第四十二話
「また会うことになると思ってた」
「クジラは、世界に残された自浄作用。私たち武身族(アーマード)は、クジラに異変が生じたときにそれを除く役割を持つ」
「かつてこの世界に瘴気を撒いたのは武身族(アーマード)。だけど、それはワタシたちの意志ではない」
「かつて、武身族(アーマード)の国に魔王と呼ばれる王がいた。魔王は、様々な種族が入り乱れるこの世界を武身族(アーマード)の支配下に置くことを企んでいた。そのために地上を死の世界に変え、生き残った種族はドラゴンに乗ってクジラと呼ばれる七つの島へと生き延びた。少なくとも、ワタシ達にはそう伝えられている」
「魔王はすべての島を掌握し、他の種族の技術や能力を利用して巨大な軍事国家を作ることを目的としていた。だけど、クジラに逃げ込んだ一部の武身族(アーマード)を含む七つの種族によって結成された連合軍により世界の果てに追い詰められ、討たれた。今はその残党が死の世界となった地上のどこかで国家再建のために牙を研いでいるとか」
つまり、命の木の根元に意味ありげに観測器を仕込んでたのは、その調査のためってわけか。
「ワタシ達の目的は、地上を取り戻すこと。
「そして、俺たちはてめえの親父を引き抜きに来た連合軍の使いってわけだ」
「魔王の手が伸びているのは地上だけじゃねえ。他の国でも魔王の復活がらみで何らかの異変が起きてるんだよ。こっちとしては一刻も早く戦力を集めて魔王討伐に動きたいところだが、異変の解決にかかりきりになってるわけだ」
「ここは他の国から隔離された、通称存在しない八番目(ロスト・エイト)。世界に七つ存在すると言われるクジラの八番目だ。他の国はこの国の十数倍は広く、物資や人の流入が多い分魔王の手のかかった者が紛れ込みやすいってわけだ。連合軍は少数精鋭でな。少しでも多くの協力者が必要だ」
「アナタに、協力を頼みたい」
「なんで俺なんだよ。世界は広いんだろ? 俺より強い奴だって山ほどいるはずだ」
「まさかお前、スコールの奴から知らされてねえのか?」
「スコールは、天空の竜騎士の末裔だ。もちろん、その息子であるお前もな。そして、天空の竜騎士の一族は、世界のために戦う責務がある」
「俺が、天空の竜騎士の末裔……?」
「お前たちが協力してくれる必要はねえんだが、地上に戦える人間がいるってなると都合がよくねえ。魔王軍は今、世界中から戦力を集めている。仮にてめえらが魔王の手下になるようなことがあったら、面倒なことになるからな」
「言っとくが、坊主に拒否権はねえ。島を人質にとるからな。たとえ逃げても、地獄の底まで追いかけまわしてやるよ」
「えらく買われたみたいだな」
「お嬢が認めた男だ。この島に坊主以上の竜騎士はいねえだろうよ。他所者だっつったら町中がてめえの自慢話ばかりしやがる」
「選べ。俺たちと戦うか、俺たちと共に戦うか」
この数日で嫌というほどわかった。戦うってのは、大変で、怖いことだ。命を落とすかもしれない。俺が死ぬだけならまだしも、俺の選択で、ジェシーや皆が命を落とすかもしれない。ヤナギの口ぶりから、俺の身柄だけで許してもらうわけにもいかなそうだ。
「ま、いきなりそんな選択を迫るのも酷か」
口を開こうとすると、ヤナギに遮られた。
「二か月後、またここに来る。その時に答えを聞こう。それまでに束の間の平和を楽しむもよし。どこか遠くに逃げるもよしだ。ま、傭兵の国の科学力なら三日で居場所を突き止めるがな」
ここが落としどころってことか。周りの人間を納得させるための。最初から、答えなんか聞いてない。
「誤解のないように言っておくと、ワタシに脅す意図はない。だけど、事態は切迫している。賢明な判断をしてほしい」
「世界のために戦うのが一族の責務なんだろ。どうせ世界一のドラゴンライダーになるためには戦う必要があるなら、答えは決まってる」
「流石天空の竜騎士。肝が据わってるわね」
「アナタならそう言うと思っていた」
「サクラ」
「……なに」
「これ、返さないといけない物だろ?」
「そう。ワタシのだいじなもの。だから、傭兵の国に返しに来て。あなたに必要な物だから」
良く分からなかった。俺にとって必要な物なのに、傭兵の国に返しに行く必要がある?
