第3話 恋人からではなく友達から

「はい、どうぞ」


「ありがとうございます」


 スーパーを出ると自分用で買ったものの中から卵パックを取り出し、彼女に渡した。


「萩原さんも一人暮らしのようですが、料理できるのですか?」


「まぁ、少しだけ……レパートリー少ないから飽きてたまにこうしてスーパーで出来上がったおかずを買うけど」


 レパートリーが少ないなら増やしたらどうなんだと思うかもしれないが、最近は、料理することがめんどくさくなってきている。だから買うことが多い。自分で作った方が安いだろうけど。


「なるほど。アレルギーはありますか?」


「ないけど……」


「そうですか。ちなみに今日食べる予定のものは何ですか?」


 白鷺は俺の何が知りたいんだと聞きたくなったが、彼女に聞かれたことを先に答える。


「お刺身だけだ。ご飯は家で炊いているからな」


「お刺身ですか、わかりました。同じマンションですし、一緒に帰りませんか?」


 白鷺といたら変な噂が流れそうだが、マンションはすぐそこだ。誰かに見られることはないだろう。


 コクりと頷くと白鷺は、マンションへ歩きだすので俺は遅れて歩きだし彼女の隣に並ぶ。


 すると、彼女は、小さく笑い、こちらを見て微笑んだ。


「萩原さんは優しいですね」


「ん?」


 急に優しいと言われて俺はそう思われるようなことをしただろうかと過去を振り返ってみる。


「あなたは無意識にしていることかもしれませんが、私の歩幅に合わせてくれています」


「……一緒に帰るって言ったからな。スタスタ帰るわけには行かない」


「ふふっ、ナンパを助けてくれたことも含め本当にお優しい方です。お付き合いなされてる人はいるのですか?」


 お付き合いしてるかどうかの話。まだ初めて話して数日しか経っていない。


 お互い知らないことだらけでお弁当もらったり、クッキー上げたりと俺と白鷺は何か仲良くなるための順序を飛ばしているんじゃないか。


「いないよ。白鷺は、モテてるし彼氏いるんじゃないの?」


 いるのが当然のように聞いてみると白鷺は驚くような表情をした。


「私がですか? 私もいませんよ。モテている自覚はありますが、モテてるからと言って彼氏がいるとは限りません」 


「モテてる自覚あるんだな」


「いろんな人に告白されていますから嫌でも自覚しますよ」


 噂では聞いていたが、白鷺は同級生から先輩といろんな人から告白されているらしい。だが、告白が成功したという話は聞いたことがない。


 しばらく何を話せばいいのかわからず沈黙続き、そしてマンションに着いた。


 だが、彼女はマンションのエントランスには入らず足を止めて、こちらを向いた。


「もうマンションに着いてしまいました。私はまだ萩原さんといたかったというのに」


 白鷺は、ボソッと小さく呟いたが俺には聞こえなかった。


「何か言った?」


「いえ、何も言ってませんよ」


 気のせいかと思い、彼女がマンションの中に入っていくので続いて俺も入る。


 5階で降りると白鷺は、「ではまた」と一言言ってすぐに家に入った。


(また……か)


 もしかしたらと思いながら俺も家に入る。そして、そのもしかしたらという予感は当たっていた。


 白鷺が来たのは夕方頃。夕食を食べようとしていたところに彼女は、きゅうりの酢の物が少し入った容器を持ってやって来た。


「お裾分けです。お刺身と一緒に食べてください」


「おぉ、そのきゅうりのやつ好き。もらっていいのか?」


「えぇ、どうぞ」


 このきゅうりの酢の物ってよく給食に出てたんだよなぁ。おじゃこと一緒に食べたらもっと美味しい。


 受け取ってどう食べようかと考えていると、白鷺にふにふにと頬をつつかれた。


(えっと、これは……)


「あの、白鷺? 触っても何も出ないぞ」


「わかってます。ふにふにで気持ちいいですね」


 彼女は、ふにゃりとした表情をして俺の頬をふにふにし続ける。


 悪い気は全くしなかった。彼女の天使のような笑顔を近くで見ることができたから。


「白鷺」


 ふにふにとしていたが、彼女は名前を呼ばれて手を止めた。


「はい、何ですか?」


「お弁当とかこう今日ももらったしお礼がしたい。何かして欲しいことはあるか?」


 もらってばかりではダメなので彼女に直接お礼は何がいいのかと聞くことにした。


「して欲しいこと……お付き合いはダメですかね?」

「ダメじゃ……いや、えっ、お付き合い?」

 

 お付き合いってどっちだ。買い物に付き合え!みたいな意味か交際という意味か。


「はい、交際という意味のお付き合いです。私、萩原さんのことが知りたくて知りたくてたまらないのです」


「知りたいから俺と付き合いたいの? 好きだからじゃなくて?」


「好きなんでしょうか……? わかりませんが、友達では萩原さんのこと全て知ることができません。恋人でしたら知ることができます」


 そう、なのか? 友達でも相手のことを知ることができると思うが。


「ちょっとストップだ白鷺。俺のことを知りたいと言ってくれるのは嬉しいが、恋人は急すぎる。友達からじゃダメなのか?」


 俺と白鷺が初めて話してからまだ1週間も経っていない。それで急に恋人は早すぎる。


「そうですね、急でした。お友達になってくれませんか?」


 そう言ってふわりと微笑んだ彼女は右手を俺の前に差し出す。


 手にはきゅうりの酢の物が入った容器があるので片手でそれを持ち空いた手で差し出された彼女の手を握った。


「俺で良ければ」





***




 今日の夕食は、ご飯、お刺身とお味噌汁、そして白鷺からもらったきゅうりの酢の物だ。


 きゅうりの酢の物を口にすると美味しくて口から漏れた。


「うまっ……」


 おじゃこもいいが、ワカメとかでもいいよな。まぁ、今日はお味噌汁にワカメが入っているのでまた今度。


 このきゅうりの酢の物、美味しかったし、入れ物を返すときに作り方を聞いてみよう。


 それとやっぱ『友達になる』じゃお弁当とは釣り合わないよな。彼女に何かプレゼントでもした方がいい気がする。


 白鷺は、何が好きなんだろうか。女子だから可愛いものがいいかな。ぬいぐるみとか。いや、子どもっぽいかな。


 一人で考えるのもいいが、参考程度に紬に聞いてみよう。


「あっ、紬? 女子がもらって嬉しいものなんだが……」








 

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