ふたりぼっち。
『ワタシヲ殺シテヨ』
彼女の、口癖だった言葉だ。
付き合って二年以上経っていたが、逢う度彼女はこの言葉を吐いていた。
俺は、この彼女の癖を、特に気に留めていなかった。
むしろ、彼女なりの甘えなのだと、可愛さを感じていた。
まさか、本気で言っているなんて、思わなかった。
今日も、彼女と逢っていた。
二週間位、俺の仕事が忙しくて、逢えていなかった。
ここのところ、世間を騒がせている事件がある。
被害者が全員女性の、連続殺人だ。
三件起きているが、全部、死体の一部が切り取られた形で発見されている。
俺は、警察官として、この事件の捜査に当たっていた。
今も犯人は逃走中、今日も、奴の住居と思しき場所に立ち入った。
だが犯人どころか、手懸りさえ見つからず、次からどう動くべきか、たった今、議論されているところだろう。
俺は待ち合わせに遅れないよう、先輩に頼んでなんとか会議を抜けさせてもらった。
何せ二週間ぶりの恋人との再会だ。
俺も逢いたかったし、彼女も、きっと、逢いたいと思ってくれていただろう。
俺が、いけなかったのかもしれない。
支給されていた拳銃を持ったまま、彼女と逢った。
車を二時間ほど走らせると、その遊園地に着いた。
寂れた雰囲気、包み込む静寂。
ただ雨粒が落ちる音だけが、この空間に音を与えていた。
錆びた門を乗り越え入園すると、そこは以前の面影も無い、不気味な空間だった。
まだ営業している頃、俺は彼女と一度だけ、ここを訪れた事があった。
その頃にあった、人の群れとか、風船を配る着ぐるみとか、気分を盛り上げる軽快で可愛らしい音楽とか、子供たちの楽しそうな声とか。
そういったものは、何一つ聴こえてこない。
沢山あった乗り物にはシートがかけられ、ただ、それを打つ雨音だけが響き渡っていた。
少し奥にあった、動く素振りも見せないメリーゴウランドなんて、馬の身体が錆び付いて、薄っすらと茶色掛かっているのが、職業柄か血痕のように見えて、異常に気味が悪い。
そんな乗り物の間を歩きながら、一番奥の観覧車の前まで来た時。
彼女がふと、俺に言った。
「拳銃持ってるよね…見せてくれない?」
持っている事を見抜かれていた。
少し驚いたが、彼女が願うならと思い、俺は懐から拳銃を取り出した。
さすがに手渡す事は出来ないので、俺が右手で持ったまま、彼女に触れさせようとした。
それが、いけなかったのだ。
彼女は銃口を自分の胸に押し当て、拳銃を強く握った。
俺の手を離れないよう固定し、もう片手で、指を引き金にかかるよう動かした。
ハンマーがあがる。
俺は慌てて左手で彼女の手を振り解こうとした。
だが、彼女の力は意外に強く、振り解く事は出来なかった。
まるで、彼女の強い決心が、彼女の手に力を与えているように。
彼女は、俺を見上げた。
その光の差し込まない瞳は、恍惚をありありと映し出していた。
今まで見たことのない、心底幸福そうな笑顔。
ああ、彼女は嬉しいんだと、訳の解からない納得をしてしまった。
「殺して」
その悦びに引き攣った唇から、幾度と無くこの言葉が零れた。
とても、笑顔で言う言葉ではない。
だが、最期を覚悟した人間はこうなってしまうものなんだろう、とも思えた。
とにかく、ここまでの出来事で、俺の脳内も狂い始めていた事は確かだ。
そして、彼女は、瞳を伏せながら、幸せそうにこう言った。
「巻き込んで御免ね……有難う」
指に力が入った。
轟音。
飛び散る彼女の血。
彼女の胸に、大きな穴が開いた。
反動で後ろに転んだ。
起き上がり、すぐ前に視線を移すと、赤黒い液体が俺に迫り来るのが見えた。
すぐに立って、液体の流れ出している箇所へ向かう。
彼女が、倒れている。
さながら、現場か、ドラマを見ているようだ。
こんな死体なら、何度か見た事はあった。
だが、自分の身辺の人間がそこに居たのは、初めてだった。
ましてや、俺が手を下した人間なんて―。
俺の指は、雨に濡れながら、初めて引いた引き金の重さに震えていた。
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