閑話2 『金色』の主は鼻で笑う(ゴルデン視点)

 僕が冒険者ギルドを訪れたのは、昼をかなり過ぎた頃のことだった。

 僕はゴルデン・アドベルム。冒険都市オルダームでも、最高の冒険者だ。


 最高という呼称には些かの誇張が感じられるかもしれないが、事実だ。

 何故なら僕は、この街で最大のクラン『金色の冒険譚』のトップなのだから。


 だが、最近は僕自身が冒険に出る機会もめっきり減ってしまった。

 今日とて、街にある幾つかの商会や職人ギルドと折衝を終えて、ここに来たのだ。


 僕はもっぱら、前線で活動する後輩達を支える裏方となっていた。

 冒険者としての腕は落ちるだろうが、構わない。むしろ命の危険は遠ざかるし。


 元々、僕は最初から現実を見ている。

 共に『冒険譚』を興した失敗賢者は冒険のロマンに酔っていたが、僕は違う。


 僕があいつと組んだのは、そこに現実的な判断があったからだ。

 あの男が持つ『大賢者の生まれ変わり』という謳い文句が、必要だったのだ。


 その比類なき宣伝効果こそ僕の欲しいもの。でなければ誰があんな無能を組むか。

 実際に、それもあって『金色』は順調に人を増やしていった。


 それなりに苦難もあったが、僕が全て実力で乗り越えた。

 どこまでいっても、無能なレントはただのお飾りでしかないのだ。


 だが『金色』がオルダームのトップになって、そのお飾りも役割を終えた。

 これ以上、使えない看板に用はない。だから看板を取り換えた。


 使えない看板から、使える看板へ。

 レントを追い出して、代わりにルミナを入団させた。

 実力もあって意欲も高い彼女を、僕は『新たな大賢者』として売り出す予定だ。


 ルミナならば、その重責をしかと果たしてくれるだろう。

 やがては冒険者の恥部と呼ばれるワーヴェル家の悪評をも覆すかもしれない。


 そうなれば、彼女を見出した僕の名声もさらに高まるだろう。

 実に楽しみだ。


「あ、ゴルデンさん! っちゃーっす!」

「ゴルデンさん、おはようございますッ!」


 冒険者ギルドの入り口をくぐれば、たむろしていた冒険者達が揃って僕を呼ぶ。

 皆、顔に愛想笑いか憧れを浮かべて、僕に見られようとしている。

 気持ちがいい。最高だ。ここが自分の王国であると改めて再確認できる。


 そう、僕は王だ。この街の頂点に立つ男だ。

 誰もがこぞって僕を敬う。それは、僕が敬われるに値する男だからだ。


 だが、僕はこんなところで終わるつもりはない。

 オルダームの街を制した今、僕は次に王都に打って出ようと画策していた。


 王都に集まる利権は、この街の比ではない。

 そこに食い込むことができれば、僕の人生はさらに栄華に満ちたものとなる。


 だが王都の冒険者ギルドでは、あのワーヴェル家が幅を利かせている。

 が、そのためのルミナだ。彼女という殺虫剤で、あの恥さらし共を駆逐してやる。


「おはようございます、ゴルデンさん」

「おはよう、リィシアさん。早速だけど、ギルド長に――」


 カウンターで女性職員にアポの確認を取ろうとした時だった。


御挨拶よぉ、クソボケ


 ――背後からかけられた、無礼極まるハスキー声。


 振り返れば、そこには巨大なハンマーを背負ったドワーフの女がいた。

 僕の『金色』に次ぐ第二位のクラン『靭たる一団』の棟梁、リュリだった。


「これはこれは、リュリ女史じゃないか。こんなところで会うとは奇遇だね」

「おう、確かに奇遇だな。何だい、依頼の物色ハローワークかい?」


「いや、ギルド長との打ち合わせがこのあとあってね」

「ハッ、打ち合わせ、ねぇ。すっかり裏方フィクサー気取りじゃねぇの」


 表面は笑みを保ったまま、だが、僕はのどの奥で舌を打つ。

 この女は、物言いからして品がない。容姿こそ整っているが、中身が下劣だ。


「今の僕は裏方で十分さ」

「そりゃそうか。他を奉仕させるコキ使うのがおまえさんの仕事だモンな」


 ……くっ、この女。


「僕は、忙しくてね。世間話の時間も惜しいくらいなんだ。失礼するよ」

「実はよぉ、アタシもさっき依頼の打ち合わせをしてきたトコなんだ」


 話を聞け、この低能女。

 僕は、忙しいと言っているだろうが。


「へぇ、依頼の打ち合わせ、か。また遠征かい?」

うんにゃ、今回はアタシが依頼主頼む側さ。指名依頼だよ」


 何? リュリ・デュランドが、名指しでの依頼だって?


「お、表情が変わったな。そんなに興味津々気になっちまうかい?」

「そうだね。後学のために、聞いておきたいな」


「なぁに、依頼内容オーダー至極簡単シンプルさ。ドラゴン素材の調達だよ」

「……また、随分と思い切った依頼を出したね。誰に頼んだんだい?」


 果たして、誰にそれを依頼したか、そこが問題だ。

 もしや、僕のところのルミナのように、有望株を見出したとでもいうのか。


「レント・ワーヴェル」


 思いがけない返答に、固まってしまった。

 僕は彼女に「それは何の冗談かな?」と改めて尋ねる。


「冗談なモンかい! この『靭たる一団デュランダル』の三代目棟梁ヘッドのアタシが、レント・ワーヴェルにドラゴン素材の調達を依頼したっつってんだよ!」

「……バカな」


 冗談じゃないのならば、それは狂気の沙汰だ。完全に常軌を逸している。


「あの無能に、そんな大それた依頼が果たせるワケがない」

問題提起そいつはどうかな。結果が出るまではわからんぜ?」


 何故そこで自信ありげに笑えるんだ、この女は。全く理解できない。


「あの、ゴルデンさん? ギルド長が部屋でお待ちですけれど……」

「あ、ああ。すまない。すぐに行くとお伝えいただきたい」


 女性職員に声をかけられ、僕は笑みを繕ってそう応じた。

 僕は踵を返し、リュリに背を向ける。


「打ち合わせがあるから、これで失礼するよ」

「ああ、またな」


 あっさりとした別れだが、これが金輪際のものとなるだろう。

 リュリ・デュランドはおかしくなった。その噂はすぐにでも広まるはずだ。


 ――終わったな。


 この街の最後の脅威であった『靭たる一団』が、まさか自滅するとは。

 ちょっとした寂寥感すら覚えつつ、僕はギルド建物の奥へと歩みを進めていく。


 これで、オルダームは完全に僕の手に落ちた。

 次はいよいよ王都だ。未来を見据えて、僕の思考は様々に巡り始めていた。


 凶報が舞い込んできたのは、それからすぐのことだった。

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