2 カウントダウン騒動

 そして、先に言っておこう。

 あたしはクルガさんを起こす気など最初からなかった。

 もとから眠りは浅く、あまり睡眠を必要としていない体質だったから徹夜ぐらい、 体に支障はない。

 何よりもクルガさんは迷宮に慣れていない。体力は温存させておいて上げたほうがいいかなって。


 それにしても、暇すぎる。

 そうだ、今のうちに持ち物を確認しておこう。

 いつも腰につけているポーチは見かけによらず、かなりの量が入る。

 知り合いの魔術工作師に作ってもらったマジックポーチだからだ。

 瓶いっぱいの飴。50mほどのロープ。針金1本。瓶いっぱいのガラス玉。短剣2本。

 ……少ないと言えば少ない。いつも迷宮に行くときはもう少し色々持っている。

 例えば、ちょっとした布とか。そういうのでも十分役に立つ。

 ここにはなにもない。

 だから持っているもので何とかするしか無いのだけれど……。

「……食料があって助かったな」

 ここは迷宮。魔物が出ればそれを狩って食べることができるけれど、獣型がでる迷宮かはわからない。

 ガラス玉も嬉しい。これはとても役に立つ使い道がある。

「大丈夫。必要最低限はある」

 目はしっかりと開けたまま、石造りの部屋の隅で体育座りをし、そこに顔を埋める。

「大丈夫。大丈夫。大丈夫……」


『20時間経過。指示マデ4時間デス。石ノ間Iノ扉ヲ開放シマス』


 きっと、クルガさんが放り込まれてからなのだろう。あたし的にはそれほど時間が立ってはいないが、もう20時間過ぎたようだ。

 クルガさんを起こそうと思ったが、この部屋の扉からガチャリと解錠音がしただけだったことと、指示まであと4時間と言っていたことから、まだ大丈夫だと判断した。


『21時間経過。指示マデ3時間デス。石ノ間IIノ扉ヲ開放シマス』


『22時間経過。指示マデ2時間デス。石ノ間IIIノ扉ヲ開放シマス』


『警告。23時間経過。指示マデ1時間デス。石ノ間IVノ扉ヲ開放シマス』


 4回目の表示は今までとは違った。警告という文字がついてきたのだ。

 さすがに起こそう。1人だと対応しきれない場合があるかもしれない。

「クルガさん。起きてください、クルガさん」

「む。交代の時間か?」

 すぐに起きてくれたクルガさん。非常に助かる。寝起きが悪かったらどうしようかと思った。

「かくかくしかじかで……表示が変わったんす。気を付けたほうがいいと思って」

 クルガさんに、今までで4回の表示があったことを話した。4回目で表示が変わったことも。


「む。どうして起こしてくれなかった?」

「すみません。意外と早く表示が出たもので」

「起こすつもりがなかったな?」

「バレましたか。まあ、迷宮に不慣れな人は休ませておいたほうが良いかと思って」

「俺とて軍人だ。見張りなどには経験がある」

「迷宮ナメないでくださいよ。一歩間違えば危ないんですって。

私は慣れてるんで、今は体力温存してほしかったんです」

 1人、2人、3人、4人……10人……50人……。数え切れないほど、迷宮を墓とした人々を見てきた。

 絶望をあらわにし、生へと固執した表情を見せて死んでいった奴を何度も見た。

 知っていれば、生きれたのにと。

 たらればの世界に、IFのおとぎ話には希望など、価値など、未来などない。

 あるのは、過去と、絶望と、死と……まあ、それぐらいか。それが迷宮だ。

「そうか。ならば知識があるやつは残しておいたほうがいいだろう。俺だけ残されてもなにも対処できん」

「……そっか。ならいいんだけど。まあ、あたしは数日寝てなくても問題ないですから、気にしなくてもいいんですよ?」

「了解した。今はありがたく受け取っておこう。次は起こせ」

「はいはい。善処しますー」


 やれやれ、クルガさんも変わった人だな。

 密偵のことを心配してくれるなんて。今までにいなかった。

 変わった人だけど、優しい人だからまあいっか。

「! 表示だ」


『封印の間I開放まで、あと00:30:00』


『00:29:59』『00:29:58』『00:29:57』『00:29:56』『00:29:55』


「……カウントダウンか」

「封印の間……ねぇ。嫌な予感しかしないな」

