『XXXX町』
*“もう独り”。 *
二日前の事だ。
この町に、新たな客人が訪れたのは。
銀色の自動車に乗った、カップルと思しき二人組みだ。
女は寝ており、男の眼は少しばかり血走っているように見えた。
僕は、停車している車に近寄り、彼らに声をかけたのだ。
話では、行く宛てもないらしいので、僕のマンションに来ないか、と促してみた。
すると、すんなり了解が下りたので、そのままマンションに案内する事にした。
「有難う御座います……見ず知らずの人間なのに……」
「いえ……気にする事はありませんよ。人間持ちつ持たれつですから」
僕は、出来るだけ優しそうな笑顔を浮かべながら、二日前からの居候の彼に言った。
彼は、山根さんと言うらしい。
前住んでいた場所に戻れなくなったと言っていた。
それ以上は、何も言わなかった。
なので、僕も、それ以上は何も聞かなかった。
依然、山根さんが連れて来た女は眠ったままだった。
それどころか、彼女の顔からは生気は感じられず、肌も血の巡りが無いかのように青白い。
寝息を立てているはずの口は数ミリの隙間もなく閉じられている。
呼吸をしているか確認できる、肝心の腹部はコートで覆われていて、その厚みの所為で微かな上下運動なんて見えるはずもなかった。
二日間見ていたら、さすがに気付く。
この人は、死んでいるのではないだろうか―。
「すみません…貴方には…話した方が良さそうな事が…」
ふと山根さんが、眼をやや伏せながら僕に言った。
本当に、申し訳なさそうな表情だった。
その謝罪は僕だけに向けられているのではなく、世の中の全てに対し向けられているように感じた。
僕は彼から少しだけ視線を外しながら、笑顔を意識して作る。
そして、ゆっくりと、彼を追い詰めるように、言葉を吐いた。
「――彼女、とっくに息絶えているんじゃないですか?」
山根さんは、酷く驚いたように、涙を溢しそうになりながら瞳を見開いた。
気付いてないとでも思っていたのだろうか。
あさはかだ。
人間が死ぬという事を体験したのは、初めてだったのだろうか。
その驚いた山根さんに、僕は言葉を投げかける。
「死体になっても傍に置いているというのは……そんなに愛してたんですか?彼女」
彼は悲しそうに眼を伏せ、違う、違うんだ、と何度も呟いた。
その表情は痛々しく、自責の念が、彼の背後から窺えるようだった。
何故そこまで自分を責める必要がある。
気が付くと僕は、この二人について、興味深々になっていた。
止めの、一言を吐く。
「まさか……殺したんですか?」
辺りを包む、静寂。
窓の外は陽が射しているというのに、この空間だけやけに肌寒い気がした。
僕らの間だけ、違う空気が流れている。
そう、感じた。
彼は何も言わず、ただ涙を流しながら、静かに頷いた。
僕は、彼を少しでも安心させるように、一言、呟いた。
「大丈夫です……通報なんてしませんよ…人殺しを見るのは慣れてます」
山根さんは胸を撫で下ろしたように、表情を緩めた。
やはり捕まりたくなかったようだ、当然の考えだが。
人を一人殺すという事に、それ程罪悪感を感じるのか。
きっと初犯だったのだろう。
初めて人を殺したのだろう、彼は。
人は、殺しを重ねる事によって、罪悪感を払拭するらしい。
犯罪心理に詳しい訳ではないが、様々なニュースで唱えられている。
もはやこれは、一般論だ。
だが、もう彼は誰も殺さないだろう。
いや、きっと、誰も殺せないだろう。
彼の表情には、恐怖がありありと映し出されていた。
勿論捕まる恐怖もあるが、それよりも誰かに手を下してしまったという事実に対し、怯えているように見える。
殺すという行為自体に恐れをなしているなら、もうきっと誰にも手は出せまい。
すなわち、事実を明かした僕を、始末する可能性は低い。
ならば、もう僕が気にする事はなにもない。
「……疲れているでしょう?心身共に…食事持ってきますから、少し眠られては?」
僕は料理を始めるために台所へ向かう。
その場を立つと、彼が、有難う、とだけ告げた。
詳しい理由を聞かなかった、僕に対しての感謝の意だろう。
これで、僕は、実行しやすくなった。
二日前、初めて彼女を見たとき思いついた、僕の計画を。
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