第三十七話
「……ここだけ、壁や床の感じが違うな」
サクラを追うように飛び込んだ先には、石を切り出したような灰色の地面が広がっていた。岩肌の凹凸を鳴らしたような地面の質感は、洞窟というよりも、人工物。漆喰やセメントでできたアカネの拠点によく似た質感だ。
天井に開いた小さな穴から、陽の光が差し込んでいる。
「あれが……命の花」
そして、そんな微かな日の光が、一輪の花を照らしていた。石の大地を突き破って咲いた小さく儚い花は、まるで命そのものだった。
『レイン! 下がって!』
痺れるくらいの衝撃が空気越しに伝わってくる。まともに食らったら間違いなく死ぬ。
機械仕掛けのごつい靴から炎を噴出して着地する。
「……高いところから登場するのが好きなのはお互い同じみたいだな」
「話をするつもりはない。命の花には触れさせない」
「どうして邪魔するんだよ」
「ワタシの役目は、ここを守ること。何人たりとも奥には行かせない」
会話に集中させて動きを止めようとしても、対話に応じる相手じゃないらしい。だけど、会話は気を逸らすための撒き餌でもある。
「飛竜……!
ジェシーは意趣返しとばかりに拳で岩盤を打ち砕いた。
「ワタシはもう、油断しない。まずは数を減らす」
一直線にこっちを狙ってきやがった。両足と背中の噴出口から思い切り火を噴いて、ジェシーの最高速度に匹敵する速さでの突撃。鉄パイプの攻撃どころか、正面衝突するだけで即死。もはや小柄な少女じゃなく、ジェシー以上の速度で飛び回り、体中から火を噴く大型のドラゴンと思った方がよさそうだ。
「レイン!」
愛用のパチンコを取り出し、黒色火種をつがえる。目前に迫る死に、足が震えて止まらない。外したら即死。だけど、無風の洞窟内の上、姿勢制御の効かない空中で外す道理はない。そう自分に言い聞かせ、パチンコを引き絞る。
標的は秒速百メートル。クジラの体内は無風。傷つける必要はない。狙うは……鉄パイプ!
「温い。殺意を籠めて打ち込まないと、ワタシは止められない」
軽い音と共に弾け飛んだ。どこを狙っても鉄パイプに阻まれる。飛び道具では止められないと誇示してるみたいだ。だけど、この一瞬が欲しかった。身体能力が人間離れしているサクラならパチンコの向きで弾道を予測するなんて朝飯前だと思う。だけど、視界が完全にふさがった今なら……どんな攻撃も通る!
「麻酔玉!」
ジェシーですら一瞬で眠ってしまうほどの催眠効果を持った花粉だ。これだけの濃度。そして、武身族の恵まれた感覚器官には効果覿面のはず。火薬も少し入ってるけど、我慢してくれ。
「弾丸を……素手で……っ!」
一瞬、頭の中が真っ白になる。むき出しの膝があばらに食い込んでいることに気づいたのは、内臓が飛び出そうな衝撃が走った直後だった。
「ぐあっ!」
「火薬は出ないけど、弾け飛んで」
「レインは、ボクが守る!」
少し遅れて発生した衝撃波によって周囲の煙幕が飛び散った。
「疑問。何故、命を賭けて他人を守る。他人を助けたところで、自分が死んだら意味がない」
「レインは、竜の国を追い出されて行き場を失ったボクを友達にしてくれた。家族にしてくれた。相棒にしてくれた。今度は、命を賭けてボクが守る番だ」
「なら、愛する主と一緒に死んで」
こっちに銃口を向ける。このままなら俺が死ぬ。ジェシーが助けようとしたらジェシーが死ぬ。
どんな時だって、必要なのは自分の腕。ドラゴンは、ライダーが助けるんだ!
