彼女との門出。
とりあえず、自分の衣服に血痕が付かないよう、彼女の死体に触れないまま、胸部から溢れ出る血液が雨で洗われるのを待った。
幸い、俺のコートには血液は付着していない。
近くにあった屋根の下で、ゆっくりと腰を下ろした。
長い間、彼女の死体を見ながら、雨宿りをしていた。
とりあえず、彼女にはこのコートをかけよう。
後部座席やトランクに隠すより、助手席で眠っている事にした方がかえって安全かもしれない。
拳銃は、捨てるより所持し続けるのが賢明だな。
警察官な訳だし、下手に捨てて見つかるよりは自分の近くに置いておきたい。
移動手段は、車でいいだろう。
それにしても、こんな誰も来ない所で、良かった。
殺人犯は、殺す度、こんな心理状態になるのだろうか。
とりあえず、鑑識の手順を思い出し、それの一つ一つに引っ掛からないように証拠を消そうと考え込んだ。
つい昨日までは、俺が追う側だったのに。
こんなことばかり頭を過ぎる自分に嫌気がさした。
だが、これからどうするかは、とても重要だと思った。
やはり、俺の手で撃ってしまったとしても、捕まりたくはない。
殺人犯の末路は、よく知っている。
俺は、ああはなりたくない。
とにかく、こんな場所にずっと居る訳にはいかない。
確か車に、この辺の地図が積んであったはずだ。
それを見ながら、何処へ行くべきか考えようと思った。
俺達が遊園地を出るまでに、二日かかった。
こんな辺鄙な場所でも、誰かが来る可能性がゼロという訳ではない。
世の中には、廃墟マニアや、肝試し目的にこういう場所を訪れる若者も居るらしい。
そんな人々の目に触れてはならない光景だ、これは。
しかし、二日間ずっと、起きて見張っている訳にもいかなかった。
これから車を走らせ続ける可能性もあるし、何より体力的にもたない。
だから、あえて日の昇っている間に眠り、夜間は目を開いて死体の近辺を監視していた。
そういう類の人間の頭の中を想像できる訳ではないが、自分なりに考えた結果、暗闇の中の方が良いのだろうという結論に辿り着いたからだ。
ずっと降り続けた雨も手伝って、二日で彼女の血液は完全に流れ出した。
もっとかかると腹を括っていたのだが、意外と早く済んだ。
おかげで誰にも見つからず、ここを出る事が出来た。
幸運、過ぎる気がした。
とりあえず彼女を助手席へ座らせ、着ていたコートを彼女の身体にかける。
傷口だけは、隠せるように。
彼女が死んだ瞬間瞳を閉じていてくれて、本当に良かった。
そうでなければ今頃、顔の筋肉が硬直して、瞳を見開いたままだった。
さすがに、硬直した筋肉を動かす程の力は、俺は持っては居ない。
ハンドルの前に置いていた地図を手に取り、ペラペラとめくった。
いつもなら彼女に、今日は何処にしようか、なんて聞いていたのだが。
生憎、彼女は眠っている。
二度と、目を覚ます事はない。
今まで決めた事のなかったデートの行き先に、俺は少し戸惑っていた。
そういえば、ずっと彼女にまかせっきりだったな。
俺から何処か行こうなんて、言った事無かったっけな。
こうなる前に、一度位俺から誘ってやるべきだったな。
今更になって、そんな事が脳裏を過ぎる。
とにもかくにも、行く先を決めなければどうにもならない。
地図のページを行ったり来たりしながら、俺は人の少なそうな場所を探した。
ガソリンが切れる可能性もある。
俺には、死体を乗せたままでガソリンスタンドに御世話になる勇気はなかった。
できるだけ、この山の近辺にしないとな。
ふと、あるページの地名が目に入った。
『××××町』。
たまにニュースなどで耳に入る名前だ。
少し前までは栄えていたらしいが、今ではスラム街のように寂れているという。
煩い程に賑わっていた商店街も今はシャッターがかかり、店は二度と再開される事はない。
おまけに、それで職を失った人々が、四六時中町をさ迷い歩き、窃盗や万引きは勿論のこと、ごく稀にではあるが、人命に係わるような犯罪も起こすらしい。
以前なら敬遠したいような町だが、今の俺には丁度いいと思った。
周りが皆犯罪者だと思うと、なんだか安心感さえ湧いてくる。
それに、いろいろと遠慮する必要もなくなる。
とりあえず、そこまで車を走らせる事にした。
下山してから、約一時間ほどの場所だ。
ガソリンも、なんとかもつだろう。
そこでいろいろ調達したら、また場所を移せばいい。
そんな事を考えながら、俺は車のキーを回した。
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