ふたりで。
*お別れ。*
俺は、彼女を強く抱きしめた。
もう動かない腕に痕が残るほど、強く抱きしめた。
燃え尽きて自我がなくなっても、彼女を放したくなかった。
もう、これしかないと思った。
彼女と共に終わるには、これしかないと思った。
早朝、目を覚まして、勝手に彼の給油タンクを拝借した。
部屋から出て、自分の運転してきた車に残っていたガソリンをタンクに詰めた。
ライターは、その辺に落ちていたものを拾った。
まだ使えるのに、勿体無い、と思った。
不思議と、その時は人々の視線が気にならなかった。
きっと、死ぬ事を決意したからだろう。
きっと彼女も、こうだったのだろう。
死を決意してしまえば、何も怖くはなくなるものだ。
今こういう状況になって、初めて解かった気がする。
……彼には、悪い事をしたな。
こんな殺人犯を匿って貰って、あまつさえ殺人を犯させてしまう。
人生今まで、ここまで世話になった人間はいなかっただろう。
……ああ、世話といえば。
両親はどうしてるだろうか。
俺が警察官になった時はすごく喜んでいたっけ。
もう今では、疎遠だったな。
いろいろあって、喧嘩して勘当されたようなモンだった。
一回ちゃんと、謝れば良かったか。
きっと俺達の遺体は、焼けて誰だったか解からなくなるのだろう。
同僚も、先輩も、友達も、両親でさえもきっと、俺が死んだ事なんて知らずに生きていく。
それで良いんだ。
彼には、警察に捕まる所以なんて全く無いのだから。
俺達が見つかれば彼は、殺人犯として追われる事になるだろう。
だから俺達は、身元が解からなくなる程焼け焦げてしまった方が良いのだ。
……身体がだんだん熱くなってきたな。
皮膚が焼けて、爛れ始めた。
激痛に顔を歪め、自分のものとは思いたくない、悲鳴のような声が勝手に溢れる。
ふと、彼女が視界に入った。
穏やかに、目蓋を閉じている。
まるで、安らかに眠っているようだ。
その白い皮膚には、赤黒い火傷が出来ているというのに。
何も言わず、ただただ眠り続けていた。
……ああ、そうか。
もう死んでるんだ、声なんて上げるはずないよな。
今更冷静になって、彼女の死という事実を確かめる。
そして、まだ焼け残っている右手で、コートの上から彼女の大腿に触れた。
……おかしい。
滑るような、いつもの感触ではない。
何か、腫瘍のような感触…。
三日ぶりに、彼女にかけていたコートを取ることにした。
とはいえ、もうすでに大部分が焼け落ちているのだが。
剥ぎ取り、炎の中に投げ捨てる。
二日間、嫌と言うほど見ていた、胸にポッカリ開いた穴。
だが、傷口が、一箇所増えていることに今気付いた。
大腿の肉が……切り取られている……。
真っ白な骨が覗くほど、あるはずの肉と皮膚が綺麗になくなっている。
俺は、ある事件を思い出した。
『ここのところ、世間を騒がせている事件がある。
被害者が全員女性の、連続殺人だ。
三件起きているが、全部、死体の一部が切り取られた形で発見されている。』
――そう。
この間まで、俺が警察官として追いかけていた事件だ。
この事件の被害者の遺体は、もうかれこれ三件確認している。
一件目が腹部、二件目が二の腕、三件目が頬。
このそれぞれが欠落した死体だった。
そして、彼女。
これらの遺体に、似すぎて居ないか……?
そういえば、彼の出してくれた料理は、殆ど肉で出来ていたな。
こんなに振舞わせて申し訳ない、出所は何処なんだ、と訊いたら、彼はただ、誤魔化すように微笑んでいた記憶がある。
ここ三日間、彼が何処かに働きに出た事はなかった。
職がないのに、何故あんなに肉が買えるんだ。
……そういう、事だったのか。
だから彼は、殺人犯の俺を見ても、こんなに冷静だったのだ。
俺は、ただ微笑んだ。
今更、彼が何ものであったって、何の興味も無い。
俺は只、この炎の中息絶えるだけだ。
彼女と共に、終わるだけだ。
それだけ、なんだ――。
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