第18話 失敗賢者はブチギレる

 大地を震わし、現れ出たもの。それはまるで山そのものだった。

 基本的には人に近いフォルムをしている。

 ずんぐりとした胴と、二本の腕、二本の足。しかし、頭部に当たるものがなかった。


 そこは少し盛り上がっている程度で、顏はなく、輝く赤い一つ目があるだけ。

 体表は黒くてのっぺりとしていて、硬いか柔らかいかもわからない。

 ラズブラスタよりもはるかに巨大なそれが、いきなり俺達の前に出現したのだ。


 デカブツが一歩踏み出す。

 それだけで、冗談ではなく地面が震えた。重く大きな足音に、観客達がハッとする。


「バ、バケモノだァァァァァ――――!」


 場は、一瞬にしてパニック状態と化し、観客達はぶつかり合いながら逃げ惑った。


「……『巨神魔像コロッサス』だ」


 呟いたのは、ゴルデンだった。

 おそらく『鑑定』スキルでも使ったのか、顔色が蒼白になっている。


 ――『巨神魔像コロッサス』。


 その名前は知っている。

 史上最大級のゴーレムとして有名な、大魔王の造り出したモンスターだ。


 大魔王は魔族の軍を率いて魔界から現れた、大賢者の宿敵だ。

 無尽蔵の魔力と大賢者にも比肩しうる魔法技術を有し、大賢者が表舞台に出てくるまで大陸中を荒らし回ったと、伝説には語られている。


 そんな大魔王が鉱物から生み出したのが『巨神魔像』。

 その巨体と堅牢さで、たった一体で小国一つを制圧できたとされている。

 こうして実物を目の前にすると、なるほどとうなずける迫力だ。


「なな、何です!? 何でそんなものが、いきなりここに!」


 足をガクガクさせながら、リィシアがそれを叫ぶ。

 当然、理由を知る人間などこの場にいるはずもない。が、それなのに――、


「多分だが、ガルトと他の連中を狙ってやがる」


 俺には、何となくあのデカブツの狙いがわかるような気がした。


「おや~、何でそんなことがわかるんだい、レント君~?」

「わかりません。でもわかるんです」


 我ながら答えになっちゃいない。でも、感じる。あのデカブツが現れた理由。


「旦那様、おそらくそれはスキルの効果です」

「スキルの……?」


 アルカに言われ、俺は訝しんだ。

 俺のスキルなんて『可食鑑定』しか――、いや、待てよ。


「そうか。ステータス、オープン!」


 そういえばエルシオンに入って以降、俺は自分のスキルを確認していなかった。

 腕輪を起動して画面を確認してみると――、



――――――――――――――――――――――――――


◆保有スキル

 因果鑑定 Lv1







◆装備

 E 光魔の指輪

 E 焔帝のマント






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――――――――――――――――――――――――――



 神果を食べ続けた影響か、スキルが変わっていた。


「……『因果鑑定』?」


 聞いたことのないスキルだった。これ、どんな効果があるんだ?


「えぇ、『因果鑑定』だって~? それ万物の因果の繋がりを鑑定できるっていう『鑑定』スキルでも特に珍しいトンデモスキルだよ~」


 ピエトロがゆるい物言いで教えてくれた。

 つまり、俺はあのデカブツとガルトの間にある因果を感じ取っていたのか。


「あの『巨神魔像』の狙いは、ガルト達の口封じ、っぽいな」

「な、何だと!? わしの口封じだとぉッ!」


 あ、いつの間にかガルトが起きてた。


「ぐっ、クソッ! 縄が、外れん! く、くそ、おのれ、この!」


 ガルトがモゾモゾその身をくねらせるが、その程度で抜けられる縛り方はしてない。


「大人しくしてろよ、どうせ逃げられやしねぇんだ」

「黙れ、失敗作! わしを誰だと思っている! ガルト・ワーヴェルだぞ!」


 お決まりの口上を垂れるが、それで縄を抜けられるワケもなし。

 俺は早々に視線を『巨神魔像』へと戻す。


「まずい、近づいてきたぞ!」


 ルミナの仲間の戦士が言う通り『巨神魔像』がこっちに向かってきていた。

 まだ少し距離がある。今のうちに移動して、街の外に誘導するのが賢いか……?


「これは、絶好のチャンスだ」


 俺が考えているところに、ゴルデンが半笑いで何かを言い出した。


「ルミナ。今すぐ仲間と共に『巨神魔像』を打ち倒してこい」


 こいつ、いきなり何を言い出す!?


「失態の恥を雪ぐいい機会じゃないか。あの巨像を倒して、オルダームを救うんだ、ルミナ。『金色の冒険譚』の価値を、その身をもって示してこい!」

「ゴルデン、いい加減にしろよ、おまえ!」

「部外者は黙っていろ、レント! これは『金色』内部の問題だ!」


 そんなモンはあとにしろって言ってるんだけどなぁ!


「ル、ルミナ、ルミナがいるのか!」


 舌打ちしたくなったところで、今度はガルトがわめき始めた。


「ルミナ、わ、わしを守れ! 助けろ! わしはおまえの父親だぞ、だからおまえがわしを守るんだ! 家族ならそれが当然だろう、なぁ!」

「……父様」


 ああ、もう! これ以上、場をカオスにすんじゃねぇよ!


