第二十五話
「……さて、これで今日の分は終わりだな」
あれから三日。俺とアカネは薬の原料になる泉の水を汲むために村と瘴気の森とを毎日往復していた。ユリの治療の甲斐あって、ジェシーは外からじゃ傷が見えないくらいに回復した。地上に来た時はジェシーも傷を負って一人きりだったけど、どうやら俺は運がいいらしい。初めての場所で、いい仲間と出会えてよかった。
「そう言えば、今日はいつにもましてライダーが熱心だな」
村に着くと、湖の周りをたくさんのドラゴンライダーが飛び回ってるのが目に入る。何をしているのか気になって尋ねると、アカネは人一人分くらいの重さはありそうな壺を抱えたまま涼しい顔で口を開いた。
「ああ、明日は竜騎士祭だからな」
「そう言えば、何十年かに一度のレースがあるって言ってたな」
「分かっていると思うが、そんなものに出ている場合ではないからな」
何気なくつぶやくと、いやそうな表情で睨みつけられた。
「分かってるって。別に、俺だって手当たり次第にレースに出るようなタチじゃない。自分の状況だってよくわかってるつもりだ」
「それなら何よりだ。竜騎士祭が近いからこそ、私は君のことを
だからいつも俺の事を連れ出すときは深夜の時間だったのか。今更ながら、人に見られないようにしていたのにも納得だ。
「……何を言っている。村で一番の竜騎士を決める祭りなんだから、竜騎士はもれなく強制参加だ」
ふと、厳格そうな声が背後で響いた。
声のした方に振り返ると、二つの大柄な人影が立っていた。片方は、見覚えのある槍を持った赤髪の戦士……確か、リンドウだったか。
そして、もう一人は見覚えのないおっちゃんだった。激しく逆立った白髪交じりの赤髪に、厚手の着物の下からでもわかる筋肉の鎧をまとっているかのような太い体。顔中の古傷の中でも特に額と右目の深い傷が印象的な強面は、まるで歴戦の戦士みたいな風格だった。
「知り合いか?」
アカネに尋ねると、ばつの悪そうな顔が返る。まるで悪戯のバレた子供のような。そんな反応されたら、聞かなくてもわかる。このおっさんが、アカネの父親。この村の長ってわけか。
村長はアカネと俺とを見比べて口を開く。
「……リンドウから話は聞いた。この村に来た客人が飛竜を連れているとな。飛竜は村人にとって信仰の対象だ。この村で居候するのなら、対価として竜騎士祭には出場してもらう」
「レインには私やユリの仕事を手伝ってもらっている。少なくとも、村一番の竜騎士という評判にかまけて自分の仕事をおろそかにしている誰かよりはよほど村に貢献していると思うが」
アカネが村長の背後に視線を送ると、リンドウは知らん顔して肩をすくめた。
家族のはずなのに、とても仲がいいようには見えないな。
俺の視線に気づいたのか、村長のおっさんはため息を吐いた。
「ここからは村長としてではなく、父親としての理由だ。お前はその者と共に雲の上を目指すつもりらしいな」
アカネは頷いた。そこまで知られてるなら、隠す必要はないってことか。その反応に、村長はため息を吐いた。
「私にはお前を止めるつもりはない。私も村長として、皆の病を治したいと思っている。しかし、親としてどこの馬の骨とも知れぬ男にアカネを任せるわけにもいかないのも事実。この里で一番の竜騎士であることを証明してもらう」
少なくとも、リンドウみたいに話の通じない奴ってわけでもなさそうだ。
「しかし、彼のドラゴンはここに来る際にけがを……「いや、俺もジェシーも鈍ってたところだ。リハビリにはちょうどいい」
レースだったら負けたことがない。ジェシーなら本調子じゃなくても負けることはないという確信があった。
「なるほど、天空の竜騎士というのも嘘ではないらしい。存分に竜騎士祭を盛り上げていってくれ」
村長のおっちゃんが豪快に頷いて踵を返すと、リンドウは不機嫌そうに村長の後を追うように去っていった。俺のことをただの細っちいガキだと思っていたんだろうけど、俺はレースに関しては絶対の自信がある。何せ、今までで一度も負けたことがないからな。
「それにしても、面倒なことになったな。明日の竜騎士祭をどうするか……」
