ああ」


 それ以上は何も言えず、俺はアルカを抱きしめた。

 アルカの手が、俺の服をギュッと掴んでくるのが分かった。俺の腕に力がこもる。


 俺は何やってんだろうなぁ。という情けなさが腹の底に噴き出す。

 アルカが生きてくれた喜びより、傷つける原因を作った自分への怒りがデカイ。


「だァい、けェェェんじゃァァァァァァァァァ~……」


 アルカを壁にもたせる俺に、背後から声をかかる。

 俺が無言のままに振り向くと、周囲に数多の闇の武器を浮かせた大魔王がいた。

 斬り飛ばした右腕もすでに完全に再生していて、闇の剣を握っている。


「よくも、余の玉体を傷つけてくれたものよ。……覚悟はできていような?」


 こめかみを怒りにヒクつかせ、大魔王が俺を睨む。


「大賢者よ、貴様も、そこな人あらざるものも、斬り裂き、引き裂き、原型を留めぬほどに細切れにしてくれよう。己が冒せし大罪をとくと噛み締めながら――」

「うるせぇよ」


 俺は、半笑いになって喋る大魔王を一声で遮る。うざったいよ、おまえ。


「御託はいいから、さっさと来い」


 大魔王の顔から、表情がすこんと抜け落ちる。そして直後に、


「……フハッ」


 瞳に殺意が滾り、その顔にはいびつな笑み。闇の剣が一回り大きさを増す。

 宙に浮く闇の武器も増えて、増えて、増え続けて、通路を満たす程の数になる。


「断末魔の悲鳴もいらぬ! 貴様は直ちに切り刻まれよ! 消えよ、果てよ!」


 ブチギレた大魔王が、俺に向かって左手をかざす。

 対して俺も左手の人差し指で、大魔王を示す。


再定義リセット


 告げた瞬間、全ての闇の武器が光の武器に変わる。

 ほぼ闇に沈んでいた場に、今度は光が満ちて一気に明るくなった。


「…………な?」


 左手をかざしたまま、大魔王が呆ける。

 俺は、奪った光の武器を操作して、それら全ての切っ先を大魔王へと向けた。


「発射」


 全ての光の武器が大魔王へと殺到する。


「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ……!? ……ッ! …………ッッ!!?」


 光の武器に全身を貫かれ、斬り裂かれ、大魔王は絶叫する。

 しかしその悲鳴も、のど元を光の槍に貫かれて聞こえなくなり、大気だけが震えた。


「細切れにしてくれよう? 勝手になってろ。おまえがな」


 俺がやったのは、そう大したことではない。

 『光魔の指輪』を介して大魔王の闇の武器に干渉し、術者を俺に再定義しただけだ。


 同じような魔道具だから互換性があると見たが、大正解だったな。

 まぁ、大魔王が八つ裂きになったところで、俺の気分は少しも晴れやしないが。


「旦那様、すごいです。お強くなられたんですね」

「アルカのおかげだ。アルカが稼いでくれた時間で、俺はこんなに強くなれたんだ」


 左腕の腕輪を起動し、俺はアルカに今の自分のステータスを見せた。



――――――――――――――――――――――――――


 レント・ワーヴェル(127)


 レベル:7777

 ランク:S

 クラス:キャリアー(荷物持ち)


 HP 384015

 MP 268831


 筋力 44911

 耐久 40746

 敏捷 41792

 知性 32905

 器用 38653



[ 1/2/3/ >>次ページへ ]


――――――――――――――――――――――――――



「さすがです、旦那様」


 アルカが笑ってくれた。

 それだけで、俺は報われたと感じた。100年も放浪した甲斐があった。


「大魔王は死んだ。あとは、外の『巨神魔像』をブッ壊せば、終わりだ」

「ま、待てェェェ……!」


 アルカを抱えようとしたとき、声がした。

 辺りは再び薄暗くなっている。光の武器は全て消えたか。


「……しぶといな」


 俺が見る先に、全身ズタボロの大魔王が立っていた。

 着ていた貴族礼服はただのボロキレと化し、全身も穴だらけで右腕と左足がない。

 それでも徐々に傷口が塞がっていく辺り、さすがに大魔王だけはある。


「グ、き、貴様……、一体、その力は、何だ!?」

「説明する必要はないな。いいから、もう死ね。手伝ってやるから」


 俺は、周囲に光の武器を展開する。


「グ、ググ、ォ……、おのれ!」


 大魔王も、俺も対抗して闇の武器を形成していくが――、


「また、奪われたいのかい?」

「グゥゥゥゥゥ~……!」


 俺が指輪をかざすと、悔しげな呻きと共に闇の武器が消えていく。

 そこにできた隙を、俺が突かないワケがない。光の武器を一斉に発射する。


「グガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!?」


 再び八つ裂きにされる大魔王。

 しかし、俺をそれを見てもなぁ~んにも感じない。


 っていうか、単なる八つ当たりだよなぁ、これ。

 アルカをケガさせたのは大魔王だけど、その原因作ったの、俺だしなぁ。


 でも、だからって大魔王を生かして帰すつもりはない。

 アルカにケガをさせた落とし前は、きっちりとその命で償っていただく所存。


「お、おのれぇ……! おのれェェェェェェェェェェェェェ!」


 あれ、まだ踏ん張るんだ。存外しつこい――、


「旦那様、いけません。大魔王の魔力反応が、異常な増大を示しています」

「ん?」


 アルカの報告、俺は片眉を上げる。

 そして、その報告通りに、大魔王の気配が膨張した。


「ヌオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォ――――ッッ!」


 あ、ヤベェ。崩れる。

 そう直感した俺は、アルカを抱き上げると、真上に光の槍を放って脱出口を穿つ。


「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォ!」


 大魔王の咆哮を聞きながら、俺は上に跳躍した。

 開けた穴から外に出ると、ちょうどラズブラスタがブレスで魔像を焼いていた。


 わぁ、魔像一体も残ってないや。

 代わりに目に映るのは真っ黒い炭と灰の山だ。


『おや、そちらは終わったのですか、レン……、誰ですか、おまえは』

「え、レントだけど?」


 低空を飛ぶラズブラスタからいきなり変なことを言われた。


『んん? いや、しかし……、ですが、ふむ。……なるほど、レントですね』

「何なんだよ、その反応は……」


 一応、体感では100年ぶりではあるけどさ。

 別にレベル以外は特に変わってないと思うんだがなぁ、俺。


『それよりも、終わったのですか?』

「いや……」


 と、答えかけたそのとき、地面が大きく盛り上がった。

 そして地下階の天井をブチ抜いて、ラズブラスタ並に大きい何かが姿を現す。


「これから、カタをつけるところさ」


 それを前にして、俺はつまらなさげに呟いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る