第6話 失敗賢者はチャンスを得る

 ギルドの個室にて聞かされた依頼内容は、なかなかどうして、タフだった。


「ドラゴン殺戮ブッコロしてきてくれ」


 開口一番、これである。

 そんな、軽く言ってくれるけどドラゴンってアレよ、ドラゴンよ?


「とにかく素材ネタ不足タリネェんだよ。何せドラゴンは鱗も骨も肉も血も爪も角も牙も筋も目も内臓も、糞に至るまで、不要部位使えねぇところなんて何一つありゃしない、素材の王様レアなおたからだからなぁ~」


 言いながら、自身も職人であるリュリがテーブルを指先でトントン叩く。

 おうおう、素材に飢えて職人の瞳が爛々と輝いておるわ。


 確かにこいつの言う通り、ドラゴンは全身がレア素材の塊だ。

 牙、角、爪は武器の素材になるし、鱗や皮膚は優秀な防具の材料となる。


 肉と内臓のうち、可食部は超高級食材。

 食べられない部分も錬金術で製造できる様々な薬品の原材料に使われている。


 筋や腱は機械を動かすための部品になるし、血も眼球も様々な用途で使われる。

 糞に至っては最高級の肥料として用いられているのだ。


 このように、ドラゴンの肉体は何もかもが有効活用されている。

 需要と供給のバランスが常にぶっ壊れているのが、このドラゴン素材だった。


「……けどよぉ、その話をわざわざ俺に持ってくるかね。意地が悪い」


 俺がテーブルに片肘を乗せると、リュリがニヤリと笑う。


牽制だからこそだぜ、失敗賢者。重要なのは、靭たる一団アタシの依頼を失敗賢者おまえさんが受けることなんだよ。そこんとこ、御理解おわかり?」


 さすがに冒険都市第二位のクランを率いるボスだ。抜け目がない。

 この依頼一つで素材のみならず、第二第三の利益まで得ようとしてやがる。


「あの! アルカには何が何やら、全然わかりません! 教えてくださいませ!」


 アルカが、元気よく手を挙げて俺に説明を求めてきた。

 ああ、うん、アルカはこの街の事情なんて、全然知らないモンね。


「要は『金色の冒険譚』への対策も兼ねてるんだよ、こいつは」

「こんじき、とは、旦那様が所属されていらした冒険者クラン、ですか?」

興味へぇ、旦那様、ねぇ……」


 リュリがニヤつきながら俺を流し見てくる。

 そのよこしまな視線を完全に無視して、俺は話を進めた。


「ドラゴンの素材ってのは入手難度が高いクセに常に需要が尽きないから、供給が全然追っついてないんだ。まずこれが話全体の前提な」

「はい。わかりました」


 アルカは、熱心に俺を見つめて話を聞こうとしてくる。真面目な子だわ。


「この街での素材の供給のほとんどは、冒険者が担ってる。そして――」

「その限られた供給量シェアのうち六割以上を独占してるクランがあるのさ」


 って、いきなり人の説明に割り込んでくるんじゃねぇよ、チビ棟梁!?


「それが……、『金色の冒険譚』なのですか?」

正解そゆこと。ドラゴンの素材なんて、さっき食った神果アムリタ程じゃないにせよ、重要な資金源メシのタネなワケ。だから、こっちは少しでもシェアを奪いたいのさ。――で、そちらにいらっしゃる失敗賢者様の出番だ」

「……なるほど、わかりました!」


 説明の最中、アルカがポンと手を打った。


「あれ、もう理解完了形おわかりになられた?」

「はい。つまり『金色』を追放された旦那様がドラゴンの素材を仕入れることで、旦那様への評価が上がり、依頼を出されたリュリ様の慧眼も知られるところとなり、逆に実績をあげた旦那様を追放した『金色』への評判が下がって、シェアを奪うきっかけを作れるかもしれない、ということではないでしょうか?」


 わぁ、完全に正解だー。

 やっぱ、楽園の管理者の何たら生体ゴーレムだけあって、頭の回転はやーい。


「……御見事やるじゃん


 見ろよ、冒険都市第二位のクランのボスが、口あんぐり開けちゃってるわよ。


「ま、そんなワケで――」


 リュリが気を取り直し、俺を見る。


「こいつは、アタシら『靭たる一団デュランダル』の浮沈生き死にを賭けた重要依頼大バクチだ。全てはおまえさんの双肩にかかってるぜ、失敗賢者」

「いきなり重たすぎるモン背負わされたんだが……?」


 そんなクランの命運とか、手に余るっていうかー! 身に余るっていうかー!


