マンホールに祈る

蒼井どんぐり

プロローグ

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 最近、巷でよく聞く「マンホールの巡礼者」をご存知だろうか。都内を中心によく見かけると、SNSでも話題の現象だ。

 街中にあるマンホールの上、そこにじっと立つ人々。道を挟み、別の路地を見ても同じように立っていたり、同時に立っている人を見かけることもある。その異様な姿、事象が話題となっている。

 SNSに投稿された動画をみると、彼らはそっと耳をすませ、往々にして恍惚な表情を浮かべて、どこかここではない場所を見ているような目をしている。

 ある動画では、深夜の繁華街だろうか、マンホールに立つ男性を警察が引っ張っている様子が撮影されていた。終電を逃した酔っぱらいと思われたのだろう。引っ張られる男性は頑なにマンホールの上から離れない。まるで、マンホールの先が崖になっているかのように恐れ、腰を下ろし、その場所から動こうとしない。ただ耳を防ぎ、理解できないような言葉を大声で叫んでいた。


 その動画が投稿され、シェアされたことが、多く人々に「マンホールの巡礼者」が知られるきっかけになった。特に若者たちの間では、その異様な姿と身近なマンホールに何か得体の知れない出来事に接しているという興味から、もっぱら噂されることになった。

 しまいには、「マンホールに祈ろう」なんて言葉を掲げ、実際に同じようにマンホールの上に立つ若者たちまで現れ始めた。


「いや、マジで一回やって見て欲しいって! すごいんだって!」

「でも、本当あの声を聞いた時はビビった」

「私ゾクゾクしちゃって。またマンホールに祈ってみようかな」


 地元の街中に見つけた各々のマンホールに立ち、耳を塞ぐ若者たちの声。次第にそんな言葉や感想が投稿されるようになった。しかし、一様に、何を聞いて、何を見たのか。その体験の詳細を書き込むものはいない。


 地下と繋がる道を防ぐ蓋、そのマンホールの上に立ち、恍惚な表情を浮かべる若者たち。彼らが一体何を体験しているのか。


 それを確かめる術はきっと、彼ら巡礼者と同じように、そこに立ち、耳を澄ませて祈るしかないのだろうか。

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