第1話 失敗賢者は追放される
その日、俺は朝早くからクランの本拠地に呼び出された。
すると本拠地に使っている屋敷のリビングに主要メンバーが集まっていた。
「レント・ワーヴェル。今までご苦労だった」
そして、クランリーダーである魔法剣士ゴルデンに、そう言われた。
「……え、ご苦労って?」
俺は、意味がわからず尋ね返す。
「レント、何もできない無能なおまえは、今日限りでウチから追放だ」
「えええええええええええええええええええええええ!!?」
あまりにも無体な説明をされて、俺は飛び上がらんばかりに驚いた。
すると、ゴルデンはその名の通りの金髪をキザったらしく掻き上げる。
「理由は、わかるな?」
「俺が、失敗賢者だから、か?」
「その通りだ。おまえはあの大賢者ワーヴェルの生まれ変わりのはずなのに、転生に失敗したおかげで前世の記憶も能力も欠け落ちた半端者だからな」
それは俺のせいじゃないじゃん。
大賢者が原因じゃん!
しかも、ただ転生に失敗したんじゃないよ。
魂をいじくった悪影響まで出た。
おかげで俺はステータスがバカ低く、しかも鍛えてもほとんど成長なし。
覚えたスキルも半端なのが一つだけ。
それが災いして、俺の人生、やりたいことができたためしなんて一度もない。
実家からも期待を裏切った恥さらしとか言われて、叩き出されてしまった。
挙句、ついたあだ名が『失敗賢者』だ。別に俺自身は賢者じゃないのに。
さすがに自分の無能の原因を大賢者に求めても、許されると思うんだよな、俺。
「レント。このクラン『金色の冒険譚』の前身であるパーティーは、僕とおまえで始めたものだ。それからすでに十数年、僕達は冒険者を続けている」
「おう」
「最初こそ、おまえなどでも役に立った。しかし、すぐにお払い箱になった」
「……おう」
「パーティーは今や複数のパーティーの連合体であるクランにまで至った。しかもこの街で最大規模のだ。だが、おまえは相変わらず最低のGランクのままだ」
「…………はい」
「それでも、おまえをこのクランに置いてやっていた理由は、おまえが大賢者ワーヴェルの生まれ変わりだからだ。おまえ自身の実力じゃない」
「……………………はい。すいません。はい」
ゴルデンの言葉が俺を突き刺す。言ってみれば、俺は広告塔だ。
大賢者の生まれ変わりが所属している、というブランディングの理由でしかない。
「だが、その理由も、今日消えることになる。入ってくれ」
「失礼します」
と、聞こえてきた声に、俺は驚き、顔を上げる。
部屋に入ってきたのは両手に長杖を抱えた、黒髪の少女。見覚えのある顔だった。
「もしかして、ルミナか?」
「お久しぶりです、レントさん」
そこに立って厳しい顔つきで俺を見るのは、親戚のルミナ・ワーヴェルだった。
最後に会ったのは何年前だったか。そのときは小さいガキだったのに。
しかし、目の前に立つルミナに、その面影は薄い。
背も伸びて、羽織っている白いローブの上からでも豊かな身体の線が確認できる。
「今日から、我がクランに加わることになった『次代の賢者』ルミナ嬢だ」
「ええ!?」
ゴルデンの言葉に、俺は驚愕した。
「彼女は五色の魔法を全て習得し、王都の魔法学院を首席で卒業したんだよ」
「……知らなかった。すげぇな」
俺は感嘆する。
六系統ある魔法のうち、禁忌とされる一系統以外の全てを修めるとは。
それは確かに、賢者と呼ぶに相応しい、とんでもない才能だ。
「レントさん、話は聞いてますよ。全く、情けないったらないですね」
懐かしむような様子もなく、ルミナは俺に侮蔑の表情を向けてくる。
数年ぶりに会った親戚に見せる表情かよ、それ。意味わかんねぇんだけど……。
「聞けば、うちの家祖である大賢者様の知名度にあぐらをかいて、長いことこちらのクランにお世話になってるそうじゃないですか」
「……はぁ!?」
いきなりすぎる言いがかりに、俺は思わず変な声を出してしまう。
俺は、大賢者の名声を利用したことなんてない。俺は俺として頑張ってきた。
「おい、ゴルデン……」
ゴルデンを見ると、こいつ、何てニヤケ面だ。ルミナに何を吹き込んだ。
「本物の賢者が加わった以上、失敗賢者の居場所はもうないんだよ、レント」
ゴルデンが、俺に向けて何かを投げつけてきた。
