第5話 失敗賢者は彼女と出会う

 あれだけ賑やかで騒々しかったギルド内が、俺の一言で一気に静まり返った。


 全員が、沈黙。

 完全に、静寂。


「……な、何でしょうか。皆さん、どうかなさったんでしょうか?」


 場に沈黙の帳が落ちる中、アルカが不思議そうに尋ねてくる。

 この子にとっちゃ神果なんて特別なモノでもないし、この状況が理解できないか。


「バカか、テメェ!」


 っと、ようやく我に返るヤツが出てきたか。

 ギルドに併設されてる酒場から、いかついヒゲ面のおっさんがやってくる。


「言うに事欠いて、神果だとォ~? そんな安っぽく塗装したリンゴがかよ!」


 あ、そう見えちゃうんだ。

 だが納得はできる。アルカにはありふれていても、冒険者には超一級のお宝だ。

 いきなり本物と思うワケもないか。そうだよなぁ。


「フカシコイてんじゃねぇぞ、失敗賢者ァ!」

「ついに報酬の偽造なんてコトまでしやがったか、見下げ果てた野郎だ!」

「あんたなんかが神果を手に入れられるはずないでしょ!」


 そして、冬の乾ききった草原に火種を落としたかの如く。

 静まり返ってたギルドが、瞬く間に騒がしくなる。

 しかも今回は俺への敵意と怒りがド派手に膨れ上がり、場の過熱具合が凄まじい。


「そんなに言うなら、誰かこいつを『鑑定』してみろよ!」


 こうなった場合に備えて、俺は用意していた一言を叫ぶ。

 ここには俺などとは違う本物の『鑑定』スキルの使い手が何人もいるはずだ。


 そいつらに『鑑定』してもらえば、今騒いでる連中も黙るしかなくなる。

 と、俺は目論んでいたんだが――、


「『鑑定』なんていらねぇよ!」


 あ。ヤバ。

 一際大きな声でのその叫びに、俺は自分の失策を悟る。


「何が神果だ、ふざけやがって!」

「とんでもねぇ野郎だ、ここから叩き出してやる!」


 どうやら、連中のヒートアップ具合を見誤ったらしい。

 完全に頭に血がのぼっているらしき数人が、俺めがけて殺気を叩きつけてくる。


 一縷の望みを持ってカウンターを見れば、リィシアがいない。逃げやがったな!

 クソ、と内心に毒づき、俺は向き直る。

 すっかり殺気立った同業が、群れをなして俺とアルカを囲みつつあった。


「旦那様……」


 気圧されたアルカが、俺に身を寄せてくる。

 これはさすがに一旦逃げるべきか、と俺が考えていたところに、



いいぜ! その『鑑定』、アタシがやってやろうじゃないか!」



 救いの声は、ギルドの入り口からもたらされた。

 声の主は、赤い髪の背の低い女だった。

 スラッとしたスマートな体つきに似つかわしくない黒い重鎧に、赤いマント。


 真っ赤な髪を大きな三つ編みにして垂らし、威風堂々たるその立ち姿。

 背には、自分の背丈ほどもあろうかという巨大なハンマーを背負っている。


 何よりも目を引くのは、可愛さより気の強さが優るその顔に刻まれた一本傷だ。

 顔の真ん中、右頬から鼻筋を通って左頬まで、鋭い傷が走っている。


 俺はその女を知っていた。

 いや、俺だけじゃなく、アルカ以外の誰もが知っている。


「あ、あんた、……リュリ・デュランド!?」


 誰かが、女の名を叫んだ。

 呼ばれたリュリは「応よ!」と威勢良く返し、八重歯を剥き出しにして笑う。


「旦那様、あの方は?」


 クイクイと俺の袖をひっぱって、アルカが尋ねてくる。


「あいつは、リュリ・デュランド。この街で二番目に大きいクラン『靭たる一団デュランダル』の三代目棟梁を務めるドワーフだ」

「ついでに言っておくと聖剣の鍛錬法ドえらいテクを今に伝えるドワーフの有力氏族『剣句の士族』の次期氏族長アタマでもあるからよ、よろしくな!」


 リュリが、俺とアルカに向かってウィンクを一つ。

 こいつのようなドワーフを始め、この国にはエルフや獣人など亜人が結構多い。

 冒険者ギルドのエライ人もエルフだし、国王の愛妾にも亜人がいるって噂だ。


「ほら、寄越しな。アタシがそいつをしっかり『鑑定』してやるよ」

「あ、ああ。頼む」


 リュリに手を突き出されて、俺は言われるがまま神果を渡す。


「ふ~ん、こいつが神果アムリタ、ねぇ……」


 全身に視線を浴びながら、だがリュリはマイペースに神果を眺めている。

 いや、さっさと『鑑定』してくれよ、と、俺が思っていたら――、


一口がぶっ!」

「あああああああああああああああああ!!?」


 こいつ、いきなり神果にかじりつきやがった!


二口しゃくっ、三口しゃくっ、咀嚼中もっしゃもっしゃ嚥下ごっくん。ごちそう様!」

「ごちそう様じゃねェェェェェェェェェェェェェェ――――ッッ!?」


 芯まで残さず食べちゃったんだけど、このドワーフのチビ棟梁!?


「ん? ん? ん? んッ! 絶頂ンほォォォォォ! 何かパワー漲るゥ!」


 今度は大声で騒ぎ出し、両腕で力こぶを作るリュリ。

 そりゃそうでしょうねぇ、何せ本物の神果ですからねぇッッ!!!!


「おまえ、何してくれてんだよォ――――!」

「何って決まってんだろ。先払いで報酬ブツをもらっただけさ」


「……へ?」


 意味が掴めず、俺はそんな抜けた声を出してしまった。

 リュリは呆れたように自分の赤髪を掻き、


「何だ、理解不足わかんなかったか。だからよ――」


 と、そこで一度言葉を切り、直後に八重歯を剥いて目を細め、俺を指さす。


「『靭たる一団』三代目棟梁ヘッドであるこのアタシが、失敗賢者のおまえさんに特別指名依頼イカしたオーダーを出してやる、って言ったのさ。……まさか断るはず、ないよな?」


 このドワーフ、ちょっと男前すぎんか?

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