第17話 失敗賢者は止めようとする

 ゴルデンが、凄まじい剣幕で俺に詰め寄ってくる。


「証拠だ、証拠を見せろ! おまえが解決したという証拠をだ!」


 何だこいつ。証拠証拠と、うるせぇな。


「おまえに出す必要はねぇだろ」

「なっ、おまえ。この僕に向かって……!」

「ただの冒険者だろうが。何様だ、おまえは」


 ガルトみたいなこと言いやがって。


「はいはい、その辺でねぇ~。で、レント君さぁ~。いいかい?」

「ああ、はいはい。ちゃんと説明しますよ」


 割って入るピエトロに、俺はうなずく。もとよりギルドに報告するつもりだった。

 一方で、ゴルデンはまだ何か言いたげにしてるが、知ったことではない。


「ああ、君と拙者らの話は外に漏れないよう、結界張ってあるよ~」


 風属性による、空気の振動を遮断する結界か。

 それなら、気兼ねなくこの場で全部話しても大丈夫っぽいな。


「実は――」


 俺は、火山地帯で起きたラズブラスタに関する事件の内容をぶっちゃけた。

 ラズブラスタとの遭遇から、ガルトと数名による卵の盗難。それの奪還なども。


「……ワーヴェル家による、エルダードラゴンの卵の盗難、ね」


 話し終えたとき、ピエトロがポツリと呟いた。ことの重大性を理解したようだ。

 で、ゴルデンはといえば――、


「あ、ありえない……」


 これでもかとばかりに目を見開いて、全身ピクピク震わせていた。

 どうやら、こいつが知ってる情報と俺の話は完全に合致しているみたいだ。


「そうか!」


 と、いきなりゴルデンがバッと顔をあげた。


「ルミナから手柄を奪ったんだな、レント!」

「は?」


 いきなり何?


「そうだ。そうに違いない。本当はこの一件は、ルミナが解決したんだ。それを、横から掻っ攫ったんだな。この失敗賢者め! 恥を恥とも思わない、卑怯者が!」

「…………チッ」


 好き放題言ってくれやがって、こいつはよ……。


「今、舌を打ったな? 図星だからだろう? 証拠も見せず、口だけで自分の手柄を水増ししようとしているんだ! やはり僕が思った通り――」

「アルカ」


 ベラベラ喋り続けるゴルデンを無視して、俺はアルカに頼んだ。


「はい、アルカは証拠を転送します!」


 アルカの声の直後にシュン、という音がして、俺の足元に五つの人影が転がった。


「そんなに見たけりゃよく見ろ、ゴルデン。こいつが証拠だ」


 転がったのは、全身を縄で縛り上げられたガルトと、他四人。

 俺は地べたに転がったガルトを背中から踏みつけ、ゴルデンを見据えてやる。


「……ガ、ガルト・ワーヴェルッ」


 ガルトと面識があるらしいゴルデンが、歯を剥き出しにして低くうめく。

 別に、こいつのリアクションに興味もない俺は、ピエトロギルド長の方を向いた。


「ギルド長、こいつ以外の四人は、多分どこぞの兵士です。おそらくこの一件、裏に何者かがいます」

「なるほどね~。それはギルドとしても見過ごせないね~」


「これ以上は独断で首突っ込む気もないんで、あとはお願いしていいですか?」

「ああ、もちろんだとも~。報奨金も出すから、楽しみにしててね~」


 と、ピエトロは俺に向かって軽く手を振ってウインクしてくる。

 ゆるいなぁ。一見しただけじゃとてもギルド長には見えん。

 見た目は若くて線も細いし、何か立ち方も話し方もゆらゆらしてるし。


「ありえない。……こんなこと、ありえない」


 ゴルデンが何かブツブツ言ってるけど、はい、無視無視。

 リュリの解体が終わったら、酒場で派手にSランク昇格記念の打ち上げよ。


「じゃ、無音の結界を解いて~、っと」


 ピエトロが指をパチンと鳴らして、音漏れ防止の結界を消し去る。


「あの……」


 結界が解かれてすぐ、弱々しい声で俺達に話しかけてくる者がいた。

 やってきたのは、冒険者らしき数名。そして一番奥にいるのは――、ルミナ?


