第32話 失敗賢者は依頼を達成する

 大魔王は死んだ。

 だが手を下したのは俺ではなく、喰ったはずのエルダードラゴンの卵だった。


 ヤツは言っていた。卵の力を使うのは緊急時の最終手段だ、と。

 その言葉を真に受けるなら、大魔王は卵が持つ危険性を知っていたことになる。


 だが、大魔王は俺に追い詰められ、あえなく卵の力に手を出した。

 単純な能力値でいえば、今の俺でも圧倒されるしかない。それほどの力だ。


 しかし、卵の力の活性化は同時に、大魔王が蝕まれることを意味していた。

 俺は、巨大化した大魔王の中に全く別の気配があるのを感じた。

 今思えば、それこそが大魔王を内から喰おうとする卵の気配だったのだろう。


 そして、俺の天戟方陣を用いた一撃。

 あれによって弱まった大魔王は、その命を卵に喰い尽くされたワケだ。

 終わってみれば、何とも呆気ないもんだ。


「……で、これからどうするか」


 指に摘まんだエルダードラゴンの卵を眺めつつ、俺は考えていた。

 受けた依頼は侯爵の始末と、侯爵が隣国と繋がっていた証拠の確保なワケで。

 大魔王が死んで、依頼の半分は達成したものの――、


「証拠なんて、残ってんのかなぁ……?」


 半ば諦めかけながら、俺は廃城の方を見やる。

 そこにあるのは、高く積まれた瓦礫の山。廃城、だったものですね。どう見ても。


「魔像の群れだの、エルダードラゴンだの、大魔王だのが暴れりゃ、こうもなるわな」


 果たして、この『城だったもの』に証拠が残ってるか否か。

 限りなく望み薄だが、探す以外に手段がない。とりあえず、探すかー。


「あ、旦那様。廃城跡に巨大な魔力反応の発生を感知しました」

「へ?」


 言ってくるアルカに、俺は間の抜けた声を出してしまう。

 すると次の瞬間、瓦礫の山の頂に黒い雷光のようなものが出現する。


『ヤツが空間を引き裂いて出てこようとしていますね』

「あの、ヤツって……?」


 言いかけた瞬間、右手の卵が激しく震えだした。

 ああ、なるほど。こいつの親御さんか。……って、待って!?


「ちょっ、出現場所、別にして! そんな無理やり出てこられたら――」

『出てきますよ』


 黒い雷光が一瞬止んで、次の瞬間、球状の暗黒領域が一気に広がった。

 それは、俺が見ている前で、廃城跡の瓦礫の山を丸ごと飲み込んでしまう。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!?」


 暗黒領域が消えたあとには、丸く抉られた大地と、白いドラゴンがいた。


『グワッハハハハハハハハハハ! 我、今ここに帰還せり! さぁ、我より卵を奪いし不届き者よ。このフロスランデル様が永久に融けることなき氷像に――、あれ?』


 威勢よく登場したフロスランデルだが、ラズブラスタとアルカと、消滅した廃城跡を前にして絶望に膝を屈する俺を見て不思議そうに首をかしげる。


『何と、ラズっちではないか。四百年ぶり~。で、我の卵を奪った輩はどこぞ?』

『相変わらず馴れ馴れしい上に空気が読めないですね、おまえは……』


 頭が真っ白になっている俺の頭上で、エルダードラゴン二匹が仲良く話す。

 俺はそれを耳にしながら、やがて両手で頭を抱えて、空を仰いだ。


「チクショオオオオオオオオオオォォォォォォォォ――――ッッ!」

『うわっ、我びっくり。何事!?』


『大体、おまえのせいですよ。フロスランデル』

『え、マジ? 何かごめん……』


 エルダードラゴンに謝られた。

 それはそれで貴重な経験なのかもしれないが、しかし、そんな経験をしたところで虚空の果てに消え去った内通の証拠が戻ってくるはずもなかった。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 フロスランデルに卵を返して、事情を話した。