ヤナギの方を見ると、皮肉気に肩をすくめた。薄々感じてたけど、言葉が足りないタイプのお姫様らしい。
「他の国では、統治されている領域とそうでない領域がある。魔物がはびこる未統治領域では、アナタの卓越した射撃能力が武器になる」
葉柄の国まで、こいつを使ってたどり着けってわけか。
「ワタシとモミジは傭兵の国に戻る。魔導飛空艇」
「行っちまったな」
「なんだ……? 銃が急に震えて……」
「これは……着信音」
『ワタシからの
その夜は、シズクとジェシーを合わせて五人で食事をすることになった。父さんはヤナギと話があるらしく、
俺の好物の香草焼や、ジェシーやユリの好物の焼き菓子が並んだテーブルを前に、アカネは葡萄酒を片手に出来上がっていた。
「私はシチューを作りますね」
「私も手伝います。材料を入れて混ぜるだけなら、やってることは調合と変わりません」
「ありがとうございます。ここに置いてあるもの以外は入れないでくださいね?」
同い年のはずなのに、どこか姉妹みたいだった。
「シズクのやつ、すっかりユリの扱いに慣れてきたな」
「彼女は大人だな。ユリと一つしか変わらないのに」
「ま、ユリが少し子供っぽいってのもあるけどな」
「ユリがそう振舞うようになったのはここ最近だ。君が来てからユリはよく笑うようになった」
「それにしても、アカネは何も言わないんだな」
「まあ、こういう時間も必要なんだろう。ユリにも、私にも。今まで落ち着ける時間なんてなかったからな」
確かに、島を出てからの数日間は気が遠くなるほどいろいろなことをした気がする。
「常に危険や不安と隣り合わせでは心まで病んでしまう。実際、村の人間は荒んでいただろう」
「確かにな」
「だが、これからはいつ襲ってくるかもわからない魔物に怯える必要もない。もちろん、病の危険からも解放される。これもすべて君たちのおかげだ」
「俺はただ、シズクの病気を治したかっただけだ」
そう、すべてはそこから始まった。
「それにしても、また戦うことにならなくてよかったな」
「私たちがいるからでしょう。警戒させないために私たちを同伴させたというわけです」
「そういうことだったのか!」
「まあ、そんな配慮もレインには関係なかったようだがな」
「やっぱり、私たちがいないとだめですね」
「悪かったな。苦手なんだよ、考えることとか駆け引きとか」
「別に気にする必要はないですよ。私たちがいますから。そういう物でしょう、仲間とは」
「私にだって武術の心得がある。ひたむきに剣と向き合うあの男の姿勢も尊敬に値しよう。しかし、私には戦士としての誇りはあれど、武人としての矜持は無い。戦わなくて済むなら、それが一番だと思っている」
「だがな、レイン。君が行くと言うなら、私は君の剣となろう。君はもうすでに、私が命を賭けて守るに値する存在だ。当然、ジェシーも……ユリ、君もだ」
「私は……まだ、やることがあるので」
そうだ、ユリには次の戦いがある。地上から雨雲病を根絶するっていう、一番大事な戦いが。
「そうだな。明日にでも村に帰ろう。私たちの戦いは、これからだ」
「いろいろと世話になったな。
「ほら、帰るぞ」
「いやです!」
「ぐえっ!」
すごい勢いでユリの頭が鳩尾にめり込んだ。
「帰りたくありません。私はもっとクジラの上を調べて回るんです」
「迷惑を掛けるな、ユリ。夢はいつか覚めるから夢なんだ。ほら、行くぞ」
「ちょっとユリ手を放せ……俺まで連れてかれる」
「ではな、レイン。また会おう」
「ああ。いつかまた、地上に行くよ」
「約束ですからね」
「いい友達を持ったな」
「父さんもそう思うか?」
「別れを惜しんでくれる友達はいい友達だ」
「ユリの場合、ほんとにクジラの上を探索したかっただけだと思うけどな」
「そういうところは、昔の俺にそっくりだな」
「何せ、空の上の辺鄙な島だ。別れるときは死ぬときだけ。だからこそ、レインにそんな友達ができたことがうれしくてしかたない」
「俺にもそんな友達がいたんだ。たくさん冒険して、たくさん笑って、たくさん泣いて。一緒に成長した分だけ絆を深め合った」
「だけど、二十年近く前に今生の別れを済ませてきたんだ。ヤナギもそのうちの一人だったんだが、情けない形での再会になっちまった」
「レインとシズクのおかげさ。鳶が竜を生んだってのはこのことだろうな。お前もシズクも、素直ないい子に育ってくれた」
「ジェシーを連れてきた時は驚いたんだ。飛竜はよほどのことがない限り人には懐かない。そのことを知らなくても、飛竜に近づこうとする人間はいない。ドラゴンの王族だからな」
「俺は、怪我してるドラゴンがいたから助けようと思っただけなんだけどな。世界一のドラゴンライダーになるのが夢だったから」
「今でも、世界一のドラゴンライダーになりたいか」
「ああ」
「島を出て分かっただろ。世界は広いぞ」
「知ってるよ。だからこそ、世界の全部を見てみたいんだ」
「わかった。なら、この弓をお前に託そう」
「これは、父さんの大弓!」
「かつて、天空の竜騎士が使っていた弓だ。魔力を籠めて矢を放てば、はるか遠く空まで届く」
「なんでそんなものが」
「この弓は、天空の竜騎士の家系に代々伝わる家宝だ。天空の竜騎士の家系は、この弓を代々守っていく責務がある。いつか、才能ある竜騎士に託すために」
だから父さんは危険だって言われてる島の外に行ったことがあるのか。
「行ってこい、レイン。世界の果てへ」
「でも、シズクは」
「私のことは気にしないでください」
「世界の果てをめぐって、聞かせてください。世界一のドラゴンライダーのたどった、冒険の軌跡を」
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