10 つかの間の休息

 ゴーレムが消え去った後にはきれいな鍵がひとつ落ちていた。


『タスク完了:BOSS撃破×1

 タスク完了:鍵の発見』


『第一階層クリアオメデトウゴザイマス。タダチニ次ノ階層ヘト移動シテ下サイ。

 尚、コノ階層ニハ戻ッテクルコトガ可能デス』


 案内が流れて、安堵する。

 そんな私はと言えば、疲れ果てて床と仲良くしていた。

「死ぬ、無理、つらい、体力とか、ついたこと、なんか、ないし……」

 ああ、熱中症にでもなりそう。そっかぁ、水分の心配もしないとこれやばいかも……。火照った体に冷たい石の床が気持ちいい。

「おい、イリシャ。大丈夫か」

「だいじょばないですねぇ……」

 現在、頭の周りに星が飛んでる気がする。まぁ、気がするだけだけど。

「立てるか? 起きれるか? 歩けるか?」

 多分全部無理。ああ、我ながら情けなさに涙が出てくる。

「ふう……。うし、いける、頑張れる、私は密偵」

 自分で言っておきながらよくわからない言葉で自分を励ます、人って疲れるとわけわからんこと言い出すんだな。って、私だけか。

 その後、よしいけるとかいいながら、起き上がろうとした腕は疲労で情けなくプルプルと振るえ、数秒と持たず、私は床にかなりいい音で頭突きをかました。


「すみません、お待たせしました。行きましょうかクルガさん」

 腫れるとまではいかないが、真っ赤になっているであろう額をガン見されながら、なにかセリフをいうのって結構恥ずかしいのね。

 やっぱ顔は見られるなら出来るだけきれいな方がいいねぇ。

 床と相当濃厚な激突をかましてから、結局体感で10分ほど私は撃沈した。

 さぁて、そんなことはどうでもいいんだ。

「次の階層? はなにがあるんだろうな」

「さすがにそれはわからないですよ」

 クルガさんが拾い上げていた鍵を、封印の間Iの奥にあった扉に差し込む。

 次の階層になにがあるかわかるなら、私は密偵じゃなくて予言者とかになった方がいいと思う。しかも、そっちの方がもうかりそうだな。

「イリシャ」

 名前を呼ばれて我に返る。なにかあったのかな?

 ただ、見つめられるだけじゃ困るんですが~。

 まぁ多分ね、聞きたいことはこれなのかな?

「罠とかは大丈夫だと思いますよ。進んじゃいましょう」

「そうか」



 すごい、いや、すごくない!? 以心伝心成功しましたよ?

「ふ、ふふっ」

 思わず笑っちゃった。

「どうしたイリシャ」

 開けかけた扉をまた閉めようとするクルガさん。

 ごめんなさい、ごめんなさい。別に扉になにかあるわけじゃないんです。

「いや、クルガさん。私たち、いいコンビだと思いません?」

 ただ1階層を攻略するだけで、ここまで信頼関係を築ける相手はそうそういないだろう。私にとってもクルガさんにとっても。

 なんだか怖いけれど、クルガさんは絶対に信頼できる。そんな気がする。

 あぁ、私いつか悪い人に騙されそう。

 でもクルガさんになら騙されてもいいとか思えてくるから本当に笑える。

 最初から、密偵という職についているといっても変な目で見てくる人じゃなかった。私にとってそれは最大限の敬意を払う理由として十分。

「なるほどな」

 そしてクルガさんも満足そうに笑ってた。

 ……ここから出られたとしても、クルガさんと一緒にいられるのかな。




「っぎゃ、まぶし……」

 扉が思ったよりも重たくて……って、私にとってじゃないからね? クルガさんにとってもだからね?

