絆創膏と保湿クリーム

広瀬弘樹

絆創膏と保湿クリーム

 三月の冷えと乾燥は身にこたえるものだ。

「つっう……」

 右手人差し指に出来たささくれを無意識にいじってしまったらしい。血こそ出てはいないが真皮近くまで剥けた肌は小さな点でも十分に痛い。どうせ家事は続くんだから絆創膏と保湿クリームでも買うかとだだっ広い郊外のドラッグストアをうろつきながら思った。

 29才、家事手伝い。お肌の潤いが年々無くなっていくのを感じる香住は心もささくれていた。

 甘え上手で要領のいい妹と比べられまくった子供時代。こんな家出て行ってやると奮起して都会の大学に入りそれなりに充実した日々を送るもなんとか勝ち取った内定はブラック企業で数年経たずにメンタルに深刻なダメージを受けて結局実家で療養する羽目に。

「――!!!」

 くたびれた中年男性がなんでたばこの種類が少ないんだと喚く声に香住の心臓が凍り付く。療養中とはお題目でしかなく、日々年老いていく両親の世話に神経をすり減らしていた。

「私が何したって言うのよ……」

 欲しかったのは普通の生活だ。適度に褒められて、適当に満たされて、些細な不満を娯楽でカバーして、良い感じに家庭を作る。

 実家で持てなかったそういうのが欲しかっただけなのに仕事では理不尽に怒鳴られ、奴隷のように私生活まで拘束されてやっとブラック企業から逃げたと思ったら実家に連れ戻されて処方された薬が多すぎるだの、結婚に支障が出るだのと文句を言われ続けている。

 対して妹は上司に可愛がられてその縁でお見合い結婚して第一子を妊娠中だ。白馬の王子様なんて信じていなかったがこれはもうあんまりだろう。

 ふらふらと保湿剤のコーナーに行きつくと目に入ったのは丸い青い缶とその関連商品だった。

「おばあちゃんだけは私の味方だったなぁ」

 怪我をした時には真っ先に絆創膏で手当てしてくれ、冬になると青い缶からたっぷりと保湿クリームを手に塗ってくれた祖母の少しだけ乾いた堅い手の感触を思い出す。香住が十になるかならないかの時分に亡くなってしまったが祖母の存在は確かに香住のよりどころだった。

「ローションタイプは顔にも使えるんだ……」

 安いしこれくらいのケアしても罰は当たらないだろうとカゴに青いビンを放り込む。あの時の絆創膏はまだ販売しているだろうか。無くなっているのか、それとも変化しているのか。

 少しだけいつもの買い物が楽しくなった香住だった。

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