『わぁ……、我、やっちゃったじゃん。卵取り戻した恩人に、恩を恩だと知る前にまず仇で先制攻撃しちゃったじゃん。ラズっち、これどうしよう?』


 エルダードラゴンのクセに、フロスランデルはガタガタ震えていた。


『私に聞かないでください。この恩知らず』

『ひぎぃ! 四百年ぶりの同胞から浴びせられた言葉が心に深く突き刺さりゅ!』


 何だこいつ、と、俺は思った。

 ラズブラスタが持つエルダードラゴンの威厳とか貫禄が、全然ないんだが。


『おまえならばどうにかできるでしょう、フロス。さっさとやりなさい』

『あ、そっか。我は我だもんね。長年使ってなかったから完全に忘れてたわー』


 ん? 何の話だ?


『えーっと、そこの人間。ゴンタ・マルチネス?』

「レント・ワーヴェル。……どんな間違い方だよ、それ」


 ンしか合ってねぇよ。


『ちょっと今から戻すから、待ってるがよいぞ』

「え、戻す、って……?」


 意味が分からず聞き返すが答えはなく、フロスランデルは空高くに吼える。

 すると、抉れた地面に変化が起きた。再び、球状の暗黒領域がそこに現れたのだ。


「うぉ、何だよ……!?」


 サッ、と現れたそれは、サッ、と消えた。

 そして俺は、驚愕のあまり言葉を失うことになる。アルカも一緒に絶句した。


「城が、生えてる?」


 うん、我ながら間抜けなことを口走ったと思う。

 でも実際にそうなんだ。

 地面ごと抉れて消えたはずの廃城が、完全に元通りになっている。


『フロスランデルは氷と時を司る上位種。限定空間内の時を戻す程度はできます』

「いや、程度は、って……」


 軽々しく言ってくれるけど、時間の遡行とか、神の御業レベルだから。


『ふぃ~、我、いい仕事したな~。これでいいな、人間!』

「あ、はい……」


 相変わらずノリの軽いフロスランデルだが、やっぱエルダードラゴンか。

 竜言語魔法、初めて見るけど、とんでもねぇわ。


『ちなみにレント、私は火と命を司ります。死者蘇生できますよ、死者蘇生』

「何でそこで張り合ってんだよ、焔帝竜様」


 おまえまでノリ軽くしてんじゃねぇよ! 混乱が加速の一途だわ!


「旦那様、簡易探査の結果、二階に人が在留していた痕跡が見られます」

「あー、了解。元侯爵閣下はそこにいた可能性が高いな」


 報告を受けて、俺はアルカを伴って廃城の二階へと向かう。

 崩れた壁の穴から、エルダードラゴン共がキャッキャしてるのが聞こえる。


「あんまり気にしないようにしよう」


 努めて耳に入れないようにして、俺は二階の一室に到着する。

 そこは、廃城という割に随分と整えられた部屋だった。家具やベッドが揃っている。


「侯爵様ともなれば、このくらいは当然、か」


 深い色合いを見せる絨毯を踏みしめながら、俺は肩を竦めた。

 大魔王も、俺に気づきさえしなければ、まだ侯爵として振る舞っていたはずだしな。


「旦那様、見つけましたー!」

「お、でかした。アルカ!」


 用意された執務机の引き出しから、アルカが書類の束を見つける。

 俺が確かめると、それは隣国との間で幾度か行われた取引の記録のようだった。


「……よし!」


 今度こそ、ミッションコンプリート!

 侯爵を倒して、内通の証拠を確保するという依頼を、俺は達成したのだった。


『何ィー! ラズっち、あのマントを人間に!? じゃあ我もお礼しなきゃ!』

『フフフ、できるのですか、フロス。おまえに、この私以上のお礼が……!』

『できらぁ! ……えっ、あのマント以上のお礼を!?』


 外で何か紅白ドラゴンが話してるけど、聞こえない。聞こえなーい!

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