ふたりと独り。

翌日の昼。


僕は、珍しく陽の昇っている間に目を覚ました。

身体を起こし部屋を見渡すと、彼がリビングに座っていた。

ああそうか人を泊めていたんだと、今更な事を考えながら山根さんに挨拶した。

彼は無表情のまま返し、左手に持っていた給油タンクのようなものを僕にさしだした。


そして、呟く。



「俺を、葬ってくれないか」



気が狂ってしまったのか。

僕は素直に、そう思った。

人を殺めて、自罰感に心を蝕まれてしまったのだろうか。

僕の中には、存在しない感情だ。


だが、左手の給油タンクと、机に乗っているライターを見ると、強ち冗談でもない事が解かる。


焼死。


山根さんは僕に、火をつけてくれと言っているのだ。

おそらく、耐え切れなくなったのだろう。


山根さんは彼女の事を、本当に愛していたのだと思う。


そうでなければ今頃、彼女を何処かへ埋めたり放置したりしているはずだ。

殺してなお、自分の傍に置いておきたいというのは、紛れもない愛、なのだろう。

ここで僕が終止符を打たなければ、誰かに引き離されるまで、二人は共にあるだろう。

昨日、彼が泣いていたのが、いい証拠だ。


愛していなければ、涙など流れない。


僕の想像の域でしかないが、きっと、そうなのだろう。

誰かはこんな感情を、執着、と形容するかもしれない。

だが、愛故に、人を殺めてしまう事だって、無くもないのではないか。


こういう感情には、共感できる。



僕は、冷静に、彼に言葉をかける。



「いつ、何処でですか」



山根さんは、狂ったように微笑んだ。

それが僕の見た、彼の最初の笑顔だった。

そして、引き攣った唇が僅かに開いて、言葉を紡ぎ出した。



「……今から、ついて来て貰えるかい?」



彼が僕を連れて行ったのは、町の外れにある廃墟のビルだった。

コンクリートと鉄骨しか見えない、なんとも空虚な場所だ。

いつの間にこんな場所を知ったのか、彼は。

きっと、殺人犯である自分の死に場所には丁度いい、なんて思ったのだろう。


山根さんは、左手に持っていた給油タンクの蓋を開けると、自分と彼女の身体に勢い良くかけた。

彼女は今だ彼のコートを羽織ったままで、静かに眠っていた。

コンクリート臭かった空間に、一気にガソリンの香りが充満する。


彼は一度僕の方を見た。

その無機質な表情は、死を決意した人間に相応しいものだった。

彼の視線に、右手のライターを翳すと、彼はそのまま頷いた。

そして彼女を、本当に愛しそうに抱きすくめた。


口元は彼女の髪に隠れて見えなかったが、彼は言葉を発した。

声がコンクリートに反射して、この空間に響き渡る。



「巻き込んで済まなかった……有難う」



僕は、ライターに火をつけた。


右手で、ライターを彼らの前に投げる。


ガソリンに着火すると、すぐに炎は広がった。


山根さんともう起きる事も無い彼女を、みるみるうちに覆っていく。


きっと彼は、今炎の中で、笑っているのだ。


僕は、すぐにその場所を後にした。


彼の、人のものではないような悲鳴を聞きながら。



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