「火薬玉!」
大爆風が巻き起こる。
「銃弾を……パチンコで……!」
今度はサクラが目を見開いた。一種の意趣返し。パチンコだけど、文字通り一矢報いることに成功した。
驚愕に目を見開いたその隙を、ジェシーは見逃さなかった。鉱物の地面に足跡が残るほど強く大地を蹴りつけ、サクラの懐に潜り込む。
肥大した拳をむき出しの鳩尾に叩きこんだ。重装備の身体が浮き上がるほどの衝撃。華奢な体が宙を舞い、くの字を描いたまま頭から落下する。直前、落下点で待ち構えていたジェシーがサクラの背中を蹴りつけた。
衝撃が肌を伝うほどの力で蹴りつけられたサクラはアカネたちがいる方向に吹っ飛んでいった。
ジェシーは白い光に包まれて、竜の姿にその身を変えた。
『行くよレイン。二人に加勢する』
「おい!」
『思い切り蹴りつけたけど、手応えは薄い。三対二で勝てるほど
「お嬢! この剣士、なかなかやる。俺とまともにやり合える剣士は初めてだ」
「あの魔術師も、まだ若いながらあたしをしのぐ魔力の持ち主よ。あたしたちだけでは手に余る。助力をお願いするわ」
「こっちも苦戦している。それはムリ」
「マジか……お嬢が苦戦する事態なんて想定外だぜ……っ!」
状況に反して、ヤナギは口角を吊り上げる。反対に、サクラは苦虫を噛み潰したような顔を浮かべていた。
「飛竜の力を甘く見ていた。それに、あの狙撃手もただの雑魚じゃない」
「ほう……」
刺されたと錯覚するくらいに、鋭い視線だった。サクラと同じか、それ以上の風格。二人が警戒する理由が痛いほどにわかる。
「お嬢にその台詞を言わせるたあ大したもんだ。誇っていいぞ、坊主」
「大丈夫か、アカネ」
「かろうじて、と言ったところだ。だが、君の方は……」
「心配すんな。俺は大丈夫だ」
本当は蹴りつけられたところがずきずきと痛む。多分、あばらにひびが入ってる。だけど、今それを言ったところでどうしようもない。
「押してるみたいだな」
「そう見えるのは彼らが同士討ちを繰り返しているからだ。ユリはともかく、私は奴の剣技を防ぐので精一杯だ」
「当然だ。千五百年続く居合術。その当主である俺の剣を受け止めるなんざ、あってはならないことだぜ」
懐から煙草を取り出し、指と指をこすり合わせて火をつける。戦場において余裕を崩さない。
「この空間において最も強いのはあのヤナギという男だ。次いで、サクラと名乗る重装の少女。魔術師であるモミジも見た目に反して老獪だ。目を離すと厄介になる」
「悪かったわね、子供っぽい見た目で。これでもあんたたちよりずっと年上なんだから」
すでに一時休戦の空気が流れていた。
「どうするよお嬢。こいつらをここで仕留めるのは、ちと、現実的じゃねえ」
「私も妖力が尽きかけてるわ」
「一時撤退。国に戻る。部隊を再編成して、地上の集落ごと潰す!」
「
地面に掌大の鉄球を叩きつけると、煙と共に船のような物体に変わる。
「一々かっこいいじゃねえか」
「感心してる暇があったら追いますよ! 彼らに命の花を取られてしまう!」
「わかった! ジェシー!」
「ユリ、掴まれ!」
腕に捕まるようにしてユリが後ろにまたがり、アカネがその後ろに飛び乗った。
「命の花を奪われるくらいなら、ワタシ達がもらっていく」
サクラは船の上から命の花に手を伸ばす。このままじゃ、命の花が取られる。そうしたら、今までのすべてが水の泡だ。思考が加速していくのに反して、周囲の時間がゆっくり流れていくような錯覚が襲う。
「お嬢!」
「ジェシー、早く飛べ!」
「レイン! どうするつもりだ!」
「彼女は敵です。助けたらあなたまで危険に……」
気づけば、サクラを捉えるべく開いたバケモノの口に向かって飛び出していた。
この状況で、敵も味方も関係ない。さっきまであんなに抜け目なかったサクラが、放心しながら自由落下している。あの状態じゃ離脱できない。
数秒後どうなるかは明白だ。そして、そんな未来、実現させるわけにいかない! 早く、そして速く! 取り返しがつかなくなる前に!
機械仕掛けに包まれた細い腕をつかむと、サクラは衝撃に桃色の瞳を見開いた。
直後、右手に掛かった人一人分とは思えないほどの負荷に、思わず手を放しそうになる。機械で武装したサクラの手ごたえは、まるで大岩を持ち上げているみたいだ。
「なぜ、手を離さない。このままなら、オマエまで死ぬ」
離すもんか。ここで手を離したら、人として大事なものまで手放してしまうような気がしたんだ。それに比べたら、サクラの手はずいぶんと軽い。
「……疑問。ワタシはオマエを殺そうとしたのに。それに、オマエはワタシより弱い……どうしてワタシを助けられる」
シズクのために地上に降りてから気づいたんだ。兄だからとか、世界一のドラゴンライダーになるためだとかは関係ない。思えば俺は最初から、ジェシーを助けたあの日から変わってなんかいなかったんだ。なぜなら。
「ただ俺は、目の前の誰にも死んでほしくないだけなんだ」
「この世界では命の価値が砂よりも軽い。そのすべてを救おうとするなんて
「確かに俺は一人じゃ何もできないかもしれない。だけど、ジェシーと……仲間と一緒なら、そんな世界だって変えて見せる! それが世界一のドラゴンライダーだ!」
「純白のドラゴンに乗る騎士。アナタが、天空の竜騎士……」
サクラは目を見開いて俺の顔を見つめると、聞き覚えのある名前をつぶやいた。
「アナタ、名前は」
「レイン」
「その名前、キミが死ぬまで忘れない」
「これは、さっきの」
「使い方は簡単。魔力の篭った鉱石や木の実を込めると、その力を引き出すことができる。もちろん、使用者自身の魔力を込めることも可能。パチンコなんかよりよっぽど高威力」
「どうして俺に」
「ワタシのだいじなもの。いつか必ず返しに来て」
状況がつかめないでいると、サクラは背中の機械から火を噴いて浮かび上がる。
「傭兵の国で待ってる」
そう言って、光の差す天上の穴から煙の尾を引いて消えていった。
「なんだったんだ」
初めて出会った時は殺し合いをしたのに、また会う約束をすることになるとは思わなかった」
「レイン! まだ終わってないぞ!」
「ええ、最後の戦いがまだ残っています」
床全体に亀裂が入り、石でできた地面が崩壊した。
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