第三十五話

「なあ、本当にこっちの道で合ってるのか?」

「わざわざ匂いを偽装するとは考えづらいです。おそらく彼女だけが知っている近道でしょう」

「ジェシーが羽ばたける広さは無さそうだな」

 この間までならともかく、今のジェシーは十人で乗っても大丈夫なゆったりサイズだからな。速くなった分小回りが利かなくなるのはよくあることだし、仕方ないか。

「ゆったりサイズ……」

「レイン、ドラゴンは人の心を読み取るって言ってなかったか」

「大人の飛竜は主人の考えていることが分かるようですね。失礼な事を考えても筒抜けですよ」

 なんだか女子陣の視線が痛い。

「しかし、確実に目的地へつながっている近道です。他の道は迷路のように入り組んでいますし、消耗を避けるためにも何とかしてここを通っていきたいところです」


「向こうの方になんかあるぞ」

「乗り物の類でしょうか」

「機械の……船?」

「ドラゴンが居ればそんなの必要ないだろ」

「彼らはドラゴンに嫌われています。だからこそ、ドラゴンの力を借りずに空を飛べるように技術を発展させたと言われています。これに乗っていけば穴の中を通れそうですね」

「しかし、動かし方は分かるのか?」

「少し待ってください。外部に何か入力する装置があります」

 側面に指先くらいのボタンが並んだ石板がある。縦に四列、横に三列。弄り始めたかと思えば、数秒もしないうちに起動した。

「動きましたね」

「どうやったんだ?」

「特定の順番でボタンを押せば動くということは一目でわかりました。問題はどのボタンを押せばいいかということですが、それは印字の削れ具合である程度はわかります。あとは何通りかの順番で試すだけ。簡単な仕掛けでしたね」

 さらっと言ってるけど、何を言ってるのかわからない。ただ、目の前でとてつもないことが起こったことは分かる。

「これくらいで驚いていたら保たないぞ? ユリは天才だからな」

「しゃべってる暇があったら手伝ってください。重くて私の力では持ち上がりません」

「やっぱり、そんな風には見えないけどな」

「こういうところも可愛げがあっていい」

「早くしてください。吹き飛ばしますよ?」

 それは機械を、なのか、アカネを、なのか図りかねる言い方だった。脅すような口ぶりからして多分両方だな。アカネは芝居がかったしぐさで肩をすくめた。

「まったく、うちの魔術師様は短気で困る。手伝ってくれるか、ジェシー」

「ん」

 結局、アカネとジェシーが片手でひっくり返した。なんというか、ここまでくると何でもありだな。

 ユリは小走りで機械の方に駆け寄ってのぞき込む。

 楕円形の円盤みたいな形をしていて、その中には操縦桿みたいな物と四つの座席が設置されているだけ。車輪もなければ翼もない。どうやってこんな鉄の塊で移動しているのか皆目見当もつかなかった。

「都合よく四人乗れそうですね」

「ということは、つまり」

「敵は一人ではない可能性が高い。定員通り四人なら楽ですが、乗り物も一台とは限りません」

「それで、どうやって動かすんだよ」

「あなたにお任せします」

「そんなこと言われても、機械の扱いなんか分からないぞ?」

「ですが、飛ぶことに関しては一流です。違いますか?」

「……適材適所ってわけか。人使いが荒いぜ」

 そんな風に煽られたら、島一番のドラゴンライダーとして黙っていられないな。

 見たところ、トロッコのハンドルみたいなところ……操縦桿を動かせば飛べそうだ。操縦席に座り込みハンドルを握って上に向かって引くと、振動とともに機械の船が浮き上がる。

「すごい……音もなく浮き上がりましたね」

 ハンドルを前に傾けると、低い音を立てながら駆け足くらいの速度で進み始める。

「しかし、この速度では追いつくまでに日が暮れてしまうぞ」

「足元のペダルじゃないですか?」

「うおっ!」

 だんだん高くなっていく排気音と共に猛スピードで目の前の穴に引っ張られていく。このままじゃ、みんな一緒に木っ端みじんだ。

 とっさにペダルから足を離すと、そのままゆっくりと減速し始める。感覚はつかみづらいけど、ペダルの力加減とハンドル操作だけでこの複雑な穴の中を進んでいくレース。そう考えたらいける気がする。

「これなら広大なクジラの中でも移動に困りませんね!」

「まったくと言っていいほど音もない。武身族アーマードはこんなものに乗って移動していたのか!」

「もっとスピードは出せないんですか?」

「簡単に言ってくれるけど、めちゃくちゃ難しいぞこれ。ドラゴンと違ってぶつかりそうになっても自分で避けてくれたりしないから、相当気を遣って飛ばないと」

 ペダルの力加減以上にコース取りが重要になってくる

「確かに、この速度でぶつかったら良くて大怪我、運が悪ければ即死ですね」

「遍くを照らす光の導」

 杖の先端が光りだす。まるで松明だけど、それよりもずっと明るい。文字通り、一筋の光明が差す。

「これで少しは視界が開けると思います」

「便利だな、魔術って」

「習得する手間を考えれば割りに合いませんがね」


「待って」

「どうした、ジェシー」

「気配がする。それと……なんだか変な匂い」

「確かに、前方に人影があるな。おそらく二人」

「よく見えるな」

 人影どころか、先が見えないくらいの暗がりだ。魔術の灯りで近くは見えるけど、周りが明るい分だけ遠くの方はむしろ見えづらい。

「戦闘の準備を」

 開けた広場にたどり着いた。

「……ようやく来やがったか。待ちくたびれたぜ」

 大人の男の声が響くと同時、二つの人影が暗がりから姿を現した。

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