第三十八話 ハイランド・アイランド
「これが、異変の元凶。瘴気の主とでも言うべきでしょうか。水面を固め、その上に擬態する。これでは潮が吹けないのも納得です」
「はっ、すべて斬り落とせば良いわけだ。先ほどの戦闘よりずいぶん温い!」
アカネは首元まで飛び上がり下から剣を振り上げる。しかし、守護者と戦った時みたいに硬質な音を立ててはじかれた。そのままジェシーの背中に着地する。
「く、硬いな! 青銅の剣では刃が通らない」
「頭部の水晶を狙ってください! おそらく、あそこが弱点です!」
矢が対象に引き寄せられていくイメージ。思い切り引き絞り、三本一気に解き放つ。三本の矢がガラス玉のような部分に突き刺さる寸前、鮮明なイメージにノイズが走る。
「体の周囲に風を纏っているようですね。風の鎧の間隙を縫って硬質な水晶を打ち抜くことは至難です」
「いや、違う。一流の弓使いなら、強風の中でも矢を当てられる。実際、ジェシーの上からでも狙いを外したことはない。それなのに……」
手が震えたんだ。地上に降りるとき、魔物に向かって矢を放ったのが逆効果になってジェシーに怪我をさせた。あの時の事が脳裏をよぎった瞬間、弓を引く力が抜けたんだ。
「落ち着いてください。あなたなら大丈夫です」
「サクラという女が押し付けてきたそれ、拳銃じゃないですか?」
「押し付けたって……一応、すごく大事なものみたいだったけど」
「そう、とてもだいじなものです。どうしてこんなものをあの女が持っているのか……」
「持ち主の魔力を使って弾丸を打ち出す武器です。宝玉の部分に魔力を込めると、秘められた力を引き出すことができる。天空の竜騎士がそれぞれの国から賜ったといわれる
つまり、いろんな人種の国がある中で、それぞれの技術を結集した伝説の武器ってことか。
「黒色火弾(ブラックバレット)!」
石の身体が抉れるほどの威力。しかし、あまり効いていないみたいだった。
「何か、他に使えそうな素材は無いですか」
「そんなこと言われても、他には何もないぞ」
「弾丸のような形をした物なら使えるはずです」
弾丸……シズク……涙……。
「竜の……泪!」
ドラゴンが成体になるときに分泌される、エネルギーの結晶体。
「ユリ。もらったペンダント、使わせてもらうぞ」
「今はなりふり構っていられません。竜の泪なら触媒として申し分ないでしょう」
風の鎧に穴をあけた。そのままど真ん中の眉間を貫いた。
吹き荒れる風が止む。
「アカネさん! 今です!」
「はっ、相変わらず人使いが荒いな!」
今までで一番高く飛び上がり、眉間の水晶に剣を突き立てた。
「私も準備が完了しました。最大火力をぶつけます」
クジラの内壁から白い光の粒があふれ出し、杖の先端に集まっていく。瘴気の主の鼻先に出現した白い魔術陣に向かって杖を掲げた。
「巨岩穿つ光の剛弓」
一瞬、真っ白な光が視界を覆った。次の瞬間、爆発音が響く。少し遅れて爆風が辺りを包み込み、煙が吹き飛んだ。
「これで全部だな!」
「まだです! まだ、魔力の反応が消えていません!」
まるで光に向かって手を伸ばしているように。
暖かい感触が二つ、肩を掴む。振り返ると、ユリとアカネが片手を肩に乗せていた。
二人の身体に淡い光が宿ったかと思えば、白い光が二つの手を伝って俺の中に流れ込んでくる。まるで、胸の中の不安や恐怖が、前に進むための力に塗り替えられていくみたいだ。
前を向くと、二つの腕がより強く肩を掴んだ。
「私たちの魔力をあなたに託します。撃ち抜いてください」
「ああ。この峠を越えれば全てが終わる。だから、全てを出しつくせ!」
そうだ、あの時と違って、俺には仲間がいる。戦うための力がある。確かに、あの時魔物に打ち込んだ弾丸は蛮勇の表れだった。それはある意味の拒絶で、逃避で、とても前に進むための物じゃない。だけど、今この手に、銃口に宿ってるのは前に進むための力。勇気そのものだ。
二人の手から流れ込む暖かな光が腕を伝い、銃口の先に集まっていく。
誰かに言われた。俺の取柄は勇気だけだって。確かにそうかもしれない。だけど、自分より強い魔物に立ち向かうアカネの背中に教わった。勇気はいつか、道を切り開く剣になる!