 だから開かなくて必死で全体重で必死に押した結果やっと開いたと思ったら、すっごく明るくて目がくらんだ。

「イリシャ……、罠はないと……」

 クルガさんもすごくまぶしそうに目を細めている。

「危険はないんですけど……、光量はちょっとわかんないですよ」

 あの罠特有の雰囲気がない。罠の避け方は勘ではなく確かな確信をもって判断しているけど、罠にはなんか殺意みたいなものを感じるからそれがない。

 大丈夫だと思うけどね……。

 今までめちゃくちゃ暗かったことを今初めて知った。扉の外が今までより明るいかなんて知らないよ。


「あ、ちょっと見えてきた……、何? ログハウスかここ?」

 目をつぶっちゃうとあまり改善しないから、限界まで顔をしかめながらしばらくすごしていた。

 クルガさんも私の危険はないって言葉を信じたようでその場で立ち尽くしている。

 視界が確保できない状況で、下手に動く方が危ないしね。

「イリシャ、あれ、飲んでも大丈夫だと思うか?」

 はい? え、ちょ、あれ? ってなに?

「クルガさん……、ごめん、私まだよく見えてないです」

 顔をしかめ続けているせいでちょっと痛い。前代未聞の顔面筋肉痛にでもなりそうだ。

 あー、ちょっとだけ視力悪くなった感じがする。やだなぁ。

 ぱちぱちと何回か瞬きしてたら見えてきたような気がしたから、もういっかいクルガさんに聞く。

「あれってどれですかー?」

 やばい、会話が老人だ。指示語を軸に会話をしている。非常にわかりにくい。

「テーブルの上にある水差しなんだが」

 あ、ああー。ああ~。

 見えた。見えたよ。

「入ってるのはそのまま水ですかね?」

 うう、まだ目がちかちかする。すぐにモンスターと遭遇しなくてよかった。

 この迷宮は本当に不思議だ。どうやって私たちをここまで来させたのかわからないし、なにより仕様が親切。だからといってそれにあぐらをかくと相当痛い目にあうだろうことがよくわかる。ゴーレムにてよく学んだ。

 まるで、真面目に攻略するのなら応援しようというような。

 馬鹿らしい、疲れすぎたかな。


「イリシャ、疲れたのだろう? 飲めるのなら飲んでおいた方がいいと思うのだが」

「そのとおりなんですけどね~、果たして大丈夫なものなのか」

 迷宮内には罠があふれている。大体わかるけれど、毒の類の見分けなんて常人にできるはずもない。

「ああ、そのとおりだな……っておい!」

 慌てるように伸ばされた手を避けるように水差しに手を伸ばす。

 そのまま手のひらにこぼれないように水をそそぐと、口元に運ぶ。

 うん、おいしい。疲れた体に染み渡る。非常にありがたい。

「大丈夫かどうかわからないものを、気軽に口に含むな」

「おいしいですよぅ」

 そして無事ですよぅ。

 けろっとした顔でクルガさんを見ると、眉間にしわがよっていた。それはもうどこぞの渓谷だってくらいよっていた。

 そんなクルガさんを気にせず水差しとそこら辺にあったマグカップを渡す。

「大丈夫かどうかわからないものを、気軽に口に含むな」

 あ、なんかおんなじセリフをたった数秒前に聞いた気がする。

「多少なら、毒には耐性が――」

 冒険者を初めてすぐの頃は、森というか森林というかそれのさらに奥地みたいなところで弱い毒蛇や毒虫に何度もかまれまくったものだ。

 師匠には、それも経験のうちだとかいうふざけた理由で放置されたが。

 ――本当にふざけていたよあの師匠は。あの師匠に関しての恩と殺意を天秤にかけたらぐらっぐらに揺れること間違いないだろう。


 カツカツカツカツッ。

「なんだ?」

 突如響き渡った、何かを書いているような、削っているかのような音に、二人して身構える。

 部屋の壁に掛けてあった、黒板に白く文字が浮き出ていた。

『ずいぶんと大胆な人』


 ……これ、私のことか?

「……」

「間違いなくお前のことだろうな」

「……!」

 そんな大胆でもないだろうという驚愕の顔をしてクルガさんをみると、

「いやなら、そんな無茶な行動をつつしめ。見ていて心臓に悪い」

『お隣の人は大変そう』

 再び筆記音。

「いや、だからこそ助かっていることもある。できればやめてほしいがな」

 その言葉に自然とほほ笑む。

 こういうのは普通にうれしいね。最後のセリフは聞かないフリしたけど。


「それで? あなたは誰」


『わたしはわたし お願いたすけて』

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