第三十四話 桜色の脅威

「……レイン。何があった」

 ユリ先生と楽しい調合実験をしていると、ふと、眠っていたはずのアカネが体を起こした。何も起こってる様子はないけど、アカネに限って寝ぼけてるとは思えない。

「起きたか。まだ休んでていいぞ」

「いや、起こされた」

 起こされたって言っても、俺はユリの指示に従って調合してただけだし、ユリも俺の手元を眺めていただけだ。ただ、緊張感のあるアカネの顔は冗談とは思えなかった。

「遠くで爆発音がした。あっちの方角だ」

 アカネが洞窟の横穴を指差すと、ユリは懐から地図を取り出して検める。

「守り神の間の方向です。やはり、私たち以外にも何者かが侵入しているのでしょうか」


「急げ! 戦いに必要な物だけ持っていくぞ」

「ジェシー!」

「わかってる。みんな、早く乗って」

 ジェシーの身体が白い光に包まれ、ドラゴンの姿に変わる。

「いいのか?」

「今は現場に向かうことが優先です。それに、あれだけの爆発音の後で音を気にする必要もないでしょう」

 要領を得ない回答に、的確な返事が返る。相変わらずの察しの良さが頼もしい。

「わかった。ジェシー、音の鳴る方へ」

 レースの時と同じくらいの速さで飛び上がる。枝分かれした薄暗い洞窟の中なのに、ジェシーには一切の迷いがない。何も見えない暗闇の中を振り落とされそうなほどの速さで進んでるのに、自然と恐怖は感じない。それはきっと、信頼できる仲間がいるからだ。

『……着いたよ』

 洞窟の中でも一際大きな広場で、クジラの中でも重要な場所だということが感覚で分かる。


「機械のバケモノが転がっている」

 状況把握はユリの役目だ。

「誤作動でしょうか……それとも耐用年数の限界……?」

「あるいは……先客がいる」


「……ご明答」

 どこからか声が

 振り返ると、天井から桃色の人影が飛び降りる。着地する直前、両足と背中の機械から火を噴き出して衝撃を相殺した。

「何者だ!」

「それはこっちのセリフ。ここはワタシたちの領域シマ。勝手な侵入は許されない」

「何言ってんだ。ここは俺たちの島だ」

「落ち着いてください。話がややこしくなりますから」


「これは貴様がやったのか。一体なぜ」

「メンテナンス」

「めんて……?」

『現在サーバーメンテナンスを実施中。ユーザーの皆様は速やかにログアウトしてください』


「警告は果たした。殺しても問題……ナシ?」

「殺気……散れ!」

 背中の機械から火を噴いて飛び上がり、さっきまで俺たちがいた場所に腰から提げた棒切れを振り下ろす。それだけで足元の岩盤が砕け散り、床全体に亀裂が走る。

「希少鉱物の内壁が……!」

 細い腕で軽く振り下ろしただけなのに、まるで大ぶりのハンマーで地面をたたいたような衝撃が走る。そして、それだけの威力の攻撃を

 アカネが抜刀し、真正面からその攻撃を受け止める。

「サムライ。新世界では珍しい」

「……硬く、それでいて重い。なんだこの武器は!」

「鉄パイプ。角で殴れば、人も殺せる」

「やってみろ!」

「ヨユー」

 

 身体能力は同等。身のこなしはアカネに分がある。

だけど、力(パワー)が違う。圧倒的な速さから繰り出される圧倒的な腕力。ジェシー以上の怪力だ。とても人間の力とは思えない。

 鉄パイプを振り下ろすと、岩盤が

「まさか、武身族(アーマード)!」

 ユリの言葉に、謎の少女は驚いたような顔を浮かべる。だけど、それも一瞬。すぐに人形、いや、機械のような無表情を張り付けた。

「正解。ご褒美に、まずはオマエから」

 狙いを定めるように両手を掲げる。次の瞬間、全身の武装が火を噴いて舞い上がり、謎の少女の両手を包み込む。何をしようとしてるのかは分からないけど、響き始めた重低音に嫌な冷や汗が背中を伝う。

「銃弾の雨で塵と化せ」

 両手の武装が勢いよく回転し、激しい暴風が巻き起こる。桃色の髪をたなびかせ、初めて敵意をむき出しの表情を浮かべる。このままじゃ、まずい。

 

「武装変形零式――超魔導機関銃マギマティック・ガトリング

「皆さん後ろに」

「下がれレイン! 死ぬぞ!」

 アカネに手を引かれてユリの背後に転がり込むと、ユリが謎の少女に向かって杖を掲げていた。まさか、攻撃するつもりなのか。

 次の瞬間、謎の少女の右手の武装から煙が上がったかと思えば、一筋の光が音を切り裂いて頬をかすめる。

「堅牢なる不可視の障壁!」

 謎の少女の武装から放たれる光の雨が見えない何かに阻まれ、耳元で爆竹を鳴らしたような爆音を響かせる。一粒一粒が人を殺せる威力を持っている。

 次の瞬間、結解全体に亀裂が入る。このままじゃ文字通りのハチの巣だ。

「無駄。その程度の障壁じゃ、私の戦術魔装マギクラフトは止められない。どちらが先に魔力切れを起こすかは自明」

「私に魔力勝負を挑むとはいい度胸ですね……と言いたいところですが、連戦で魔力が限界です。少し早いですが、奥の手を出すとしましょう」

「ユリ、それは」

「大魔導士アイランの魔導書です。彼女の編み出した術式と必要な魔力が封じ込められている。ページを開けば、一度だけ彼女の魔術を借りることができる」

「大魔導士アイランの名において魔導書に命ずる。根源へ通じる扉を開き、清浄なる聖域を顕現せよ」


「二章三節――魔術師殺しの絶対領域サンクチュアリ

「これは、かの天啓の大魔導が編み出した封印術式……アナタ、それをどこで……」

「ユリ!」

「今のうちに、彼女を止めてください。

 欲しかったのは、たった一瞬の隙だった。得体の知れない少女には、まだ俺の手の内は割れてない。意識の外から、パチンコ玉を打ち込めばいい。少しでも動きを止めれば、アカネたちがなんとかしてくれる。

