第19話 失敗賢者は焼き尽くす

 俺はアルカと共に、ルミナのところへ歩き出そうとする。


「待て、レント。これは『金色』の問題と言っ――、ひっ!」


 しつこく前に立とうとするゴルデンを、俺は一睨みで黙らせる。


「これ以上邪魔するなら、殺すぞ。ゴルデン」

「う、あ、ぁ……」


 震えだすゴルデンの横を、俺はそのまま通り過ぎていく。

 そして、俯いて立ち尽くすルミナの肩に、後ろからポンと手を置いた。


「もういいぞ、ルミナ」

「……ぅ、っく」


 ルミナは、声を殺して泣いていた。

 俺が目配せすると、隣のアルカが「はい」とうなずいてくれる。


「ルミナ様、でしたね。もう大丈夫ですからね」


 アルカが、優しくルミナを抱きしめる。

 彼女の胸と両腕に包まれて、ルミナは一瞬身を固くし、そして――、


「ぅ、ぅぅ、うぇぇ……、ぇぇぇぇぇぇぇ~ん……」


 堰を切ったようにして、大声で泣きじゃくり始めた。

 その嗚咽が、俺の中の怒りを青天井に膨れ上がらせていく。


「よぉ、デカブツ」


 倒れたままの三人の前に立って、俺は『巨神魔像コロッサス』を見上げる。

 だが魔像は俺など眼中にないらしく、前に進もうと足を踏み出していた。


「進ませねぇよ。これ以上は、一歩もな」


 俺は『巨神魔像』へと、左手をかざす。

 そして念じると『光魔の指輪』がにわかに輝き、巨像の前に光の壁を作った。


 行く手を阻まれた魔像が、無理やり光の壁を突き破ろうとする。

 その圧力が、俺の左手にかかった。見た目通りのとんでもない重みだ、が、


「……こんなモンかよ、デクの坊」


 左手に全力を込める。

 光の壁は輝きを増して、魔像をその場に押し留める。


 そして俺は、握った右手の中に光の槍を生み出す。

 指輪の赤い宝石がまばゆい光を放ち、槍の穂先が激しく燃え上がった。


 この炎は、まさしく俺の怒りだ。

 それをぶつける先は目の前の『巨神魔像』と、そして、


「ゴルデン、ガルド!」


 俺は、クソ野郎共名を叫ぶ。


「おまえら、これ以上、俺の前でふざけたこと抜かしやがるなら……」


 言って、槍を逆手に持ち替えて、俺はおもいっきり振りかぶる。

 そして助走はなしで、だが全力で魔像に向かって光の槍を投げ放った。


 穂先に炎を盛らせた槍は、そのまま真っ赤な閃光となって迸る。

 瞬きは刹那。

 槍は光の壁を突き抜け、『巨神魔像』の胴体をブチ貫いて、空の果てに消えた。


「次は、おまえらがこうなるぜ?」


 言い終えた瞬間、山より巨大な『巨神魔像』の全身から炎が噴き上げる。


「ひぃ、ひぃぃ……!」

「あ、ああ……、ぁ。あ……」


 ガルトは涙ぐんでのどを引きつらせ、ゴルデンは腰を抜かしてその場にへたり込む。

 どちらも、情けないことに股間をぐっしょりと濡らしていた。

 俺は燃え上がる魔像を背に、ルミナの仲間三人を担ぎ上げ、その場を離れていく。


「いやぁ、すごいね~、レント君」


 その場に残っていたピエトロが、俺へ拍手を送ってくる。

 リィシアの姿がないのは、避難誘導をするように指示をしたのだろう。


「ども」


 褒められても、俺の気分は晴れないままだ。

 せっかくのSランク昇格だってのに、水を差されちまった。


「ギルド長、わかってるとは思いますけど」

「ああ、そこに転がってる芋虫君については、こっちでしっかり取り調べるから」


 それを言うピエトロの目には、今までにない鋭い光が宿っていた。

 ああ、これは任せて大丈夫だ。俺はそれを確信する。

 この瞬間、ガルトの再起不能は確定したと言ってもいい。俺の知ったことじゃないが。


「で、それと――」


 ギルド長が、へたり込んだまま放心しているゴルデンに目をやった。


「これ、どうするの?」

「放置で」


 俺は即答する。


「それより、ルミナと俺が担いでる連中を施療院に連れてきます。いいっすよね?」

「もちろん構わないさ~。彼らは有能で勇敢な冒険者だからね~」


 ピエトロの評価は、俺も同意するところだった。

 こいつらにはこんなところで終わって欲しくない、というのが俺の本音である。


喝采よっしゃ! 百十八体解体完了バラし終わり! いやぁ~、見事達成いい仕事したぜ!」


 って、そこに聞こえてくる、どこぞのチビ棟梁の溌溂としたとてもイイ声。


「「…………」」

何事おっと? 何でぇ、二人そろって、アタシを凝視見つめやがって?」


 え、今の今まで、ずっと解体してたんか、おまえ。


「なぁ、ここで起きてたコト、おまえわかってる?」


 俺が尋ねると、リュリは「?」と九十度の角度で首をかしげる。


「こっちゃあ仕事してたんだぜ? 周りのことなんぞ我不関焉知るかっての!」


 思いっきり強気に腕を組んで、威風堂々のたまうリュリ。

 しかし直後に、火勢を上げて燃え続ける魔像に気づいて「うお」とのけぞった。


「な、何だこのデケェたいまつは!? おお、何かゴルデンの野郎が腰抜かしてるじゃねぇか! って、こいつ黄金水おしっこちびってやがるぜェェェ――――!」


 商売敵の情けない姿を見て、リュリは指さして豪快に笑い転げる。

 その様子を見て、俺は思った。


「こいつ、すげぇな……」


 オルダームで一番キモが座ってるのは、間違いなく、リュリだわ。

 そんなどうでもいいことを、俺は確信するのだった。

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