両手で受け止めたそれは、朽ちかけた革製のウェストポーチだった。
それを見て、俺は大きく目を剥いた。
「ゴルデン、おまえ、これ……」
「くれてやる。僕からの、せめてもの餞別だ」
ゴルデンがそう言い捨てた。
このポーチは、大賢者の遺産が眠るとされるダンジョンで見つけたものだ。
俺とゴルデンの初めてのダンジョン探索だった。
その形状から多数のアイテムを収納できるアイテムボックスだと思っていた。
しかし、何をしても蓋を開けられず、期待外れに終わった。
だが、そんなものでも、俺とゴルデンにとっては思い出の品だったのに。
「古いだけで使い道もなくて役に立たない。まさにおまえじゃないか、レント。もうどっちもいらないから、それを持って一緒にここから消えてくれ」
ひざまずく俺を、ゴルデンは冷たく見下ろしてくる。
その隣で、ルミナも同じく、情けないものを見る目で俺を見ていた。
他の連中も、大体が同じ表情。
失笑か、侮蔑か、揃って呆れ返ったような半笑いで、俺を眺めている。
「……わかったよ」
俺はうつむきながら、軽くうなずいた。
こいつらが向けてくる白いまなざしに耐えることができないからだ。
重みを増した体を引きずって、俺はリビングを出てドアを閉じた。
すると、ドア越しに、連中の話し声が聞こえてくる。
「あの人、私が小さい頃に冒険の話をしてくれたんですけど、嘘だったんですよ」
「ああ、僕の活躍を自分のものとして語っていたらしいね、情けない話だ!」
ゴルデンの派手な笑い声がそれに続く。
一瞬、ドアを蹴破ろうかという衝動に駆られた。俺は、そんな話はしていない。
確かに、ルミナが小さい頃、俺は自分の冒険の話をした。
今、俺が手に持っているアイテムボックスを手に入れるまでの話だ。
そこで主に活躍したのはゴルデンで、だから俺はあいつを主役にして語った。
なのに、何で俺が活躍したことになってるんだ。ワケわからん!
「……くだらない人」
カッとなりかけた頭に、冷や水をぶっかけられた気がした。
重く沈んだルミナの声に感じたものが、軽蔑ではない、深い落胆だったからだ。
「くそ……」
こうして、俺はクラン『金色の冒険譚』の本部を去った。
底なしの失意と、餞別代わりの開かずのアイテムボックスだけを携えて。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
気がつけば、俺は冒険者ギルドの前に立っていた。
冒険都市オルダームの中でも特に目立つ、大きな石造りの建物だ。
「おい、失敗賢者がいるぜ」
いつの間にか立っていたそこで呆けていると、そんな声が聞こえる。
周りを見れば、幾つかの視線が俺に注がれていた。どれも歓迎のそれではない。
実のところ、これは毎度のことだ。
俺が属していた『金色の冒険譚』が街で最大のクランであるがゆえの弊害だ。
早い話が『金色』に仕事を奪われた同業のひがみが、俺に集中しているのだ。
最大規模のクランだけあって、この街の重要依頼は『金色』がほぼ独占している。
だがそれは、限りある依頼というパイを同業から奪うに等しい。
そして『金色』の中で最も知名度が高いのが俺だった。もちろん悪い意味で。
膨れ上がった『金色』への不満の矛先が俺に集中するのは半ば必然だった。
「――納得できねぇ」
同業からの恨みがましい目にも、昨日までなら耐えられた。
俺は『金色』の結成メンバーであるという事実が、確かな誇りで拠り所だった。
しかし、俺はもう『金色』ではない。
なのにどうしてそんな目で見られなきゃいけないんだ。
そう思って目を落とすと、左手の手首にはめた鈍色の腕輪が見えた。
「依頼、受けなきゃな……」
俺への蔑みの目を無視して、俺はギルドに入る。
クランを追い出されても俺は冒険者。まずは依頼を受けなければ。
と、思ったのに――、
「……受けられる依頼が、ない?」
「はい、ありません」
カウンター越しに立っている女性ギルド職員のリィシアがきっぱりと告げる。
「これまであなたが依頼を受けられたのは、『金色の冒険譚』所属だったからです。レントさん個人の能力では、信用度も低すぎますのでお仕事をお任せできません」
「な、その言い方……」
俺が『金色』を追い出されたことが、もう、ギルドまで伝わってるのか!?
