第15話 失敗賢者は激賞される

 オルダームの街に戻った。

 実は二週間と少しぶり。こんなにも街を離れたことがないので、少々懐かしい。


 アルカを伴って冒険者ギルドに向かうと、運よくそこにリュリがいた。

 カウンターで、ギルド職員のリィシアと何事かを打ち合わせているようだ。


「お~い、リュリ。戻ったぜー」

何奴あん?」


 独特のニュアンスを含んだ声を発し、リュリがこっちを向く。


歓喜おお! 誰かと思えば失敗賢者さんじゃねぇか! 戻ったかい!」

「大方、逃げ帰ってきただけでしょう。素材なんてあるワケがないですよ」


 腕を組んで笑うリュリの向こうで、リィシアが冷や水をぶっかけてくる。

 こいつはよぉ、本当によぉ……。


「むぅ~」


 ほら、俺の隣でアルカさんもほっぺふくらましてんじゃん。


「旦那様は逃げたりしてません! 依頼はきちんと果たしてきました!」

「な、何ですか、あなたは……!?」


 アルカにキレられ、リィシアが鼻白む。

 いいぞ、アルカ。その意地悪ギルド職員に、もっと言ってやれ!


「旦那様はちゃんと、総計百十八匹のドラゴンを、仕留めてきたんですからね!」


 あ、そこまで言っちゃうんだ。と思ってチラリと見ると、


「ひ」


 と、硬直したリィシアがのどの奥を引きつらせ、


「百十八体ィィィィィィィ――――ッッ!!?」


 悲鳴じみたその絶叫は、ギルド内全体に響き渡ったのだった。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 オルダーム西側近郊。

 だだっ広い草原になっているそこに、俺達は移動していた。


 ドラゴンの置き場が街にないためだ。

 俺達の他、見物目的で他の同業やら一般人やらも集まってきている。


「さぁ、見せていただきましょうか。その、百十八匹のドラゴンとやらを!」


 何故か必死になってるリィシアさん。

 その隣で、リュリはすげぇニコニコしてらっしゃる。


「アルカ」

「はい、旦那様!」


 俺が頼むと、アルカがドラゴンをエルシオンから転送してくれる。

 次の瞬間、広いだけの草原に、百を超えるドラゴンの死体の山がパッと出現する。


「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!?」」」


 それを目にして、一気に騒ぎ出す民衆。

 近くにいた俺とアルカは、耳をやられそうになって慌てて耳をふさいだ。


「うるせぇなぁ……」

「ま、ドラゴンの山こんなモン見せられたら、そうもなるってモンよ」


 口をあんぐり開けて立ち尽くすリィシアをよそに、リュリがドラゴンの山に近寄る。


「どれどれ、楽しい楽しい品質リュリさ確認んチェックといきますかね」


 他の連中と違って、リュリは微塵も動じていない。

 ドラゴンの山を前にしても、ただただ楽しげに笑うばかりだ。


「はっ、そ、そうです。品質です! 数が多くても、質が悪ければ無意味です!」


 一方で、再起動したリィシアが再び騒ぎ始める。無意味とまで申すか。


「んん~? 何だこりゃ?」

「何でしょうか、リュリさん。はっ、鮮度ですか。死体が腐ってるんですね!」


 この女、さては試せる難癖は全て試す気だな。しかし、無駄、無駄、無駄!


いや、逆。鮮度がよすぎる。ほぼ死んだ直後だぞ、こいつは」

「ええっ!?」


 リュリの検分に、リィシアがまた驚く。こっちとしてはしてやったりだ。


「ドラゴンはエルシオンの時空停滞領域で保管しておりましたので、鮮度はばっちり、死にたてほやほやです! 旦那様、アルカはまたお役に立てました!」


 わー、アルカはいい子だなー。すごいなー。

 それにしても、時空停滞領域って何だよ。怖いわ、エルシオン。


「~~~~~~~~」


 リィシアがものすっごい不満げな目で俺を睨んでくる。知らんて。


「ん、こいつは……?」

「どうなさったんですか、リュリさん。あ、中身ですね! 鮮度がよくて見た目もそんなに損傷してなくても、中身がグチャグチャで素材として使えないんですね!」


 おお、今度はその角度でくるか。ちょっと面白くなってきた。が、無駄ァ!


