第三十六話
「こっから先、てめえらを行かすわけにはいかねえな」
「サムライだ! かっけぇぇえ!」
背中まで伸びる長髪を頭の天辺で結んだ剣士。飄々とした薄ら笑いを浮かべているが、その鋭い眼光はまっすぐこっちを捕らえている。昔読んだ本で見た英雄にそっくりだった。
「一目で俺のカッコよさに気づくとは見る目あるじゃねえか。サインいるかい? 坊主」
「いらないわよ、ヤナギ」
サムライの背後から気が強そうな声が響いた。まるで木の葉のような深緑の瞳と髪の上から
ヤナギと呼ばれたサムライは
「てめえには聞いてねえ、モミジ! 俺はこの坊主に……」
「良いから始末しなさい。それがあたしたちの役目よ」
「……ってわけだ。サインはてめえの身体と記憶に刻んでやるよ」
急に、空気が重くなった。わからないけど、これが恐怖に囚われるって奴だろうか。
「切り捨て御免!」
厚ぼったい服装に反して俊敏な動き。初めて魔物に襲われた時と同じ影が遮った。
「ほう……俺の剣を正面から。お前、名は?」
「アカネ。地上で一番の戦士だ」
「俺の記憶に刻んでおくぜ」
後方に跳躍して距離を取り、納刀する。もう一振りの剣に手を掛ける。
「派手に暴れな、名刀コガラシ」
「剣士にこの技が見切れるかな」
「秘剣――
旋風が吹き抜けた。ヤナギの周りを囲む風は段々と広くなっていき、それに合わせて周囲の地面に爪痕が走る。
「なんだ……これ」
「床が切り刻まれていく」
「皆さん。私の近くへ」
「堅牢なる不可視の障壁」
雨のような斬撃はまさしく
「良い判断だ。剣士にこの技は防げねえ」
「避けなさい、ヤナギ!」
「一騎打ちの邪魔をするな、モミジ!」
「そっちこそ、一騎打ちなんてくだらないこと言うのはやめなさい。サクラ様を退けた相手。油断してると死ぬわよ」
「らしいな。少なくとも、遊んで勝てる相手じゃねえ。俺も認識を改めたぜ」
その言葉とは裏腹に、不敵な笑みを浮かべていた。
「妖魔――火ノ魂」
まずい、今度はユリの方に。一つ二つなら撃ち落とせるけど、この数は撃ち落とせない。
「魔術だか妖術だか知らないが、私の仲間には触れさせない」
火の玉が一つ残らず切り刻まれて地に落ち消えた。
「地上人の割に粋なことするじゃねえか」
「なら、全員まとめてぶっ飛ばす! 妖魔――火達磨」
炎の渦がほどけて消えた。まるで、外側から結び目をほどいたみたいに。その光景に、術を使った本人が一番驚いているように見えた。
「知らないんですか。人間に術を向ける存在は魔物と同じですよ」
「あなたの相手は私です。こちらから一方的に解呪できるのなら楽な相手ですね」
「ユリ!」
「あんたが闇人の術を操る魔術師ね。しかもその杖……命の木の枝。伝説と言われる妖術の触媒じゃない。小娘には過ぎたおもちゃを持ってるわね」
「私の術に耐えうる触媒がこれしかなかっただけです。あと、私の方が大人ですよ。魔術の腕なら言うまでもありません」
「……てめえ、今なんつった?」
何かがブチっとキレる音がした。
緑色の眼と髪が芯から炎のような緋色に染まり出す。
「魔術師ではなく交霊術師(シャーマン)でしたか」
「まずくないか? めちゃくちゃ怒ってるけど」
「安心しろ、あれはおそらくユリの挑発だ。魔術師同士の一対一ならユリに分があるだろう。警戒すべきはむしろヤナギという剣士だ」
「……分かってんじゃねえか」
「ユリは意図的にモミジという魔術師との一対一に持ち込み、私たちは三人であの剣士を相手にできる」
「あんな簡単に乗ってくれるとは思いませんでしたけどね。相手が子供で助かりました」
「あたしはあんたたちより十は年上よ!」
「決めたわヤナギ。あの生意気なガキはあたしがぶっ潰す! 他の三人はあんたがやりなさい」
「言われなくてもそのつもりだ。久しぶりのツワモノにコガラシも喜んでやがる」
俺にできることはせいぜいモミジの術を打ち落とすくらいか。
「レイン! この二人は私たちが引き受けた。君たちは先に行ってくれ!」
「良いんですか、アカネさん。あの男、私たち二人掛かりでも厳しそうですよ」
「気を遣ってくれたのだろうが、その必要はない。あの男が私より強かろうと、格の差は覚悟の差で覆す。それが戦士という物だ!」
「その心意気、気に入ったぜ。全く、最近の若え奴はガッツあるじゃねえか」
「大丈夫なのか?」
「地上で一番の戦士と魔術師がそろっているんだ。私たちが時間を稼ぐから、君は命の花を手に入れて……地上を救ってくれ!」
「勝手に巻き込まないでほしいところですが、それが最善でしょうね」
「行かせねえ」
「秘剣――弧嵐(コガラシ)」
白い光を放つ斬撃が石の地面を水面のように切り裂いて
「アカネ!」
アカネは立ちふさがった。
『冷静になって』
「でも、アカネが」
『何か伝えようとしてるはずだよ』
口を開いて、何か伝えようとしてる。
「命の花……!」
『命の花があれば、アカネ達に何かあったとしても助けられる。今は命の花が最優先。だから、アカネも身を挺してボク達を先に行かせたんだ。この勝負は、どれだけの傷を負っても最初に命の花を手に入れれば勝ち。そういうレースだ』
「わかってる」
レースだったら負けない。いや、負けられない!
「ジェシー! 速く飛べ!」
「妖魔――火ノ魂!」
『魔術が来るよ、レイン!』
「任せろ」
「黒色火種(ブラックシード)!」
煙は身を隠す蓑に、炎は侵入を防ぐ壁に。相手が魔物じゃないなら、いくらでも対処できる。
洞窟の最奥に突っ込んだ。
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