「――不可能できないなんて、言わせないぜ?」


 リュリの目つきが一気に鋭くなる。


「神果なんてモンまで持ち出したんだ。あるんだろ、勝算プランが」


 心の底まで見透かしてくるかのようなまなざしに、俺は若干の緊張を覚えた。


「……まぁ、ある」


 別に嘘をつく必要もないので、俺は正直に答えた。

 すると、キツく引き締まっていたリュリの顔つきが、あっさりと緩む。


「なら、いい。任せる」


 軽々しく言ってくれるが、こいつの言ってるコトは完全に狂気の沙汰だ。

 簡単にドラゴン退治というが、本来はBランク以上の冒険者十人がかりで行なうような規模の仕事であり、だからこそ『金色』がシェアを握っているのだ。


 こいつもそこんとこ、重々承知してるだろうな。

 リュリの判断が英断となるか愚行となるか、全ては俺にかかってるってワケだ。


「最後に――、報酬だけどな」

「ああ、何をどんだけ貰えるんだ?」


 いよいよ報酬の話に入る。さて、何をいただけるのやら。


「こんだけだ」


 と、リュリは右手の指を三本、立ててみせる。


「……金貨三百枚、か?」


 大体、金貨百枚でそれなりに大きな家を持てるくらいの価値がある。

 ドラゴンの素材となれば、報酬の金額がそれほどになっても不思議じゃない。が、


否定ちげぇよ」


 リュリは首を横に振って、改めて報酬を俺に提示する。


「おまえさんの冒険者ランクを、三つ、昇級あげてやるってコトだよ」

「……マジで言ってンのか」


 俺は、軽く絶句した。

 上級冒険者からの推薦による、下級冒険者のランクアップ。ない話ではない。


 リュリのような有力者なら、有望株に恩を売ることだって、当然するだろう。

 ギルドとしても、高ランク冒険者が多くなるのは喜ばしいことだ。


 だが、三つ? 三段階? つまりGからDへ?

 飛び級なんてモンが、まず聞いたことがないのに、さらに三段飛びとか――。


「そこは、三つではなく六つになりませんか?」


 って、アルカさぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!?

 何? 君はいきなり何を言い出すの? え、六段飛び? Gから一気に、A!?


「……オイオイ、随分大上段ふっかけてくんじゃん」


 さしものリュリも、これには半ば呆れたような笑いを浮かべ、頬に汗する。

 対して、アルカはしれっとした顔つきだ。


「これでもアルカは自重しています。本来であればAランクでも全く足りていません。旦那様の専用ランクが欲しいくらいです」


 んんんんんんん、素直な評価が重たくのしかかってくるゥ~~~~…………。


了解いいぜ若奥様アルカに免じて六つにしてやっても」


 って、おまえも軽々しく承諾してんじゃねぇよ、チビ棟梁!?


「ただし、ドラゴン十匹以上だ。そんだけ仕留めたら、六つでギルドに掛け合ってやるよ。その代わり十匹に満たなかったら、一つだけだ。これが最大限の譲歩だ」


 俺は、隣に座るアルカをチラリと見た。

 彼女は「やりました!」と言わんばかりに瞳を輝かせて、こっちを見返してくる。


「…………じゃあ、それで」


 選択の余地など、あるはずがなかった。

 あ~~、婚約者が敏腕すぎて、俺、幸せ者だなぁぁぁぁぁ――――ッッ!!!!


 ……どうなっても知らんからな、もう。

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