第四十話

「シズクさんの診察が終わりました」

「どうだった?」

「端的に言うと、かなり危篤な状態です。肺炎だけでなく、痣が体内にまで浸食をはじめ、数日で呼吸器系に転移、壊死する危険性がある」

 診療所のおっちゃんよりもずっと詳しい診察だ。

「シズクは助かるのか?」

「肺炎の病原菌を除く薬を投与しましたが、命の花を使わないと根本的な治療は不可能ですね。仮に肺炎が良くなっても、雨雲病が治らないといつかまた再発します」

「ですが、私は必ず雨雲病の特効薬を開発する。それだけは約束します」

「ありがとう。シズクのために」

「これは私のためです。雨雲病の薬がないと、碌にクジラの上を探索できませんから」

「薬を調合したいのですが、機材と場所を借りれないでしょうか」

「それなら学校の実験室がいいんじゃないか? 薬品や実験の道具が置いてあるはずだ」

「そういえば、学校に連れて行ってくれる約束でしたね」

 そんな思い出したように言わなくても、反対なんかしないのにな。ただ、短いようで長い間一緒にいて、ユリの事は少しだけわかるようになってきた。我が強いって言われてるけど、それはそう振舞ってるだけ。本当は、これでも精一杯意思表示してるんだ。あの時、ユリの必死の頼みに首を縦に触れなかった分、ここではなんでもするつもりだ。

「なら、この機会に行ってみるか」

「はい!」

 花が咲くように笑った。

§

 その後は、ユリと一緒にシスターに会うため学校へ行った。最初は俺の話を聞いて子供が夢で起こった話を聞いてるみたいだって言ってたけど、ユリの分かりやすい説明と説得の甲斐あって、実験室を使わせてくれることになった。それだけじゃなく、ユリが学校に通う許可まで取ってくれた。きっと、熱意があるユリの存在がうれしかったんだと思う。

 結局、全部がユリの思い通りになった。最終的には、俺はユリに言いくるめられてたのかもしれない。だけど、不思議と嫌な気持ちはしなかった。目的は一致しているし、何より大好きな仲間が生き生きしてるのを見るのがうれしいっていう気持ちの方がずっと大きかった。

 ユリが学校に通い始めてから三日。シズクの看病や心配してた皆への説明で飛び回ってたけど、ようやく時間ができた。意外だったのは、ほとんどの知り合いが俺のことを心配してたことだ。自分では気づかなかったけど、島を出る前の俺はどこか焦ってるみたいに見えたらしい。

 実験室を覗くと、フラスコとにらめっこしてるユリの姿があった。

「どうだ、学校は」

 俺の存在に気付いていたのか、ユリはこっちを振り返りもせずに悪態をついた。

「もう学校で勉強することはあまりないですね。良くも悪くも、広く知識が浸透するための施設と言ったところでしょうか。今ではもっぱら図書館で資料を漁っています」

「ユリはぶれないな」

 確かに学校はあくまで行きたい奴が行く場所だからな。生まれてから一度も学校に行かない奴もいるし、友達と話すために割と大きくなっても顔を出す奴もいる。いつ行き始めてもいつ顔を出さなくなっても関係ない。自分の好きなように。

「私の事は別にいいんです。今はシズクさんの病気を治すことが優先ですから。シズクさんが完治するまでは通うつもりです」


「ユリと会えてよかった。多分、俺だけだったら地上で野垂れ死んでたと思う」


「確かにレインさんは普通の人間です。私のように魔術が使えるわけでもなければ、アカネさんのように武術を極めているわけでもない。ジェシーさんのように大空を飛べるわけでもない」

 そんなのわかってる。俺にできることはそんなに多くない。

「でも、思うんです。あなたは普通の人間であるにも関わらず、私やアカネさんを含む村の人間が一生かかっても成し遂げられないであろうことを成し遂げて見せた。そして、命がけで成し遂げようとするからこそ、周りの人間が惹かれていく。私たちになくてあなたにあるもの。それは、人間としての魅力だとか、そういう物じゃないでしょうか」

「そんなのユリやアカネにだってあるだろ」

 俺はアカネのように強くないし、ユリのように賢くない。だったら、俺には命を賭けるくらいしかない。

 ユリは驚いたような顔を浮かべたかと思えば、可笑しそうに笑った。

「まったく、そういうところですよ」

 村を出てから、ユリはよく笑うようになった。素直にうれしいと思う。俺は、大好きな人たちに笑ってほしくて地上に出たから。

「また失礼なこと考えてますね」

「さあな」

「それよりも、いい報せです」

「先ほど、治験用のラットが完治しました。薬は完成です」

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