3 開始後パニック

「クルガさん! 扉閉めて! 早く!」

 開け放していた扉の奥から見えた"それ"に必死で叫び声を上げる。


 ……迷宮内では大声を出さないほうがいいんでした。

 だけど、"それ"が向かってくる前にクルガさんが扉を閉めるほうが早かった。

 さすが軍人。ありがとうございます。

 ちなみにそれとはちらっとだけ見えたけれど、どうもモンスターっぽかった。

 シルエットからして小型ではあるんだろうけれど、本格的に迷宮に来たって感じがする。

 何回行っても、ここの雰囲気は慣れない。


『繰リ返シマス。第一ミッション。支給アイテムヲ確認シテクダサイ。

支給アイテムヲ表示イタシマス』


『ステータスブック

装備スロット

タスクバー

以上ノモノハ呟クカ念ジテイタダクト、オ使イニナラレマス』


『続イテ、封印ノ間Iノ扉ノ開放ニ伴ウ、モンスターノ開放ニツイテノ一覧デス』


『★1:スライム(無)

★1:スケルトン

★1:グール

★5BOSS:アイアンゴーレム』


『ミッション完了:支給アイテムノ確認』


『ミッション:エリア踏破』


『タスク:スライム(無)撃破×5

タスク:スケルトン撃破×5

タスク:グール撃破×5

タスク:BOSS撃破×1

タスク:隠シ部屋ノ発見

タスク:鍵ノ発見

タスク:大広間ヘノ扉ノ開放』


『初回ノタメ説明イタシマス。エリア踏破ニハ、隠シ部屋ノ到達ハ含マレテオリマセン』


 多いよっ。

 よくもまあ、ずらずらとご丁寧に。

 隠し部屋があることと、鍵が必要なことまで言ってくれちゃって。


『タスクハ完了スルト、ボーナスガ貰エルコトガアリマス』


「クルガさん読みました?」

「うむ」

「多分このタスクってものを達成していかないとミッションが達成できないんでしょうね」

「ただ、達成しなくともミッションをクリア出来るタスクもあるということなのだろうな」

「それを達成するとボーナスが貰えると」

「……多分だが、そういうのはすべて貰っておいたほうがよいのでは?」

 知識のない者の意見で恐縮だが、とでも言いそうな顔で。

 それにしても、クルガさんの呑み込みが早くて助かる。

 互いに理解しているのかという確認の会話であるが、会話のテンポが非常にいい。

 これ、実は素晴らしいタッグなのではないだろうか。

「大正解。多分、今あたしたちは初期装備って事になってて、ボス以外のモンスターの撃破ミッションあたりで装備が貰えるんでしょうかねー」


 だってあまりにもなにもないところなんだもん。

 このように、時折、勝手に人を引きずり込む迷惑宮、略して迷宮とかいう愛称で呼ばれている迷宮は少なからず存在する。

 基本初期にその迷宮の攻略難易度に合わせた初期装備がもらえるはずなんだが、アイテムがある様子はこの部屋のどこにもない。

 ついでに、どこかに行こうとも扉すらない。隠し扉含め皆無。


「ところでだが、ステータスブックは見たか?」

「見てないですね、どんなこと書いてありました?」

「見たほうが早い」

「なになに……ステータスブック」

 呟けば使用できるとあったから呟いてみる。若干どころじゃなく恥ずかしい。

 私はいい年して何してるんだろう。


『ステータスブック 名前:イリシャ

攻撃力:50

魔力量:0

速さ:200

耐久力:100

運:100』


 なんか1つだけ0がある。いやあ、お恥ずかしいことにあたしには魔力がないんですよう。

「なるほどって感じです」

「ああ、数値化されているぶん戦闘分析がしやすくていいな」

「あるいはそうせざるをえないほどの……ということか」

いやだ、この迷宮。優しさが恐ろしい。

「俺は攻撃力が500で一番高いのだが……イリシャはどうだ?」

「あたしは……速さが200でこれが一番高いかなぁ。攻撃力は50で一番低いですねぇ」

 密偵という職業柄も入っているけれど、自身の戦闘能力の皆無さを迷宮に見透かされているようで心から微妙な気分になった。

 すばしっこいという評判通り、速さが高いのは素直にうれしい。

 前に仲間に逃げ足だけは速いとかいう不名誉なあだ名をつけられたことなんかすっかり忘れたもんね。

「俺が一番低いのは……運で20……だな」

「ありゃりゃ。まあ、確かに運なさそうですしね」

「む。……心当たりがない、わけではないが」

 あれ、ちょっとからかうつもりでいったんだけどな。

 額面通り受け取られてしまった。

 反省して、これからこういうからかいはなしにしよう。クルガさん全部そのまま受け取りそうだ。


「心当たりあるんですか。やっぱりこう……職業柄、って感じですかね。

あたしは戦闘職ではない密偵としてはまあ標準だと言えるステータスをしているかなと。攻撃力が下がる代わりにスピードが高いですからね。耐久力と運は両方とも……100か。とすると、100が標準値だと考えていい感じですかね」

「ああ、俺も速さと魔力量が100ということを考えるとそうなのだろうな」

 魔力量? あ、そういえばそんなのありましたね。

「すみません、訂正が。一番低いのは攻撃力じゃなくて魔力量の0でした」

「……お? 魔力なしか?」

「う〜ん。医者によると後天性と言われてはいるんですがね〜。

幼い頃に少々、色々とありまして、その時の影響で魔力器が失われたのではないかと言われてますね。

実際のところ、魔術なんて使えるようなご身分ではなかったので問題はないのですが」

 そういうとクルガさんは、眉を寄せ、唇を引き結び、かと思えばもにゅもにゅと何か言いたげに動かし、苦悩の表情百面相を繰り広げた後。


「……そうか」

 と、それだけを言った。

「はい。ちょっと今は踏み込んだこと聞かないでくれると助かります」

今だけ動きが悪い表情筋に活を入れつつ、笑顔を作る。

この話題のときは本当に頬の筋肉が固まるから困る。

「……そうか。それは、いつかは踏み込んだことを聞いてもいいということか?」

「お好きなようにご解釈なさってください」

 今のほぼ初対面のような状況で言いたい内容でもないし、聞きたい内容でもないだろう。

 それは私からの気遣いでもあるし、現状での牽制ということもある。

 きっとクルガさんなら察してくれるんじゃないかなという、勝手な期待を抱いた。

「そうか」

 しばらくの沈黙の後。

 クルガさんはとっても重要なことをつぶやいた。


「ところでだが……、扉、溶かされているよな?」

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