いや、逆。状態がよすぎる。これ、全部一撃でやってるな」

「ええええっっ!!?」


 あー、リィシアの反応が気持ちいい。やっぱそれくらいは驚いてもらわんと。


「鱗の薄い脳天を槍で一突き、か。だが頭蓋が、ああ、骨の継ぎ目を通したんだな」


 に、しても、すげぇな、リュリ。

 俺のやり方を完全に言い当ててる。さすがは超一流の職人、か。


至極納得ふ~ん、なるほどね

「あ、あの、リュリさん……?」


 一通りの検分を終えて、リュリが腕組みをしてしきりにうなずき始める。

 その隣で、リィシアがそんなリュリを不安げに見つめていた。そして次の瞬間、


「ギャッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッッッ!!!!」


 爆ぜるようにして、リュリが大口開けて盛大に笑いだした。


感嘆いや~驚嘆すげぇ! 仰天すげぇわ! 大絶賛とんでもねぇよッ!」

「リュリさん、そんな……。リュリさぁ~~~~ん!」


 ゲラゲラ笑い続けるリュリに、半泣きのリィシアがすがりついている。

 何だこの光景。俺は今、どんな状況に置かれてるんだ。ワケがわからねぇんだが。


「よぉ、すごいんだな、あんた!」

「ん?」

「何でしょう?」


 あらぬ方から声をかけられ、俺とアルカはそちらへと振り向いてみる。

 するとそこにあったのは――、称賛だった。


「こんな大量のドラゴン、初めて見たぜ!」

「質のいいドラゴン素材がこんなにも! 助かる、助かるよォ!」


 場に集まった一般の連中が、俺を称賛してくれている。


「本当はやるんじゃねぇか、失敗賢者! 見くびってたぜ、おまえのこと!」

「ハハハハハハ! すげぇ――――! レント、半端ねぇって――――!」


 これまで俺を見下し続けてきた同業が、俺に向かって拍手を送ってくれている。


「俺は……」


 鳴り響く拍手の雨と混じりけなしの称賛に、俺は棒立ちになった。

 これだけ褒められて、俺はやっと気づく。そうか、俺はやり切ったのか。


「旦那様」


 呆然としている俺の手を、アルカが静かに握ってきた。


「全部、旦那様のものです」

「……ああ」


 そうだ。

 今この場を沸き立たせている称賛は、喝采は、全て俺が得たものだ。俺のものだ。


「いかがですか?」

「正直、実感がないな」


 アルカに告げた通り、状況を理解しながらも、俺はまだ実感できていなかった。

 ただ、目の前に広がる光景は、熱となって俺の身にジワリと染み込んでいく。


「旦那様、顔が笑ってらっしゃいますよ」

「マジか……。俺、笑ってるか」

「ええ、とても嬉しそうに、笑っておられます」


 アルカに言われて、俺は自分の頬を触る。

 自分でも気づかないうちに、俺は笑っていたらしい。


意気揚々よっしゃあ! てめぇら、出てこい! 出番だぜェ!」


 リュリが叫ぶと、周りの人だかりの一部が歩き出てくる。

 それぞれ、刃物やら何やらの道具を手にしており、装備には共通のエンブレム。


「交差する片刃剣のエンブレム。……『靭たる一団デュランダル』か!」

御明察その通り! こいつらはウチの自慢の職人集団子分共さ!」


 本当に自慢するように腕を振って、リュリが野太く笑う。

 そして彼女は、控えている自分のクランメンバーに向けて声を張り上げた。


「さぁ、こっから先はアタシらの仕事だ。てめぇら、今回のブツは最高だ。血の一滴、筋の一本まで、無駄にするんじゃねぇぞ! 超一流デュランダルの仕事ってモンを見せてやんな!」

「「「了解っす、棟梁!」」」


 そして『靭たる一団』によるドラゴンの解体ショーが開始される。

 さすが誇るだけあって、強固なドラゴンでも淀みなくサクサクと解体が進んでいく。

 それがちょっとした見もので、俺達も観客の一人になって楽しんでしまう。


「やぁ、君がレント・ワーヴェル?」


 だから、俺に話しかけてきたその人に気づくのが、一瞬遅れた。


「……あ、俺すか?」


 向き直ると、俺を呼んだのは魔術師っぽいローブを着た、背の高い男だった。

 耳が長いことから、一見してエルフとわかる。繊細さが際立つ印象の、蒼い髪の男だ。


「蒼い髪のエルフ……、ん? 蒼い髪の、エルフ?」


 そういえば、オルダームの冒険者ギルドのギルド長が――、


「それ拙者。この街の冒険者ギルドの元締め、蒼き髪のピエトロだよ~」

「あんたがギルド長さん!?」


 な、何か、初めて見た気がする。

 冒険都市のギルドの元締めだから、もっとキリッとした人だと思ってた。

 想像と全然違う。こんな、のほほんとした感じの人だったのか。


「そうそう、拙者結構エラい人。でね、レント・ワーヴェル君さ~」

「はぁ、何でしょうか……?」


 軽く首をかしげて応じると、ギルド長ピエトロは拍手しながら言ってきた。


「おめでとう、今日から君はSランク冒険者で~す」


 …………はい?

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