「ああ。念の為、お互いが持っている道具を教え合わないか」

「……いいですよ」

 本当は、迷宮では誰も信じないほうがいいんだけど。

 でも今は、味方を作ったほうがいい。絶対にそうした方がいい。

 だから、いつもと違うやり方でも、いつもどおり、攻略してみせる。

「俺は、持っている武器はライフルのみだな。道具……というか、持ち物は小銭とバンダナくらいか。うむ、あまり使えるものがないな」

「小銭は何が?」

「む。教えないほうがよいのではないか。イリシャが必ずしも信用できるとは限らない。といってももう武器は教えてしまったが」

 意地悪とか、そういうわけではなく、ただただ生真面目に思ったことを言っているだけのようだ。

「……私がいうのもなんですが。クルガさんは信用できるし、あたしのことも信用してくれて構わないと思っているわけですね。説得力はないんすけど。

取り敢えずここでは協力したほうがいいです。スタートが二人っていうことも、他の迷宮にはない表示が出ることも、ただただ、危険を感じさせるものでしかないので。

こういうスタートの時点でわざわざ分けてくる迷宮はメンバーが欠けると攻略難易度がいきなり跳ね上がります。

だから、協力しましょう、クルガさん。あたしはこれからあなたに対して嘘をつかない。命と引き換えにしてでも誓いますから。ともに、生き残って帰りませんか、クルガさん」

 まっすぐ相手の目を見つめる。交渉をする時には大事なポイントなんだよ。

「うむ。了解した。俺も誓おうか、イリシャ、あなたを守り抜いて、ともに生き残ることを」

 柔らかな笑顔を返してくれた。うん。本当になんていい人だ。

「いいんですか? そんなこと誓っちゃって」

「俺は余計なことまで背負い込みがちだとよく言われるが、構わない。イリシャを守り抜けなかったならばその責任はすべて俺にあると、俺を責めようか。そこまで言えばイリシャはなにがなんでも生き残ってくれるだろう? お節介密偵どの?」

 ……いけしゃあしゃあといいやがって。ひくり、と頬が引きつった。

「短い間に私のことをよく把握したようで何よりですぅ」

 前言撤回。本当になんて強かな人だ。んったく。


「ああ、で、俺の持っている小銭が何かだったな。銅貨が5枚に銀貨が1枚だ」

「意外っていっちゃなんだけど、結構持ってるんですねぇ。そんな大金日常生活じゃ使わないでしょう?」

「うむ。丁度、大家さんに家賃を支払おうとした金を持っているところだったのでな」

「なるほどです。あたしはと言いますと色々と持っていますよう。

飴とロープと針金とガラス玉と……あとは、武器の短剣ですねー。ロクに使えないんですけど」

「……ならば一本借りててもよいか? 遠距離武器のライフルだけでは少々心もとなくてな」

「ああ、いいですよ。長年使っているからボロいんですけど」

 と、短剣を手渡す。

「ああ、確かに年季が入っているな。だが、手入れはきちんとされている。大事にされてきた剣だと人目でわかる」

「べた褒めしていただいてどうもありがとっすー」

「うむ」


『警告! 警告! 警告! 00:10:00』


「これはこれはご丁寧に、10分前の警告ですか」

「扉は開けておくか?」

「そうしましょう。……あ、やべ。開いてるのに見回りをするの忘れてた」

「大丈夫だ。なんとかなる」

 ……その自信はどこからくるんですか、クルガさん。

 カチ……カチ……カチ……カチ……カチ……。

 秒針が聞こえる気がする。時計じゃなくて、時限爆弾の。


『00:00:30』『00:00:29』『00:00:28』『00:00:27』『00:00:26』『00:00:25』


 あと25秒。一応左手には短剣を構えている。んだけど、ロクに使えないんだよねぇ。


『00:00:05』『00:00:04』『00:00:03』『00:00:02』『00:00:01』


 来る!


『00:00:00 24時間ガ経過シマシタ。封印ノ間Iノ扉ヲ開放シマス。

続イテ指示ヲ出シマス。第一ミッション。支給アイテムヲ確認シテクダサイ』


「クルガさん! 扉閉めて! 早く!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る