「ギルドからは以上です。ご了承ください」
固まっている俺の前で、リィシアが事務的に頭を下げてくる。
すると、背後から盛大な笑い声がした。
「オイオイ、あの失敗賢者、ついに『金色』をクビになったってよ!」
驚いて振り返れば、周りにいた同業が、全員俺を見て派手に笑っている。
「『金色』も面倒見切れなくなったってか、マジかよ、チョーウケるわ!」
「失敗賢者のくせしてこれまで散々デカイ顔しやがってよ!」
うるさい。俺は、デカイ顔なんてしたことは一度もない。
「スゲェよ、あんた。ギルドが認めた無能なんて、俺、初めて見た!」
うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。
前世が何だ。俺は、そんなモンを自慢したことなんて、ない!
「「「ヒャハハハハハハハハハ! 無能! 失敗賢者! 役立たず!」」」
「……くっ!」
堪えきれず、俺はギルドを飛び出した。
俺を嘲る幾つもの笑いが、耳の奥にいつまでも残って、反響し続けた。
全ての視線が、俺を責め立てている。そんな風に感じた。
人の多い大通りから、誰もいない裏路地へ。俺は逃げた。逃げ続けた。
「はぁっ、はぁ……、はぁ!」
そして呼吸を乱しながら、メチャクチャに走り続けて――、
「う、ぐっ!」
足をもつれさせて、道端に転んだ。
細くて狭い道で、俺はしばし、全身に走る痛みに悶えた。
「……何だってんだよ、ちくしょう」
全身泥まみれになって、俺は壁に寄りかかって座り込む。
頭の中はグチャグチャで、立ち上がることさえ億劫になっていた。
クランからも、ギルドからも見放された。
それは俺の能力不足が原因だ。でも、その能力不足は大賢者が原因だ。
何が、大賢者だ。
やりたいことをやり尽くしてもまだ足りずに転生して、失敗してこの俺だ!
だがそれを恨んでも、結局は自分に跳ね返るだけ。俺には恨める相手すらいない。
「結局、残ったのはこれだけか……」
右手に掴んでいる、開かずのアイテムボックスに目を落とす。
「……あー」
座り込んだまま、俺は空を見上げる。
これから、どうするべきか。
考えようとしても、何も思い浮かばない。俺にはもう何もない。
浮かんだのは、どうして俺は冒険者になったんだっけ、ということ。
どうでもいいことだった。思い出しても何の得にもならない。
だけど俺はそれを理解しつつも考え続け、やがて、懐かしい顔が思い浮かんだ。
「――そうだ、じいちゃんだ」
じいちゃんが、俺に若い頃の自分の話を聞かせてくれたんだ。
俺は、そこに語られるカッコいい冒険者の雄姿に憧れた。それがきっかけだ。
思えば、家族の中でじいちゃんだけは、俺を俺として扱ってくれたっけ。
他の連中はみんな、俺を大賢者の生まれ変わりとしか見ようとしなかったのに。
「悪ィ、じいちゃん。俺、ダメそうだわ」
空を見上げたまま、半笑いになって呟く。
自分が情けなさ過ぎて、今さら涙も出てこない。出るのは呆れ笑いくらいだ。
そうやっていると、じいちゃんとの思い出が次々とよみがえってくる。
とんだ現実逃避。しかし、そうでもしなければ今の俺は自分を保てそうにない。
「ああ、そういえば」
思い出を振り返る中で、ふと、思い出した。
うちの家系に伝えられる秘密の呪文。じいちゃんが最初に教えてくれたものだ。
「何だっけな、あの呪文。確か――」
必死に記憶をほじくり返し、俺は、じいちゃんから教わった呪文を口にする。
パチンッ。
と、音がした。
「…………え?」
音は、俺が右手に掴んでいる開かずのアイテムボックスから聞こえた。
「まさ、か――」
驚愕、そして膨れ上がる期待。
俺はアイテムボックスの蓋を開けようと、留め具に手を伸ばしてみる。
すると、今まで何をやっても開かなかった蓋が、すんなり開いた。
「お、おお……! うおお!」
何故開いたのか、それを考える余裕はなかった。
ただ、何か俺にとって希望となりうるものが入っているかもしれない。
俺がすがれる最後の可能性。それを必死に願いながら、思い切り手を突っ込む。
だが、伸ばした指先に触れるものは何もなく、逆に――、
「え、あ……ッ!?」
な、何だこれ。すげぇ引っ張られる。な、何が、一体……!
「う、あああああああああああああああああああああ――――ッッ!!?」
俺は、アイテムボックスに吸い込まれた。
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