第14話 失敗賢者は一休みする

 オルダームに戻る途中でのことだ。


「あ、見てください、旦那様! お魚さんが跳ねてます!」


 アルカが指さした先で、魚がパシャンと水を散らしていた。

 ここは、それなりに大きい湖。オルダームと火山地帯の中間くらいの場所にある。


「随分イキがいい魚だな」


 湖の方を見ながら、俺は呟く。

 隣のアルカは、水面を飛び出してジャンプする魚に、すっかり見入っている。


 ……ふむ。


「ちょっと、ここで休んでいくか」


 そう言って、俺は馬車を停めた。


「ここで、ですか?」

「あっちの方に林があるだろ? あそこに馬車を止めよう」


 俺は近くにある林の方を示し、手綱を掴み直した。

 ここはすでに火山地帯からかなり離れており、割と頻繁に人が通る場所でもある。

 ゆっくり休むのなら、林の中に入ってしまった方がいいと判断した。


「よ~し、今日はここで休むぞ!」

「いいのですか、旦那様?」

「いいだろ、別に。リュリから指定された期限までは全然余裕あるしな」


 切り株の上にチョコンと座っているアルカに、俺はのん気な笑みを返した。

 依頼を達成することは大事だけど、それは休まずに働け、ということではない。


「俺達は働いた。だから休んでいい。休もう」

「は、はい! でも、休むとは、具体的には何をするのですか?」

「それは今から考える」


 俺は湖の際に立って、俺は何をしようかと考える。

 ホント、ぱっと思いついただけの休憩だ。特に考えなんてありゃしないが。


「お」


 またも水面から、魚が飛び出してくるのが見えた。……よし。


「釣りでもするか」

「釣り、ですか。それはどういうものでしょうか?」


 アルカは釣りを知らないらしい。ちょっと意外だった。


「釣りってのは、釣り竿で魚を釣り上げるっていうモンでな」


 言って、俺は釣り竿がないことに気づく。何か代用品は――、っと。ああ、あるわ。


「アルカ、予備の槍出して」

「はい? はい」


 アルカに、リュリから支給してもらった予備の槍を転送してもらう。

 これを竿に使えばいい。餌も、支給品の干し肉でも使うか。あー、釣り糸は……。


「よし、これで釣り竿完成、と」

「これが釣りに用いる道具なのですね! アルカは新たな学びを得ました!」


 アルカが瞳を輝かせて手をポンと打つが、本物の釣り竿には程遠いぞ、これ。

 だって、竿は槍だし、餌は干し肉だし、釣り竿に至っては魔力で紡がれた光の糸よ。


「『光魔の指輪』って本当に便利だなぁ……」

「旦那様のお役に立てて、アルカは嬉しいです!」


 さて、というワケで釣り開始。

 今日はここで一日過ごす予定だから、ゆっくり楽しむとするか。


「…………」

「あの、アルカさん?」


 アルカが、俺の隣に座って、釣り糸が垂らされた先をジ~~っと見つめている。


「旦那様」

「はい? な、何でしょうか?」


 そんな、めぢからギンギンのままでこっち向かんでくれ。


「お魚さんは、まだでしょうか?」

「え? いやいや、釣りってのはのんびりゆったりやるもので、そう簡単にゃ――」


 ……おや?


