第11話 失敗賢者は説得を試みる

 エルダードラゴンの卵を盗む。

 それは、冒険者にとっては最大の禁忌。御法度中の御法度だ。


 理由は簡単。被害がデカいからだ。

 エルダードラゴンの多くが、ラズブラスタのように周辺環境の一端を担っている。


 で、これが重要なんだが、エルダードラゴンは生涯で一つしか卵を産まない。

 数千年に渡るという長い生涯で一つだけ。そんな卵の価値は、どれほどか。


 それを盗まれたら、当然エルダードラゴンは激怒する。

 一帯の環境を担うエルダードラゴンの怒りは、まさしく神の怒りに等しい。

 過去にはそのせいで島一つが海底に沈んだ、なんてこともあった。


 エルダードラゴンには手を出すな。

 要するにたったそれだけの、非常にわかりやすいお話、なんだが――、


「……何してんだよ、おまえら」


 俺は、盛大にため息をついて肩を落とした。

 すると、ガルトが俺を指さし、声を張り上げて、


「突然出てきて何だ、失敗作の分際で! まさか、わしの卵を狙いに来たのか!」

「おまえのじゃねぇよ……」


 会話始まって数秒でもう疲れた。

 爪の先程はあった助ける気が、これで九割以上失われたよ?


「あのさぁ、叔父さん」


 グツグツいってる腹の底を踏ん張って耐えつつ、努めて静かな声で呼びかける。


「叔父さんもさ、Bランク冒険者でしょ。冒険者の御法度については知ってるよな?」

「うるさい、そんなことは言われんでもわかっている! バカめが!」


 説得しようとしたらおもくそ罵倒された。

 ああ、腹の底の煮えくり具合がヤバイ。噴きこぼれちゃいそう。我慢我慢。


「叔父さんさ、あんたのやってることは娘の評判にも泥を塗る所業なんだぜ」

「知ったようなことをほざくな! わしが何も考えていないとでも思っているのか!」


 うん、思ってるよ。

 実際おまえら、ラズブラスタに追い詰められてるじゃん。考えなしじゃん。


「これは、ルミナのためにもなるのだ!」


 ……あン?


「かつて大賢者はエルダードラゴンの卵を持ち帰り、孵ったドラゴンを己のしもべとしたという。わしは、その偉業を再び実現しようというのだ! 大賢者の末裔として!」

「待て待て待て待て」


 俺は軽く手を振って、ガルトを遮る。


「何で、卵を持ち帰ることがルミナのためになるんだよ」

「そんなこともわからんか! 浅学、浅薄! この大賢者の失敗作め!」


 ガハハと笑いながら、ガルトがなぜか勝ち誇る。

 にしてもこいつ、何かあったら二言目には失敗作、失敗作と……。腹立つわー。


「わしがこの偉業を成し遂げれば、わしの名声が上がる! そして偉大なるわしの娘としてルミナにも注目が集まるのだ、わかったか!」


 おまえが本当に自分のことしか考えてないのはよくわかった。

 なので、俺は尋ねる。


「で、達成できそうなのかよ、偉業」

「…………」


 一発で完全沈黙じゃねぇか! わかりやすいわ!


「くっ、レント、わしを助けろ!」


 はぁ?


「喜べ、無能な失敗作のおまえに役目を与えてやる。わしが逃げ切るまで、命を捨てて時間を稼ぐのだ!」

「あのさぁ……」

「わしを誰だと思っている! 大賢者の末裔ガルト・ワーヴェルだぞ。わしは、こんなところで死んでいい人間ではない。いけ、失敗作! わしの役に立って死ね!」


 あ~、出た出た、ワーヴェル家お決まりの文句。

 こいつら、何かあるたびに『大賢者の末裔』を前面に押し出して、偉ぶるんだよなぁ。


「わしはこんなところで終わる人間ではない。あの御方からの覚えをめでたくして、もっと出世するのだ! いつまでも冒険者などやっていられるか!」


 ……あの御方?


『新たにやってきた人間』


 頭上より、ラズブラスタが俺を呼ぶ。


『おまえも、そこなる賊の一味ですか?』


 当然、そんなワケはない。

 というか、ちょびっとあった助ける気も、今は完全に霧散している。


「質問に質問を返すようで悪いけどさ」


 俺は、ラズブラスタの方に向き直った。


「卵を返したら、あんたは巣に戻ってくれるかい?」

『それは、どういうことです』

「いや、巣に戻ってもらわないと、大変なことになるじゃん。だから、先にそれだけ確認しておきたいんだよ。――これから、俺が卵を取り戻す前に」


 俺が言うと、ガルトが「なっ」と声を詰まらせる。


「レント、おまえは何を言い出すのだ! ワーヴェル家の恥さらしめ!」

「うるせぇ、人類の恥さらしが」


 ギャアギャアわめくガルトは放置し、俺はラズブラスタを見上げる。


「こいつは、どこに出しても恥ずかしいウチの身内がやった不始末だ。だから、ケジメをとらせてくれねぇかな、ドラゴンさん。あんたの卵、俺が取り戻すよ」

『…………』


 ラズブラスタは、しばし無言で俺を見下ろした。

 赤い大きな瞳に見つめられて、さすがにちょっとだけ、緊張してしまう。


『一度だけ、おまえを信じましょう』

「……じゃあ?」


 ラズブラスタが鷹揚にうなずく。


『卵を取り戻してくれたなら、私は大人しく巣に戻りましょう』


 よっしゃ。交渉成立。

 これで――、心置きなく、あのクソオヤジをブチのめすことができる!


「クッフッフッフ~、そういうワケだ。観念してもらうぜ、叔父さんよぉ」


 俺は顔に会心の笑みを浮かべ、拳を鳴らしてガルトの方を振り返る。


「ワイルドな笑顔が素敵です、旦那様!」


 それまで事態を見守ってくれてたアルカが、俺の邪笑に頬を染める。

 う~んん、あばたもえくぼ!


「ぬ、ぐぐぐ……! 失敗作の分際でェ~……」


 ガルトが、顔中を汗にまみれさせながら、腰に帯びていた剣を抜く。

 それから――、


「気づいてるぜ」


 刹那に、俺は『光魔の指輪』によって自分の真正面に光の盾を形成する。

 盾は、飛び来た火球を受け止めて、そのまま光と散った。


「……チッ」


 舌を打ったのは、ガルトの傍らにいた黒ローブの男だった。

 俺の意識がガルトに行っているのを狙って、魔法による奇襲を仕掛けてきたのだ。

 しかしその程度の不意打ち、今の俺が見逃すはずもない。


「失敗作如きが……、わしを誰だと思っている! 大賢者の末裔だぞ!」

「ああ、そう。俺は生まれ変わりだけど、大賢者は嫌いでね。いいから来いよ」


 俺は軽く手招きをし、ガルトを挑発する。

 普段から、俺を見下しているヤツだ。こんな程度でも十分に効果がある。


「殺せ、あの失敗作を殺せェェェェェ――――ッ!」


 顔を真っ赤にしたガルトが、剣を振り回しながら周りの連中に命じる。

 俺は『光魔の指輪』に念を込めながら、軽く口の端を吊り上げた。


「それじゃ、ストレス解消といこうか!」

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