「行ってきます」

「オイ、ルミナ!?」

「私が、あのモンスターを討ってみせます!」


 俺が止める間もなく、ルミナは走り出してしまった。


「ったく、仕方のない子ですね」

「そうだな。だが、やるだけはやってみよう。やるだけはな」

「あ~、骨折り損になる確率、どんだけだよ」


 それに続いて、女性神官と戦士、盗賊までもがあいつの後を追っていく。

 揃いも揃っていいヤツらだが、お願いだから今の状況をもう少し考えてくれよ。


「待てよ、おまえら……!」


 俺は、ルミナ達を追いかけようとする。

 しかし、ゴルデンが俺の前に回り込んで、邪魔をしてくる。


「余計な真似をするな。これは『金色』内部のことだと言ったろう!」

「バカかゴルデン! おまえ、自分トコの冒険者を見殺しにする気なのか!」


 ルミナ達四人が『巨神魔像』に攻撃を仕掛ける。

 しかし、前衛二人はまず近づくことができず、ルミナの魔法も大して効果がない。


「あれを見ろ! どこに勝ち目があるってんだ!」

「うるさい、あいつらが本当に『金色』に相応しい冒険者なら勝てるに決まっている! 何故なら『金色』は最高で、最強の冒険者クランだからだ!」


 あ~~、会話が成立しねぇ~~!

 この人、見開きっぱなしの目に尋常じゃない光がギラついてるんですけど!


「ハハハッ、そうだ。がんばれルミナ! この父を守るために命をかけろ! わしはこんなところで終わるような男ではないのだからな!」


 こっちはこっちで癇に障る。何がこんなところで、だ。

 実の娘に嬉々として肉壁やらせるヤツ、親としても人としてもとっくに終わってるよ。


「ハァッ、ハッ、ハァ……!」


 ルミナの呼吸が乱れてきている。しかし、魔像への攻撃は一つも効いていない。

 あいつの魔法が弱いワケじゃない。

 単純に、魔像が大きすぎる。硬すぎる。あいつらの手に負える相手じゃない。


 魔像が片腕を振り上げる。

 しかし、全員が攻撃に集中していてそれに気づいていない。マズい!


「ルミナ、上だァァァ――――ッ!」

「…………ぅ、ぇ?」


 俺の声に、息も絶え絶えのルミナが上を仰ぎ見ようとする。

 そこに巨大な右手が叩きつけられた。ドシン、という重い音と共に地面が震えた。


「ルミナァ!」


 もうもうと上ががる土煙へと、俺は叫ぶ。

 煙が晴れてくると、大きく凹んだ地面の上に倒れ、動かなくなった四人が見える。


「チッ、負けただと? 無能が!」

「負けた! 負けたのか!? ふざけるな、わしはどうなる! この親不孝者め!」


 ゴルデンが吐き捨て、ガルトがわめき散らす。……こいつら。


「……ぅ、ま、まだ」


 しかし、倒れた四人の中で、ルミナだけは立ち上がろうとしていた。

 半ばから折れた杖を支えにして、満身創痍のその身に鞭打って。


「もういいよ、寝てろ! 何でそこまでやる!」


 見ていられず、俺は叫ぶ。

 するとルミナはうわごとのように何かを呟き、踏ん張ろうとする。


「ま、まだ、です。私、私が、ワーヴェル家、を、何とかしないと……」

「もういいぞ。ルミナ。おまえには無理だ」


 だがそこに、ゴルデンが心無い言葉で冷や水を浴びせてきた。

 ルミナが、弱々しい動きでゴルデンを見る。その瞳は、大きく見開かれていた。


「……私には、無理?」

「そうだ。無理だ。おまえ如きじゃ何回やっても同じだよ、役立たずめ。こんな、せっかく与えてやった機会も活かせないようなグズだったとはな!」


 ゴルデンの罵倒に、ルミナの動きが止まる。

 さらにそこに、ガルトまでもが便乗して、自分の実の娘を蔑み始めた。


「そうだ、わしを守れぬ娘など、わしの娘ではない! おまえはただの能無しの親不孝者だ! 王都の魔法学院に進ませてやった恩を仇で返しおって! とんだ大損だ、これまでおまえを育てるのに使ってやった金を返せ!」


 血を分けた父親からの心無い言葉に、ルミナはもはや反応一つ返せない。

 だというのに、迫る『巨神魔像』も忘れて、ゴルデン達はひたすらに罵り続けた。


「消えろ、カスめ。おまえみたいな小娘を『金色』にスカウトした僕が愚かだった!」

「金を返せ、さもなくば死ね! わしを助けてから死ね、死んでしまえ!」

「…………。…………ぅ」


 重なる二つのだみ声に、ルミナが小さく下を向く。

 その瞳に光る涙を見た瞬間、俺は、腹の底から叫んでいた。


「うるせえェェェェェェェェェェェェェェェェェ――――ッッッッ!!!!」

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