第2話 涙目な彼女

 今日も白鷺さんの作ってくれたお弁当はとても美味しかった。

 

 成績優秀、スポーツ万能の上に料理もできるのか。本当に凄いな。


 昼食後、教室を出ると隣の教室から出てきた人とぶつかりそうになった。


「あっ、ごめん」

「こちらこそすみません」


 謝り、ぶつかりそうになった相手の顔を見ると白鷺だった。

 

 お弁当、美味しかったと伝えたかったが、白鷺は、謝ってすぐに立ち去っていった。


(お礼はお弁当箱を返すときでいいか)


 


 夕方頃、また俺は、お弁当箱を持って彼女の家に行った。


 インターフォンを押してしばらくすると彼女は出てきた。


 そう言えば昨日はあまり見ていなかったが、白鷺の私服姿は初めて見る。


「お弁当、美味しかった。ありがと」


「全て食べてくれたのですね。嬉しいです」


 お弁当箱を受け取ると白鷺は、嬉しそうに微笑んだ。


 そうだ、気になるからあのハート型の海苔について聞いてみよう。


「白鷺、ご飯の上に乗っていた海苔なんだが、何でハートなのか聞いてもいいか?」


「か、可愛く作ってみただけです。特に意味はないので気にしないでください」


「そ、そう……」


 少しの沈黙。お弁当を返すことができたので帰ろうとすると白鷺が口を開いた。


「あの、萩原さん。少し頼みたいことがあるのですが、聞いてもらえませんか?」


「頼み?」


 お弁当を作ってもらったんだ。お礼として白鷺の頼みを聞こう。


「はい、頼みです。家に虫さんがいるので退治してほしいのです」


「虫? 家に?」


「はい……先ほど掃除をしていたところ遭遇してしまいまして」


 虫は怖くないので白鷺のお願いは聞いてやれるが、問題がある。虫は家の中にいるので俺は、彼女の家に入らなければならない。


「家に入ってもいいのか?」


 家はプライベートに踏み込むような感じがして入ってほしくないと思う人がいる。ましてや同性ではなく異性が入ってくるのはもっと嫌だと思う。


「いいですよ。ですが、何をしでかすかわからないので私はあなたを監視します」


「は、はぁ……」


 俺は女子の家で何かしそうな奴に見えるのだろうか。


 彼女の家に入ると俺は、キッチンへと案内された。どうやらこのキッチンに虫がいるらしい。


(女子の家だからかドキドキするな……)


「どこで見たんだ?」


 下にしゃがみこみ、後ろで隠れる白鷺へ尋ねる。全くそんな感じはしないが、白鷺は虫が苦手なようでキッチンから離れた部屋から出てこない。


「そ、その奥です……Gさんと呼ばれる虫さんがいます……」


(ゴキブリか……あっ、いたわ)


 キッチンから白鷺の方へ移動していくところで殺虫剤をかけた。後はまぁ、いろいろやって袋が欲しいと思い、彼女に声をかける。


「白鷺、何か袋は───ちょ、白鷺さん!?」

「む、無理です、動けません!」


 いつの間にか俺の背中へ移動していた白鷺は、背中にピタッとくっついてきた。


 何かとは言わないが、背中に柔らかいふにゅとしたものが当たっている。


「しっ、白鷺は動かなくていいから、袋がどこにあるか教えてくれないか?」


「ふ、袋は、そこにあります」


「あっ、これか。ありがと」


 動かなくなったゴキブリを袋に入れてしっかりと封をした。


「もう大丈夫だぞ」


 いとこによくやっているように彼女の頭を優しく撫でる。すると、涙目で白鷺は、プイッと横を向く。


「こ、子どもじゃありませんし大丈夫です」


「涙目になってるけど……」


「泣いてません……。虫さん退治、ありがとうございます。どうぞ、お帰りください」


「あっ、うん。お邪魔しました」


 初めて女子の家に訪問したのだが、ただ虫を退治しただけで終わった。入った瞬間のドキドキはなんだったんだ。





***





「またもらってしまった……」


 翌朝もまた白鷺からお弁当を受け取った。虫退治のお礼らしい。


 今日も美味しそうなお弁当だ。ハートの海苔に可愛いタコさんウインナー。そして今日は前とは違ってご飯がハート型になっている。


「今日もかっわいい~。昴が作るわけないし誰に作ってもらってるの?」


 紬はまたお弁当箱を覗き込み、俺に聞いてきた。


 ここで白鷺の名前を出したらいろいろと誤解されそうだ。


「隣人に」


「隣人に……仲いいんだ?」


「仲いいというか虫退治のお礼としてもらっただけだ」


 俺の隣人が白鷺であることは誰もしらない。紬も優太も。


 秘密にしているつもりはないが、話したらめんどくさいことになる予感しかしない。


「へぇ~。そう言えば、最近1組のあの白鷺さんに好きな人ができたらしいよ」


 紬から白鷺という名前が出てきて俺は、ドキッとした。


 白鷺はこの学校では有名人で、男女共に人気だ。だからクラスが違っていても彼女のことを知らない人はおそらくいない。


「それ、どこ情報なの?」


 そう紬に聞いたのは優太だ。委員会の仕事があったらしく遅れてお弁当を食べ始める。


「お隣のクラスの友達から聞いたの。昨日、ある男子が告白したら白鷺さん、『好きな人がいるからごめんなさい』って言ったらしいの。今まで好きな人がいるからなんて言ったことないのに」


 放って置いてあげるべきなのではないかと俺は思う。確かに白鷺に好きな人ができたらざわつく男子は多いかもしれないが、白鷺も迷惑だと思うかもしれない。


「誰だろうね、同じ学校かな」


「さぁ……」


「昴は、白鷺さんのこと興味なし?」


 卵焼きを食べようとすると優太が聞いてきた。


「ないよ。綺麗な人だなとは思うけど」


 近くで見て白鷺が噂通り綺麗で美人さんであることはわかった。


「わかる、綺麗な人だよね。一度でいいから話してみたいなぁ」


 学校での白鷺は皆の憧れのような存在。声をかけるのには勇気がいるらしい。





***





 放課後、夕食を作るための食料を買うためにスーパーへ寄った。すると、卵パックを手に取る白鷺がいた。


 彼女は、俺のことに気付くとうっすらと微笑み、手招きしてきた。


「あっ、萩原さん、いいところに」


 何だろうと思い、彼女の方へ行くと卵パックを手渡された。


「えっ?」


「お金は渡しますので買って欲しいです」


 そう言った彼女は卵パックお一人様1パックと書かれた張り紙を指差した。


「なるほど、わかった」


 お弁当を作ったお礼ということにして、買いに行こう。それにしても白鷺は一人暮らしのはずなのに2パックも必要なのだろうか。


 




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