「これが、俺たちの力だ!」
三人の力がこもった弾丸は、白い螺旋を描きながら硬い体を貫いた。体全体に亀裂が入り、内側から白い光があふれ出す。
内側から弾け飛んだ。
「やったか!」
皮を剥いで筋肉をむき出しにしたまま蠢いている。
「なんというしぶとさだ!」
「流石に……っ、魔力を使いすぎました。もう……火の粉も出せません」
『大丈夫。今度はボクの番だ。ボクだってもう、戦える』
『
撃ち落とされた肉ダルマは湖の底に沈んでいった。
「地震でしょうか」
「上空でそんなものがあるわけない。これは……」
そう言えば、雨が降る前はいつも大地が揺れていた。これはいわば初期微動。つまり、この揺れの正体は……。
「潮だ!」
アカネが叫ぶのと同時。地面の揺れに合わせて水面が一気に上昇し始め、遥か湖の底から湧き出る水の流れが、力の奔流が水面を突き破る。
「うおぉぉおっ!」
何かが崩れるような轟音と共に、視界が、全身が、世界が水しぶきに包まれた。
次の瞬間には空に昇っている時の浮遊感と共に空に放り出されていた。
真下に広がる故郷の景色。空を覆う水しぶきに、花吹雪。水しぶきの雨に陽光が反射して、島の端から端を大きな虹が繋いでいた。まるで絵にかいたような、いや、たとえ絵でも、こんな幻想的な景色を表現できるはずがない。
「なんて言ってる場合じゃないな」
見とれてる間に、空がどんどん遠く、逆に、大地がどんどん近づいていく。
空は、ドラゴンライダーの土俵だ。思い切り指笛を吹くと、真下に白いドラゴン――ジェシーが滑り込む。
「ジェシー!」
『二人を探そう。まだ落下してるはずだ』
「アカネ!」
アカネは手を握り返し、そのままの勢いですぐ後ろにまたがった。
「ユリがいたぞ!」
「放心してやがる」
「あのままでは受け身も取れまい。急降下するぞ」
姿勢制御できてもこの高さで受け身は無理だろ普通。冗談なのか本気なのかもわからないセリフだけど、早く拾わないと危険なことに変わりはない。
風を切り裂いて急降下。意識を手放したユリの真下に滑り込む。流線形のジェシーの身体は、急降下するときに一番のスピードが出る。それは、大きくなっても変わらない。
両手を空に向けるようにして背中から落下するユリに向かって手を伸ばすと、ローブに包まれた華奢な身体が吸い込まれるように腕の中に滑り込む。あんな高いところから落ちてきたのに、小柄なユリの体は驚くほどに軽かった。
「ユリ!」
「ダメだ、目を覚まさない」
少し遅れて、花びらのように風に揺られながら三角帽がユリの顔を隠した。
顔の上に落ちてきた三角帽をかぶりなおす。
「レイン……さん? 一体何が」
「ようこそ、俺の故郷に!」
潮吹き山の真上から見下ろすと、島の全てが目に入る。
そんな世界を、陽光を乱反射する水しぶきと命の花の花吹雪が彩っていた。十八年間も暮らしてきた島なのに、いつもより何倍も新鮮で、懐かしくて、綺麗だ。
ユリとアカネの方を見ると、目の前の光景に言葉を失っているみたいだった。
「これが、天上の世界」
「
ハイランド・アイランドか。良い名前だな。
「いい加減離してくれませんか?」
「ああ、悪い」
「……がとう、ございます」
「どうした?」
「なんでもないです」
「それより、水しぶきと一緒に飛び散ったこの花びらって」
「ええ。この白い花弁こそが、命の花の花弁です」
「急いで集めないと」
「こんな時のために、用意があります。命の花は手で触れれば灰になってしまうほどに繊細な花ですが、手を触れずに物を動かすのは魔術師にとっては容易なことです」
これは確か、瘴気の泉から組んできた虹色の水。
「空に向かって掲げてください」
ユリが空をかき混ぜるたびに、ふわ、ふわり。命の花の花吹雪が、渦を巻きながら瓶の中に吸い込まれていく」
「燦燦たる命の螺旋……とでも言うべきでしょうか。実際は風を操る名もない魔術ですが、終幕の演出にはちょうどいいでしょう」
命の花は手で触れたら消えるほど繊細だって言っていた。ユリは出発する前からこの状況を予想して準備してたんだ。
「なあ、ユリ」
「わかっています。妹さんのところに行くんでしょう? どうせ診ることになるんですし、挨拶は早い方がいいでしょう」
「悪いな」
「構いませんよ。もともと、雨雲病の根絶は私達の悲願でしたから」
「その代わり……全部が終わったら、島を案内してもらいますからね」
「ああ、約束だからな」
「街はあっちの方に見えるが」
流石の視力だな。ここから街まで何キロあると思ってるんだ。
「俺はシズクと一緒に森の中で暮らしてるんだ。普段は近くで作物を育ててたり、野草を採ったりして生活してる。たまに獣や鳥を狩ったりしてるな」
「だから薬草や野草に詳しかったんですね」
「弓が達者だったのにも納得だな。流石天空の竜騎士だ」
「俺は御伽噺の主人公なんかじゃない。ただのドラゴンライダーだ」
「確かに今までは大仰な呼び名だったかもしれない。だが、君は成し遂げたじゃないか。天空の竜騎士にも負けない偉業を。少なくとも、私達にとっては御伽噺の登場人物ではなく、君こそが天空の竜騎士だ。そうだろう、ユリ」
「いえ。まだ、戦いは終わってませんから。本当の闘いはここからです」
「そうだな」
この戦いをレースで例えるなら、まだ一周目が終わったところだ。一週目のゴールは、二周目のスタートになる。あと何周すればいいのかは分からないけど、今は前を向いてひたすら飛ぶだけだ。
「傭兵の国から来たという三人組の動向も気になるところだ。彼らを野放しにしていれば、いずれ村を襲撃に来るかもしれない。何か目的があって私たちの邪魔をしていたことは分かるが」
「まあ、今は気にする必要もないでしょう。傭兵の国はこの島から見て最果てに位置していたはずです。彼らが部隊を編成して戻ってくるまでに数か月はかかる」
「そうだな。どうせ大部隊で攻め入られては太刀打ちできないのなら、考えても仕方がない」
アカネの言ってることはもっともだけど、そうすんなり割り切れそうにない。俺には戦いのことは分からない。だけど、サクラたちがただの悪人には見えなかった。
彼らの目的は分からなかったけど、なんだか、また会うことになる気がする。
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