第7話 失敗賢者は初めての実戦に臨む
準備を終えて、俺とアルカはオルダームの街を早々に出立した。
諸経費として食料その他、必要物資は先んじてリュリから支給してもらった。
「依頼主として、最低限の
とのことだが、その最低限が食料に装備に、おまけに二頭立ての馬車とか。
明らかに貰いすぎ――、でもないか。ドラゴン素材の調達だモンなぁ、依頼内容。
さて、重い期待を背負いつつ、俺達は目的の場所へ向かう。
オルダームの街から西へ、大体一週間。山間を越え、さらに森を超えた先。
そこにドラゴンの生息地として有名なラズブラスタ火山地帯が存在する。
俺達に与えられた期間は、四十五日。
その間に、ドラゴンの素材を十匹分以上確保する。それが今回のオーダーだ。
「さて、じゃあおさらいといこうか、アルカ」
「了解です、旦那様」
馬車の御者席で隣り合って座り、俺はアルカに話を振る。
ドラゴンとは一体どういった存在なのか。ということに関する復習だ。
「ドラゴンは強靭な肉体と強固な鱗を持ち、高い生命力と毒への耐性も有しています。また、口から吐くブレスの威力は、熟練した魔術師の攻撃魔法を上回ります」
アルカが、ドラゴンの基本情報をスラスラと淀みなく答えていく。
「ドラゴンには大別して二種類が存在し、それが
伝説に出てくるドラゴンは、大体が上位種だといわれている。
「アルカ君、今回、我々が対象とするのはどっちかな」
「下位種です。ただし、下位種でも凶暴さで知られる
その通り。これもオーダーの一環だ。
火竜種の素材はドラゴン素材で特に値が張る。理由は、単純に火竜が強いからだ。
加えて、火属性の素材は人気も高く、値段は常に高止まりなそうな。
「大概、無茶振りしてくれるぜ」
八重歯を剥き出しにするチビ棟梁の顔を思い出し、俺は眉間にしわを寄せた。
「こっから一週間ちょっと、退屈かもしれねぇが、我慢してくれな、アルカ」
「旦那様、そんなことはございません!」
うぉっと?
軽く声をかけたつもりが、何やら威勢のいい声が返ってきたぞ。
「アルカは、旦那様と初めての旅路を楽しんでおります」
「いや、別に旅路とか――」
言いかけた俺の隣で、アルカが俺にもたれかかり、身を預けてくる。
そして、彼女は俺の肩に頭を乗せて、花のようないい香りを感じさせながら、
「アルカは、旦那様と二人なら、どこでも楽しいです。幸せです」
とか言って、手綱を握る俺の手に、そっと自分の手を重ねてくるんですよ!?
「そ、そ、そぉ~お……?」
俺、思わず、緊張してどもる。
ああああああああああああ、アルカの髪が俺の首筋にかかって、こそばい!
くっ、鎮まれ、鎮まるのだ俺の心臓。あと局部!
「……うん、行こう」
「はい!」
そうして、俺達は二人きりの一週間の馬車旅を楽しんだ。
道中、特に危険らしい危険はなかった。
運がよかったのか、それともモンスターや山賊の存在を許さない何かがあるのか。
「――まぁ、後者だろうな」
ドラゴンの住処が近いのだ。
わざわざそんな場所で生活を営むバカは少なかろう。
「馬車は?」
「エルシオンに送っておきました」
やけにトゲトゲした黒い岩が連なり、空も黒雲で薄暗い、草木も生えない荒野。
ここが、俺達の目的地であるラズブラスタ火山地帯だ。
火山が近いためか空気は乾いており、チリチリと肌を灼く熱さも感じられる。
辺りの地形はやたら起伏が激しく、隠れる場所は幾らでもありそうだ。
「いたいた、我が物顔で闊歩してやがる」
黒い岩山の影から、俺とアルカは様子をうかがう。
俺が見る先に、家一軒ほどの大きさはあろうかという、赤いドラゴンがいる。
伝説に出てくるような翼を持ったドラゴン、ではない。
形はトカゲに近いが、その身を包む鱗が赤く明滅している。火属性の魔力反応だ。
その身に宿す膨大な魔力を、ああして常に発散し続けているワケだ。
「これから、どうなされるのですか?」
「狩る」
「えっと、どのように?」
俺が即答すると、アルカが目をパチクリする。
そういえば、アルカには俺の戦い方を教えてなかった気がする。
「俺はな、大体の武器は使えるんだよ」
「そうなのですね。さすがは旦那様です!」
驚きもなくノータイムで褒められた。ヤベェ、何かムズムズする。
「まぁ、正確には剣・槍・斧・拳・棍・鞭・弓・短剣・鎌・投擲武器、その辺りを一通り訓練し続けてきた、ってだけで、使い慣れちゃいるが実践は初めてだ」
何せ、冒険者生活十数年目なワケで、練習時間だけはいっぱいあったんだなぁ。
能力値が底辺だった以前は、その訓練を活かす機会もなかった。
だが、神果によってステータスが限界突破している今なら、もしかしたら――、
「アルカ、槍ちょーだい」
「マスターより要請。承認。権限に則り、エルシオンより即時転送を開始します」
何か、ものすごい管理者っぽいこと言ってる。
と、思った次の瞬間には、俺の手に黒い柄の槍が握られていた。
「さすがに『靭たる一団』の棟梁謹製の槍だな。造りがしっかりしてやがる」
ズシリとした重みが手に伝わる。それだけでこの槍の頑強さが理解できた。
ドラゴンの鱗を貫けるだけの強さ。この槍は、それを確かに秘めている。
「じゃ、行ってくる」
「はい。行ってらっしゃいませ、旦那様」
お辞儀をしてくれるアルカに軽く手を振って、俺はその場から地を蹴った。
一度の跳躍で俺の体は高々と宙を舞った。いやぁ、身体が軽いことったらないわ。
獲物に定めたドラゴンは、未だ俺には気づいていない。
それでいい。余計なバトルなど必要ない。俺が狙うのは、一撃必殺だ。
ドラゴンの体構造についてはおおよそ知っている。
武器の修練と同じく、時間だけはあったから勉強済みだ。
確かに、ドラゴンの鱗は固い。
しかしその頭頂部は、他の部位に比べれば鱗が薄く、実は狙いどころだ。
頭蓋骨だって硬かろうが、継ぎ目を上手く射貫ければ――!
「そこだッ!」
俺は、限界まで感覚を研ぎ澄まし、ドラゴンの頭蓋の接合点を見透かす。
そして槍の穂先を地面に向け、そのまま全体重を乗せて一直線に落下していった。
「ガッ」
という、ドラゴンの短い断末魔の声は、穂先が脳天を貫いた直後に聞こえた。
頭に槍を刺したまま、ドラゴンはその巨体をグラつかせて地面に倒れ伏す。
「……これで、一匹」
身体は、まさしく俺がイメージした通りに動いてくれた。でも。
初めての実戦。初めての竜退治。
だがそれは、思っていたよりも全然呆気ないもののように感じられた。
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