第16話 失敗賢者は再会を果たす
今、何て言ったんだ、このギルド長。
「あ、聞こえなかった~? 今日から君、Sランク」
聞き間違えじゃなかったァァァァァァァ――――!!?
「え、Sランク……。俺、が?」
半ば呆然となりつつ、俺は自分の顔を指さした。
するとピエトロは変わらずゆる~い雰囲気のまま、こくりこくりと二度首肯する。
「そう。君。レント君。今日から君、Sランクでぇ~す」
そして、言ったあとでピエトロはパチパチと拍手し始めた。
「おおおおお、Sランクだってよ、すげぇぇぇぇぇ!」
「オルダームでも二十人もいない、高ランク冒険者だ!」
周りの観客が、ギルド長の宣言にやんややんやと騒ぎ始める。
俺は、その声援を一身に受けながら、しかし、実感のなさがますます増していく。
「…………」
「おや、無表情でほっぺつねっちゃってるよ~。リアクションいいねぇ~」
「いや、でも、さすがにいきなりSランクは……」
「いきなり、じゃあないさ。元々、リュリ君とはドラゴン十体でAランクへの推薦、っていう条件で依頼の契約を取り付けてたそうじゃないか」
「まぁ、そうですけど」
「で、君は何体仕留めてきた? 何と、百十八体だ。じゃあ、報酬も上乗せしなきゃ」
そこまで言って、ピエトロはドラゴン解体に勤しむリュリの方を向く。
「ねぇ、リュリ君、君もそう思わないかな~!」
「
リュリに叱り飛ばされて、ピエトロは「怒られちゃった」と舌を出した。
「ま、そんなワケで~、君はこのオルダームでも前代未聞のことをやらかしました~。大変助かるので~、その功績を鑑みてSランク昇格で~す」
ゆ、ゆるい……!
いいのか、これで。なるぞ、俺、本当にSランクになっちゃうぞ!
「あ、ありえません!」
と、そこで水を差してくるヤツがいた。
言ってきたのは、顔を真っ赤にしているリィシアだった。
「あれあれ~、リィシア君は反対なんだね~。何でかな? どうしてだろう?」
「どうしても何も、その人はオルダームの冒険者ギルドの不名誉の象徴じゃないですか。それを、今さら昇格だなんて!」
不名誉の象徴とか、スゲェワードが出たな……。
「あのね~、勘違いしちゃいけないよ~、リィシア君」
「勘違い、ですか……?」
「そうとも。拙者らは冒険者の管理をする組織ではあるけど、支配はしちゃいないんだ。ランクという制度で信頼性を評価はするけど、それはあくまでも仕事を任せられるか否か、という一点に絞られる。ひたむきにがんばろうとする冒険者がいるなら、拙者らはそれを否定するべきじゃない、見守るべきなんだよ」
「あの、でも俺、ギルドから仕事もらえなくなりましたけど……」
長々と語るギルド長に、俺は挙手してそれを告げてみる。
「さすがに見守るにも限度があって~、十余年もGランクから昇格なしだと、ギルドから君個人に回せる仕事はないかな~って判断せざるを~。ね?」
「…………はい」
ぐうの音も出ない正論だった。納得以外に何もできない。
「ギ、ギルド長……」
リィシアが、何やら顔を赤くして身体を震わせている。まだ不満があるのか。
「私が間違っておりました! まさに、ギルド長のおっしゃる通りですわ!」
……あれぇ?
