第9話 失敗賢者は緊急事態に遭遇する

 ことの始まりは、帰りの準備をしているときだった。


「――大賢者の血族の反応を感知」


 アルカが、そんなことを言い出したのだ。

 いつもの彼女とは違う、まばたきもしない無機質な顔つきで、だ。


「どした、アルカ?」

「旦那様。大ピンチです。エマージェンシーで、スクランブルなクライシスです!」

「うんうん、何かすごい大変なのは伝わったから、何があったか教えれ?」


 さすがに語彙豊富だな、この楽園の管理者は。

 表情がかなり緊迫していることから、ただ事ではない何かが起きているとわかる。


「この近くに、旦那様のご親族の方がいらっしゃいます!」

「…………はぁ!?」


 何かがあったとわかっていても、さすがにその報告は想定外。

 え、俺の親戚? ここ、実家からもオルダームからも相当遠いんですけど?


「心当たりはございませんか?」

「いやぁ~、心当たり、って言われてもなぁ~」


 もうもうと黒煙を上げるラズブラスタ火山を遠くに見ながら、俺は困惑する。

 この辺りにある街といえば、火山の向こうにあるドワーフの集落くらいなモンだ。

 まるでわからず首をかしげていると、急に辺りが暗くなった。


「何だ!?」


 驚き、見上げる。

 そこに、大きく翼を広げて飛翔する、巨大な何かがあった。


「……嘘だろ」


 一目で、飛んでいるものが何かを理解し、俺は言葉を失った。

 飛んでいるものは俺達のことなど気づかぬ様子で、そのまま飛び去って行った。


「だ、旦那様、あれは……」

「ああ」


 同じく、理解したらしきアルカに尋ねられ、俺はうなずき、答える。


「……エルダードラゴンだ」



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 アルカが言った。


「あ、さっきのドラゴンが飛んで行った方向に、ご親族がいらっしゃいます」

「ぎゃああああああああああああああああああああああ!!?」


 そんなこったろーと思ってましたよ!


「あっちは馬車で走れる地形じゃねぇなぁ……!」


 ドラゴンが飛んでった方向を見て俺は頭を抱えた。

 馬車で走れそうなこの辺と違って、起伏に富みすぎ。隆起激しすぎ。凸凹っすわ。


「ウチの親戚とか、本気で関わりたくねぇんだが……」


 実家の連中なんて揃いも揃って俺を馬鹿にしてきた急先鋒だ。

 十歳過ぎてからは、転生失敗の責任を押し付けられて罵倒された記憶しかない。


「では、放っておくのですか?」

「いやー……、それも難しいかなーって……」


 いや、親戚とかいうのはどうでもいいんだ。関わりたくもない。

 しかし、飛んでったエルダードラゴンの方は無視できない。

 俺の想像が間違ってなかったら、ちょっとどころじゃなくマズいことになる。


「…………行くしかねぇか」


 俺は意を決し、ちょっとためらいながらアルカにお願いすることにする。


「で、えー、あのなアルカ。俺、あっちに走ってくから」

「はい」


「おまえのこと抱えてっていい?」

「はい。……………………はいッ!?」


 あ、顔が一瞬で真っ赤になった。

 そりゃそんな反応にもなるよなー。さすがに恥ずかしいだろうしなー。


「あ、あの、あの、抱えて、というのは……?」

「全力で走るから。それでちょっと揺れるかもだけど、そこはごめんな」


「いえ、アルカは大丈夫です。それよりも、旦那様!」

「お、おう?」


 え、何、どうしたの? 瞳ギラギラで鼻息荒いけど?


「その抱えるというのは、だっこですか? おんぶですか? それともだっこの亜種であるお姫様抱っこなどでしょうか? 大丈夫です。アルカはどれでも大丈夫です! ですので是非アルカの身体を抱えていってくださいませッ!」


 ものスゲェ早口――――ッ!!?


「あ、えーと……」


 詰め寄られ、その迫力に圧倒された俺は、逆に尋ねてしまった。


「……な、何が、いい?」

「では、お姫様抱っこでお願いいたします! アルカは大丈夫ですので!」


 あ、うん。そっか。

 アルカが大丈夫なら、いいか。うん。


 無事に了解も得られたので、俺は頼まれた通りにアルカをお姫様抱っこした。

 めっちゃめちゃ軽い。メシ食ってるのか心配になるレベル。


「きゃっ、わぁ。……フフ」


 一方、抱えられたアルカは軽く驚き、すぐ笑顔になって俺の首に腕を回してきた。


「しっかり掴まってろよ、アルカ?」

「はい。アルカはしっかり掴まるので、大丈夫です!」


 言葉通り、アルカは俺にしがみついてくる。

 当然、そうなるとお互い密着する感じになるのだが、今回は浮かれていられない。


「そうだな。アルカは俺が全力で守るから、大丈夫だな」

「……はい!」


 俺はアルカにうなずき返して、ドラゴンが飛んで行った方向へと駆け出した。

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