「旦那様、糸を垂らしたところがパシャパシャしてます!」

「マジかよ、もう!? よし、とにかく引くぞ! ……でぇりゃ!」


 俺は、全力で竿代わりの槍を引っ張り上げた。

 すると湖面が盛大に弾けて、かなりの大きさの魚が釣り上げられる。


「うお、でっか!?」

「わぁい、お魚さんですよ、旦那様!」


 地面に落ちてピチピチ跳ねまわる魚を見て、アルカが溌溂とした笑顔を見せる。


「ヌシでも釣り上げたかな、こりゃ。これだけで今日の夕飯、事足りるな」

「ええ! このお魚さん、食べちゃうんですか!?」

「そりゃ食べるよ。そのために釣ったんだから。美味しくいただくのが礼儀」


「……なるほど。これが食物連鎖というものなのですね」

「ショクモツ……? よくわからんけど、ま、今日の夕飯は確保だ」


 そうこうしているうちに、日もだいぶ暮れてきた。


「そろそろ焚き火の準備をするか。えー、火種火種、っと」


 俺はアルカに火種の転送を頼もうとして、ふと気づいた。

 右手の『光魔の指輪』に光る、小さな赤い宝石。……これ、もしかして。


「えい」


 念じながら、何もない空間に向けて指をさすと、そこでポッと火の粉が散った。

 ああ、やっぱり。と思った。

 ラズブラスタのおかげで、この指輪で火を起こせるようになってる。便利だな、これ。


「だんだん何でもありになっていくな、この指輪……」

「旦那様、どうかなさいましたか?」


 アルカに尋ねられ、俺は「いや」と首を横に振った。

 そこら辺から枯れ木を集めて、指輪で火を起こし、魚を切って串を刺していく。


「味付けは塩だけだが、それでも十分うまいと思うぜ」

「はい、もうおいしそうな匂いがしています。アルカは楽しみです!」


 串に刺した魚の切り身を、焚き火でじっくり焼いていく。

 かなり脂があるらしく、熱で溶けだしたそれが焚き火を受けててらてら光る。

 それから数分もしないうちに、たちまち食欲をそそる匂いが広まって、


「……ごくり」


 アルカが、わざとらしくのどを鳴らす。

 こちらをチラチラ覗いており、よっぽどおなかがすいているらしい。


「よし、食べるか!」

「はい、旦那様!」


 俺とアルカは、ほどよく焼けた魚の切り身にかじりついた。

 一瞬熱かったが、そこからすぐに軽いしょっぱさが広がって、プリプリとした魚の肉の歯ごたえと、肉のうまみが同時に口内に押し寄せてくる。


 きっと素材そのものの旨味なのか、味付けは塩だけなのに、そうとは思えない豊かで奥深い味わいが舌の上に広がって、俺を口から幸せにしてくれる。

 これはもはや、疑問を差しはさむ余地もない。


「「おいしーっ!」」


 俺とアルカは、全くの同時にそれを叫んでいた。


「旦那様、ホクホクです! お魚さん、とってもホクホクでおいしいです!」

「ああ、そうだな。厚みがあるのに柔らかくて、すごい食べやすいわ!」


 そこまでが、俺達の夕飯に対する感想。

 あとは、切り身がなくなるまで二人で夢中になりながら食べ続けた。


 夕飯を終えて、焚き火はそのままにして俺達は地面に寝転がっていた。

 そのままではなく、ラズブラスタからもらったマントをシート代わりにしている。


 仰向けに寝転がって、俺は星空を眺めていた。

 すると、右隣に寝ていたアルカが、身を起こして俺を上から覗き込んでくる。


「旦那様」

「ん、どうした、アルカ」


 返すと、何故かアルカは目を細めて、俺に向かって優しく微笑む。


「アルカは、旦那様にすごく感謝しています」

「え、何。急にどうしたの?」


「今日は、すごく楽しかったです」

「おう、そりゃよかった。そう言ってもらえると、俺も嬉しいよ」


「旦那様がアルカを連れ出してくれなければ、今日の楽しさもありませんでした」

「ああ。……そうか。そうかもな」


 アルカは、ずっとエルシオンで一人ぼっちで管理を続けていた。

 それを見かねた俺が、彼女を外に連れ出したワケだが――、


「俺も……」

「はい、何でしょうか、旦那様?」

「俺も、アルカと出会えてよかったよ。おまえがいてくれて、毎日が楽しいよ」


 俺は、アルカに己の胸の内を偽ることなく告げた。

 失敗賢者と揶揄され続けてきた俺を、アルカはまっすぐに慕ってくれる。

 それがどれほどの支えになっているか、きっと彼女は知らないだろう。


「ありがとうな、アルカ。俺と一緒に来てくれて」

「旦那様……」


 笑いかけると、アルカが俺の胸に自分の頭を乗せてきた。

 そしてグイと身を寄せてきて、上目遣いに俺の顔を見上げてくる。


「た、大変です、旦那様」

「大変? 何だよ、どうかしたのか、アルカ?」


 いきなりの言葉に、俺は驚く。

 アルカに何か異常が起きたのか、と、心が一気にざわつき始める。


「胸がすごくドキドキして、顔も体も、とっても熱いです」


 え。

 あ、そういえば何か、瞳が潤んでるし、ほっぺも紅潮してるかも?


「な、なので、あの、旦那様……」


 アルカが両手で俺の胸元にしがみつき、顔をググッと近づけてくる。


「異常事態に陥ったアルカの機能を修復するため、ま、マスター認証の最終手続きの再行使を要求します。再行使、です。……旦那様、アルカは手続きをしてほしいです」


 マスター認証の、最終手続き?

 それを聞かされて、俺の頭の中によみがえったのは――、ぶっは!?


「あ、あの、アルカ……?」

「旦那様ァ……」


 気後れする俺に、だが、アルカは切なげな声で俺を呼ぶ。

 その声は、エルシオンで俺に永住を提案したときよりもずっと甘くて切実で……。


「……ったく、やれやれだ」


 そんな目で見られたら、そんな声で呼ばれたら、断れるはずがないだろうに。


「困った婚約者様だよ、全く」

「……大好きです、旦那様」


 彼女の頭を撫でてやりながら、冴え冴えと光る月の下で、俺はアルカと唇を重ねた。

 あとで絶対、恥ずかしさで死にそうになるだろうけど、仕方ねぇわ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る