 無垢な無表情に照準を合わせると、桃色の瞳に怯えた自分の顔が映り込んでいた。

「……しまった!」

 咄嗟に、狙いが外れた。パチンコ玉は謎の少女の髪を揺らすだけだった。


「甘い。意識の外から攻撃するなら、回りくどいことをしないで一撃で殺すべき」

「この場で魔力を使用することは禁じられています! 彼女の武装は役に立たないはずです!」

「狙撃手。まずは、オマエから。楽しい時間に水を差した報いは受けてもらう。生憎、ワタシは魔術師と違って魔力がなくても戦える」

「武装変形弐式」

「脳天直下――釘バット!」

「ワタシの攻撃を正面から受け止めた?」

「レインには指一本触れさせない」

「竜神……思ったよりも手強い。厄介」

「相性が悪い。多勢に無勢。逃げるが勝ち。どうせ、先に最深部にたどり着くのはワタシたち。オマエたちじゃ、命の花にありつけない」

 背中の噴出口から炎を吹き出して浮き上がり、そのまま道の先へと消えていった。

空を飛ぶのは、ドラゴンライダーの専売特許だと思っていた。それどころか、岩盤を砕く怪力に、重装備で動き回る身体能力。まるで人間とは思えなかった。


「ユリ。彼女のことを知っているのか」

「あり得ない……彼らは滅んだと言い伝えで……」

「おそらく、彼女は武身族アーマードと呼ばれる一族の末裔です」

武身族アーマード?」

「空の彼方には、高度な文明を発展させた機械仕掛けの国がある。そこには魔物と同等の身体能力に加えて、魔装工学マギクラフトと呼ばれる技術を持った戦闘民族が暮らしている。生まれた時から人間離れした戦闘能力を持つ彼らは武身族(アーマード)、またの名を武人族と呼ばれている」

「高度な文明を持つ一族で、見た目は我々只人と変わりませんが、魔物と同等の身体能力に加えて機械の操作に長けた戦闘民族です」

「それってまさか」

「ええ。地上を死の大地へと変えた張本人です」

 聞いたことがあるような気がする。遠い昔、世界を

「ってことは、クジラの異変もあいつらの仕業ってことか」

「彼らが関わっていることは自明ですね」

「人間じゃないのか?」

「ええ。彼らは人間ではなく武身族。それ以外に必要がありません」

「躊躇なく人を殺そうとするやつらだ。人の皮をかぶった魔物だと思え」

 言い聞かせているように見えた。

「レインさん。もし彼らと接触したら、躊躇はしないでください」

「戦えと言っているわけではない。死にそうになったら、躊躇なく逃げろ。あの時とは違ってジェシーも動ける状態だ」

「アカネとユリはどうするんだよ。ここは空の上だ。戻る手段は」

「なに、村一番の戦士と魔術師だ。何とかするさ」

「いざとなったら切札もありますのでご心配なく」


「いきなり分かれ道かよ」

「これではどちらへ向かったのかわかりませんね。足跡もありませんし」

「あっち」

「逃げた方角が分かるのか?」

「匂いでわかる」


「これはむしろ好機だ。残りの守り神を奴に倒してもらおう」

「だけど、命の花があるところでかち合うことになる」

「ええ。彼女も単身で乗り込んでいるとは限りません」

「同感。どのみち、命の花を手に入れるには戦うしかない。だったら、最短距離で進むべき」


「どうした、レイン」

「何か忘れものですか?」

「いや、これから戦うのかと思うと、ちょっとな」

 魔物だと思えって言われても、人の姿をして人の言葉をしゃべってたらそれはもう人間だ。動物を狩るのは生きるためにしょうがないけど、人に武器を向けるのに躊躇がないと言われたら嘘だ。

「正直な話、手が震えたんだ」

「私だって、初めて魔物と戦った時は手が震えたさ」

「信じられないな」

「足も震えていたかもしれないな。もしかしたら、全身震えていたかもしれない。それも、獣に毛が生えたような小型の魔物にだ」

アカネは勇敢で、誰かを守るためならどんな相手にだって立ち向かっていく姿しか見たことがなかったけど、そんなアカネでも、恐怖心はあるんだ。いや、考えてみれば当然だ。自分より大きくて強い魔物に立ち向かっていくのは、どれだけ怖いだろう。

「私も、初めて魔術を放った時は手が震えました。誰だって、そんなものですよ」

「重要なのは、恐怖に支配されないことです。恐怖は、いとも簡単に人を遠くへ連れていく。連れていかれれば、もう戻ってこれません」

 だけど、それは悪いことばかりじゃない。恐怖は人を遠くへ連れていく。シズクを失う恐怖が俺を外の世界に連れ出したんだ。

「だけど、俺は人間と戦うためにドラゴンライダーになったわけじゃない」

「ジェシーと共に戻るか? どうせ、この上は君の故郷だ」

「私たちだけで命の花を手に入れてもあなたに渡しますので、安心してください。ここまで連れてきていただいただけでも十分です」

 アカネやユリにシズクを助けてもらうのか? ジェシーに、世界一のドラゴンライダーにしてもらうのか? 違うだろ。自分の夢は、自分で叶えるんだ。

「いや、俺も戦う」

「それでこそ天空の竜騎士ですよ」

「やっぱり、バカにしてるだろ」

「人の事を褒めるのは苦手です」

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