「……お久しぶりです、レントさん」

「ああ、そうだな。ルミナ、久しぶり」


 挨拶はしてくるものの、ルミナの目は俺を見ていない。

 彼女が見ているのは、俺の足元に転がっている自分の父親だった。


「本当に、レントさんが捕まえちゃったんですね、父様」

「ああ。おまえも捕まえに来てたんだってな。入れ違いになったっぽいが」

「……はい」


 ルミナの反応は見逃しかねないほど小さく、その声は消え入るようだった。

 本拠地で俺をくだらないと言ったときの威勢は見る影もない。


「ルミナ、どうした……」


 俺はもう少し話をしようとしたが、しかしルミナは俺に背を向けた。

 こっちを無視した、という感じじゃないな。

 俺の声を聞いてはいるが、精神的に一杯一杯で反応する余裕がないってところか。


「あの、ゴルデンさん」


 トボトボと歩いて、ルミナはゴルデンの前に立つ。

 その周りを、彼女の仲間達が囲んで、ゴルデンに向かって頭を下げた。


「すいません、リーダー。失敗しました」

「間に合わんかった。そこの失敗賢者に先を越されてねぇ」


 戦士と盗賊が順々に詫びて、女性神官がルミナの肩を抱いて支える。

 ルミナ以外は全員がAランクで『金色』でも有力な冒険者パーティーだ。


 それだけを見ても、ゴルデンのルミナへの期待が窺い知れる。

 無言のままのゴルデンに、やがてルミナがやっと顔をあげ、弱い声で謝った。


「申し訳ありません、ゴルデンさん。ご期待に沿えませんでした」

「……そのようだね」


 ゴルデンが、抑揚のない声で応じる。


「でも」


 と、ここでルミナの瞳に、わずかばかりの力が戻った。


「今回だけです。これから先、二度とこんな失敗はしません。私は賢者として……」

「……今回だけ? これから先、だって?」


 無表情だったゴルデンの顔が、急に歪む。

 それは俺も見たことがない、露骨なまでの侮蔑の笑み。……おい、待て!?


 パンッ、と、音がした。

 俺は手を伸ばしかけたが、遅かった。ゴルデンを止められなかった。


「……え?」


 はじかれたようにと横を向いたルミナが、理解できずに一声漏らす。

 ゴルデンが、いきなり右手でルミナの頬を叩いたのだ。


「これから先なんて、あるとでも思っているのか! この役立たずがッ!」

「あ、……ぇ?」


 ゴルデンは怒りをぶちまけ、ルミナは目を見開いたままヘナヘナと崩れ落ちる。


「ルミナさん!」

「リーダー、いきなり何をするんですか!」


 叩かれた頬を押さえうずくまるルミナに、女性神官が駆け寄る。

 仲間の戦士は二人を庇うように前に立って、鼻息を荒くするゴルデンへと叫んだ。


「何が、今回だけ、だ! 今回の一件がどれだけ『金色』にとって重要か、まるで理解してないじゃないか! 甘えるな、役立たずのひよっこが!」

「ちょいちょい、ゴルデンさん。熱くなりすぎよ~」


 盗賊の方も見かねて、ゴルデンをなだめようとする。


「おまえ達もおまえ達だ! 何のためにルミナにおまえ達をつけたと思ってるんだ! 甘ったれたひよっ子一匹もサポートできずに、偉そうに僕にモノを言うんじゃない!」

「……おいおい」


 怒り狂うゴルデンに、盗賊も絶句する。


「ワーヴェル家が起こした前代未聞の不祥事を、同じワーヴェル家のルミナが解決する。それがどれだけの宣伝効果をもたらすか、おまえ達にはわかっているのか! 商売道具であるおまえ達が失敗したせいで『金色』の商品価値は上がるどころか、確実に下がるんだぞ。僕の『金色』の看板に、おまえ達が泥を塗ったんだ! これは、とんでもない損失だ。どうしてくれる? どう責任を取ってくれるんだ! あぁ!?」


 頭を掻きむしり、ルミナ達を指さして、唾を飛ばして罵倒する。

 怒りのままに叫ぶゴルデンの様子は、まさに狂乱としか呼べないものだった。


「……は? 商売道具? 俺らがかい?」

「リーダー、さすがにその言いようはあまりにも失礼でしょう」


 盗賊が片眉をピクリと上げ、戦士がにわかに目つきを鋭くする。

 しかし、そんなものはお構いなしに、ゴルデンはさらに怒気を強めていった。


「黙れ、失敗賢者如きに手柄を奪われた分際で一人前ぶるな! いいか、おまえ達は自分が失敗賢者以下であることを証明してしまったんだ! そんな連中が高ランク冒険者であっていいはずがないだろう! Gランクからやり直してこい!」


 よし、ひとまずゴルデンをブン殴って止めよう。見るに堪えん。

 と、俺が考えたそのとき――、


「旦那様、西方近接地点にて、急激な魔力の増大反応を確認しました」


 アルカが、いきなりそんなことを言いだしてきた。


「魔力波形、術式構造より『黒魔法』によるものと推定」

「え、何、いきなり……、って『黒魔法』ォ!?」


 それって確か、主に魔族とか悪魔が用いる禁忌指定の魔法じゃないっけ?


「――来ます!」


 アルカの報告と同時に、地面が大きく震えた。

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