「管理はすれども支配はせず! そう、そうでした! 私ったら、何てバカな間違いをしていたのでしょうか! 申し訳ありません、レントさん。私が間違っておりました!」
リィシアが、涙をダバーっと溢れさせながら俺に向かって深々と頭を下げてくる。
俺は、ただただ戸惑って「あ、わかりました」と言うしかなかった。
「よかったですね、旦那様! 皆さん、旦那様のすごさをわかってくださいました!」
「うん、そーね。よかったわ。……何か釈然としねぇけど」
はしゃいで俺の手を握ってくるアルカに、俺は若干複雑ながらもうなずいた。
本当に、全然実感がない。俺がSランクに昇格。……Sランク、か。
「見つけましたよ、ピエトロギルド長!」
と、そこで全く異質の声が、俺への称賛の中に割って入ってくる。
そして、数人が観客をかき分けて道を作り、その奥から現れたのは――、げ。
「おや~、これはこれは、ゴルデン君じゃないか~い」
「探しましたよ。ギルドにいないかと思えば、何故このような所に?」
そこに現れたのは俺の元相棒。
そしてオルダーム最大のクラン『金色の冒険譚』のリーダー、ゴルデンだった。
「いやぁ~、ゴルデン君。見てよ、あのドラゴンの山~」
「ええ、見ました。あの量はすさまじい。一体、どこのパーティーが持ち込んだものですか? もしフリーなら、是非とも我が『金色』にスカウトしたいところです」
「仕留めてきたのは、そこの彼だよ~」
キザったらしく金髪を掻き上げるゴルデンに、ピエトロは笑って俺を指さす。
当然、ゴルデンの視線はその指先を追って、俺へと向くワケで、
「……フ、御冗談を」
この野郎、鼻で笑い飛ばしやがった。
「あれだけのドラゴンを、万年Gランクの失敗賢者が仕留めてきた? そんなワケが」
「冗談なんかじゃありませんよ!」
ここで、あろうことか、リィシアがゴルデンに反論した。
さっきの見事な掌返しといい、この職員、なかなかいい性格してる気がする。
「レントさんはドラゴン百十八体を最高の状態で仕留めて、この街に持ち帰ってきたんです! ギルド長はその功績から、彼のSランク昇格をお認めになったんですからね!」
「な、Sランク昇格ですって……!?」
ゴルデンの顏から、一気に余裕が消し飛んだ。
「それは本当ですか、ギルド長!」
「本当だよ~。レント・ワーヴェル君は、今日をもちましてSランクです~」
ふにゃふにゃしてるギルド長にもそう告げられ、ゴルデンの顔色が真っ赤に染まる。
「僕は、許しませんよ。こんな役立たずの無能がSランク? 僕の一つ下? こんな、広告塔以外の使い道のない、失敗賢者が……!?」
いや、おまえにそんな権限ねぇだろうが。何言ってんだ、こいつ。
しかし、十数年を共にしてきた元相棒に対する本音がそれか。
だとしたら、俺は自分の人を見る目のなさを嘆くべき、なんだろうな。
「考え直すべきだ、ギルド長。こいつは、あの冒険者の恥部であるワーヴェル家の人間なんですよ? しかも大賢者の生まれ変わりを詐称する、とんでもない卑劣漢だ!」
自分から大賢者の生まれ変わりを名乗ったことはねぇよ。
その謳い文句で散々俺をクランの広告塔に使ってたヤツが、よくもまぁ。
「旦那様は詐称なんてしていません! 本物の大賢者の生まれ変わりです!」
ここで、ゴルデンのあんまりな言いように、アルカが噛みついた。
「な、何だ君は!? 無関係な者が口を出さないでくれ!」
「アルカはアルカです! アルカは旦那様の婚約者なので、無関係じゃないです!」
あ、バカ。
「へぇ、婚約者だってよ!」
「Sランク昇格とご婚約、おめでとうございまーす!」
「やべぇ、あんな可愛い婚約者いたのかよ、失敗賢者のやろぉ!」
ほら、もぉぉぉぉぉ!
見てる連中の野次馬根性に燃料与えちゃったじゃんかァ――――!
「ひぅっ、そ、そんな騒がないでください。アルカは恥ずかしいです……」
歓声に晒され、アルカは顔を赤くして縮こまる。
だがおまえにそれを言う資格はないぞ。火種も油も、両方用意しおってからに。
「……ふん、くだらない!」
ゴルデンが、短く吐き捨てる。
「Sランクとは、実力と品位と知性を兼ね備えた者だけが得られる称号だ。こんな連中に与えるなぞ、僕は絶対に認めませんよ。相応しいのは、ルミナ嬢のような人間だ!」
「そうは言うけどね~、ゴルデン君。そのルミナ君も、実績がまだまだで~」
ゴルデンが俺を鼻で笑って、ルミナのことを持ち出してくる。
けどまぁ、ここはピエトロの言う通りではあるか。
いくらルミナに実力があっても、あいつは新人。実績が足りなさすぎる。
「フフ、でしたら問題ありません。ちょうど今、ルミナ嬢には案件を任せているところです。もうすぐ戻ってくる頃でしょう。冒険者ならば決して看過できない重大事件を見事解決し、その犯人を捕縛した彼女が、ね……」
「へぇ~、とある重大案件。それはどんな案件、なのかな~」
自信満々に言ってくるゴルデンに、ピエトロが問う。
「ここは人が多いので詳細は控えますが、ワーヴェル家が関わっている、とだけ」
「ほほぉ、ワーヴェル家がねぇ~」
ピエトロが、こちらをチラリと見てくる。
その視線とワーヴェル家、というワードに、俺はもしかしてと思って尋ねた。
「なぁ、もしかしてルミナ、ラズブラスタ火山地帯に行ってる?」
「……何でお前がそれを知っている!?」
ゴルデンがいきなり取り乱した。
ああ、そっかー。マジかー。これは何とまぁ、変な偶然もあったモンだ。
「その案件、多分だけど、俺が解決済みだわ」
「な――」
頬を掻きつつ俺が言うと、ゴルデンはのどを引きつらせ、
「何だってェェェェェェェェェェェェェェェ――――!!?」
絶叫は、やたら遠くまで響いたと思う。
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