第10話 失敗賢者は伝説の竜と対峙する

 ラズブラスタというのは、正確には火山の名前ではない。

 それは、火山の直下に巣を作っているエルダードラゴンの名前なのだ。


 ――焔帝竜ラズブラスタ。


 様々な伝承に名を残すドラゴンで、この火山地帯をナワバリとしている。

 俺がマズいことになるかもと思った理由が、こいつが火山に作っている巣にある。


 ラズブラスタ火山は活火山であり、依然として活動を続けている。

 山の裏に回れば、炎の河なんて呼ばれてる溶岩活動地帯もあるくらいだ。


 問題なのは、普段の火山活動が『弱まった状態のものである』という点。

 どういうことかといえば、ラズブラスタが熱を喰っているのだ。

 尽きず活動を続ける火山熱は、上位火竜種であるラズブラスタにはいい餌場だ。


 では、そんなラズブラスタが、巣からいなくなったら。

 火山活動を抑えている要因がそこから消えたら、火山は一体どうなるか。


 ……考えるまでもない。いや、考えたくもない。


「まだ先かよ、ちくしょうッ!」


 アルカを抱きかかえ、地面を蹴って俺は走る。

 景色は流動化し、地表の黒と空の灰色に色分けされて、闇の中を走ってる気分だ。


 ラズブラスタが巣を発った理由には、ワーヴェル家が絡んでいる。

 ほぼ確定的な推測だが、おかげで気が重い。今の時点で嫌な予感しかしない。


 ワーヴェル家は、わかりやすく言えばクズ野郎の群れだ。

 頭にあるのは自分の利益と名誉だけ。大賢者の威光を盾にやりたい放題する連中だ。


 ああ、確信できる。

 この先に待っているのは、俺にとってロクでもない展開だ。


「アルカ、ちゃんと掴まってろ!」

「はい、旦那様。アルカは言いつけ通りに掴まっています!」


 アルカを抱え、俺は半ばヤケクソで走る。走る。

 しかし、どうにも走りにくい。足の踏み場が少なく、走る速度も落ちてしまう。


 俺がにらむ先で、大爆発が起きた。

 真っ赤な炎が爆ぜて、轟音と共に景色の果てに大きな火柱が上がる。


「何が起きた!?」

「巨大な魔力活動を感知。エルダードラゴンによるものと推定されます!」


 上位種が使う独自系統の魔法――、竜言語魔法ってヤツか!


「クソッ、どうにかもっと急げないか!」

「でしたら旦那様、『光魔の指輪』を使ってみては?」


 んん? 『光魔の指輪』……? ……ああ、なるほどなッ!


「冴えてるぜ、アルカ! その発想はなかったぜ!」


 走りながら、俺は指輪に念を込める。

 すると、すぐ眼前に蒼白い光が奔った。それは武器ではなく、足場を作る。


「よっし、上手いこといった。このまま行くぜッ!」

「はいッ!」


 空中に、階段状に幾つもの足場を作って、俺はそれを駆け上がっていく。

 そして地形が気にならない高さまでくれば、あとは真っすぐ足場を伸ばすだけだ。


 足の踏み場を気にしないでよくなった分、速度は一気に上がった。

 やがて、走っているうちに岩山より大きい赤い影が見えてきた。

 鋭さと丸みが同居するその形状、間違いなく生物。あれがラズブラスタか。


「跳ぶぞ。舌を噛まないよう口を結んで、目を閉じろ!」

「はい! アルカは大丈夫です!」


 俺の指示に、アルカはそう応じて目を閉じた。

 ところでアルカ、もしかしてだけど、そのフレーズ結構気に入ってる?


「まぁいいや。……ッ、ジャァァァ――――ンプッ!」


 空中の足場で一瞬だけ力を溜めて、俺はそこから一息に跳躍した。

 全身を打つ風圧が一気に増す。きっと俺の体は、大きく放物線を描いたことだろう。


 着地は、完全にステータス任せ。

 アルカだけは守れるよう、しっかり抱き込む。


 そして着地。

 全身に強烈な衝撃が走るが、多少痛かった程度で済んだ。


「……大丈夫か、アルカ?」

「はい。旦那様のおかげで、アルカは大丈夫です」


 丸めていた背筋を伸ばすと、しがみついていたアルカが俺を見上げてそう言った。

 素直に嬉しい言葉だ。だがしかし、やっぱりそれ気に入ってるよね?


『――クゥ~、フゥゥゥゥゥゥ』


 間近に聞こえる、明らかに人のものではない呼吸音。

 アルカを下ろして向いた先に、背に一対の大きな翼を有した全身が真っ赤な巨竜。

 その体躯は、軽く見積もっても俺が狩った火竜種の五倍以上はあるだろうか。


 火竜種のように四つん這いではなく、足と尻尾で立っている。

 それもあって余計に大きく見える。見上げなければ、顔を拝むこともできない。


 特に強い印象を抱いたのが、その瞳だった。

 火竜種とは明らかに違う、知性の輝きと気高い誇りを宿した、理性ある者の瞳。

 まさに伝説にたがわぬ迫力と威厳を兼ね備えた、神の生き物の姿だ。


『……人間が、増えましたか』


 その声は言葉をなしていないのに、しかし、意味がはっきり伝わってくる。

 なるほど、これが竜の言葉である竜言語か。不思議な感じだな。


『おまえは、何ゆえここに現れたのですか』


 俺に問う声の調子は穏やかで、一瞬、会話が成立しそうに思えた。

 だがそれはすぐに無理だと気付く。声の裏に潜む怒気が伝わってきたからだ。


「レ、レントか!?」


 と、いきなり背後から名前を呼ばれた。

 聞こえてきたその声に、俺は右手で軽く頭を抱えた。うわー、早速頭痛ぇ。


「旦那様?」

「何でこんなとこにいんだよ……」


 振り向いた先には、派手な鎧を着た大柄な中年の戦士。

 他にも何人かいるようだが、まず俺の目に入ったのは、そいつの顔だった。


「こんなトコで何してんスか、叔父さん」


 戦士の名は、ガルト・ワーヴェル。

 俺の近い親戚で、十歳過ぎた頃から俺を失敗作と蔑み続けてきた野郎である。

 そして、こいつはあの『次代の賢者』ルミナの父親でもある。


「レント、何でおまえが、ここに……」

「うるせぇな。こっちにも色々事情があるんだよ」


 動転しているガルトに、説明するのもめんどくさい俺は適当に流す。

 何でこいつら、ドラゴンなんかに追われてるやら。全く、意味わかんねぇぜ。


『人間よ』


 どう確かめたもんかと考えているところに、ラズブラスタが呼びかける。


『もう、逃がしはしません。さぁ、お返しなさい』


 返せ?

 何だよ、連中、ラズブラスタのお宝でもかっぱらって――、


『私の卵を、お返しなさい』


 ……あー。なるほどね。お宝どころの話じゃねぇな、そりゃ。


「バカだろ、おまえら……」


 未だ固まったままのガルト達に、俺は呆れ返りながら言う。

 それ、最大級の御法度なんですけど……。

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