「ああ。よくなったとは言っても、ジェシーはまだ病み上がりだ」
「おそらく、リンドウが君のことを父上に言いつけたのだろう。何か企んでいるようだが、私とユリが見張っているから安心してくれ」
アカネがそう言うなら問題はなさそうだ。
「ただ、竜騎士祭は外部の人間の干渉が禁じられているからな。レース中に妨害があった場合、私たちが介入することは難しいだろう」
「心配しなくても、コースの上なら大丈夫だ。俺たちを妨害できるライダーなんかいない」
「頼もしいな。君のような竜騎士になりたかった」
そういえば、アカネは元々、村一番の竜騎士になって村を救おうとしてたんだったか。
「アカネはもうドラゴンに乗ろうとは思わないのか?」
「私は乗る方はからっきしだ。自分の足で走り回るほうが性に合っている」
「野生児だな」
「仕方がないだろう。その方が速い」
冗談にも聞こえないのが怖いところだった。人は移動手段を得るためにドラゴンと共に生きることを選んだけど、アカネは自分が強くなることを選んだ。こんな世界だから、それも仕方がないと思う。
「それに、私は元々ドラゴンに乗るのがあまり好きじゃないんだ。村の竜騎士たちに酷使されるドラゴンたちが見ていられなくてな。この村の人間は、ドラゴンとは魔物の一種だと教わって来た。実際、一部の上位種は人間にとって恐怖の象徴として恐れられることもある」
「飛竜とかの事か?」
確か、飛竜はドラゴンの上位種で、伝説上の存在だって聞いたことがある。他にも、警備隊のおっちゃんが乗ってる火山竜だったり、地上に来た時に襲ってきた黒いドラゴンも上位種だ。
「飛竜はどちらかと言えば信仰の対象だがな。ただ、上位種の中では友好的と言われている飛竜ですら、成体になれば竜巻を起こし雷雲を呼ぶ伝説の竜だ。彼らの前では人間の集落など一瞬で消滅するだろうな」
天空の竜騎士が操っていたと言われている飛竜の成体は、
「そのせいか、この里の人間はドラゴンに対して潜在的な恐怖を持っている。だからこそ、酷使することで自分の方が上だと示そうとしてるんだ。見てみろ」
何匹かのドラゴンが村の周りを飛んでいるのが見える。ドラゴンは表情が分かりにくいけど、島のドラゴンと違って鬼気迫ってるというか、余裕がないように見えた。
「競争や試合の練習をする者たちはドラゴンを手綱で操り、言うことを聞かないときは横腹を蹴ったり手綱を思い切り引いたりする。この村の騎士はああやってドラゴンを御するんだが、私は、長い時間を共に過ごしたドラゴンにあんなことはできなかったんだ。私は竜騎士ではなく、戦士の方が性に合っている」
「アカネはドラゴンライダーに向いてると思うけどな。ドラゴンに乗るときに重要なのはお互いへの信頼だ。アカネのドラゴンを思う気持ちは本物だと思う」
「難しいことを言うな……ドラゴンと人間とでは根本的に違う。こちらが対等に思っていても、ドラゴンがそう思っているとは限らない」
「そんなに難しく考えることはないよ」
「友達になればいい。簡単だろ。多分、ドラゴンはアカネの事を友達だと思ってるよ。だから、次はアカネの番だ」
別に、精神論じゃない。ドラゴンには人の感情を読み取る力がある。乗り手がドラゴンに恐怖心を持っていたら、ドラゴンもこっちの事を怖がってしまう。だから、アカネのドラゴンはアカネの恐怖心を読み取って、どこかへ行ってしまったんだと思う。逆に、こっちがドラゴンの事を友達だと思っていれば、ドラゴンも友達として力を貸してくれる。
アカネは驚いたように目を見開くと、すぐに可笑しそうに笑った。
「私が言うのも何だが、君はよくそんな簡単に他人のことを信じられるな」
「そんなにおかしいか?」
アカネは静かに首を横に振る。
「ただ……君なら本当に優勝してしまうかもしれないと思ってな」
「当たり前だ。戦うことはできないけど、レースだったら誰にも負けないさ」
「流石は天空の竜騎士だ。期待している」
そう言って、アカネは再び水が入った壺を担いでユリの作業部屋へ向かっていった。
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