1 イリシャ参戦

 その日、あたしは屋外にいたはずだった。

 相変わらずの野宿で、木の上で落ちないようにバランス取って、寝ていたはずだった。

「(どこだここーーーーーーーーーーーーーー!!)」


 そして、その日。

 大迷宮アルラディスにあたしの(心の声の)絶叫が響き渡った。

 もはや衝撃すぎて声が出なかった。

『意識ノ有無ヲ確認。意識有リ。コレヨリ登録ヲ開始シマス』

 !  突然視界に文字が一文字ずつ浮き上がる。

 ……意識の有無……いやまあそりゃあ、あるさ。いや、死んでるって可能性も無くもない……けどね……。

 あれ、ここってもしかして地獄だったりするか?

 死因、木から落下して死亡? 嫌だな、しかも寝ていたというオマケまであるし。


『意識ノ混濁ヲ確認。イエス・マスター。登録ノ前ニ状況説明ヲイタシマス。スキャン……。確認シマシタ。名前イリシャ。年齢19。青ノ瞳ニ茶色ノ髪ガ特徴デス。生死状態ハ生ト判断シマス』

 目の前に浮かび続ける文字を必死に追う。これを見逃したらいけない気がした。

 なんだこれなんだこれ、なんだこれ。

『意識ノ混濁ガ解消サレマシタ。コレヨリ登録ヲ開始シマス。

大迷宮アルラディス攻略メンバー。イリシャ。スキャン……。登録完了シマシタ。

指示ハ24時間後ニイタシマス。ソレデハアナタ方ノ健闘ヲオ祈リシテオリマス……』

 いや意識の混濁は解消されてねぇよ。


 じゃらだーーーーーーーーーん!!


 派手な銅鑼の音とともに扉が現れた。いや、展開急すぎやん。

 心に余裕がほしい。なんだこれ。ああもうホント、なんだこれ。

「走れ! 速く!」

 唐突に男の声がする。誰?

「速く! 死ぬぞ! 後ろを見ろ!」

 後ろ?

「え……?」

「速く! 走れ!」

 消えてゆく。床が、消えて、深淵が覗く。

「ひっ」

 軽く涙目になりながら、全力で扉へ走る。

 な、なんなんだよ〜〜〜!

 いざ扉へ飛びついたら、ノブがなかった。な、なんで!?

 怖いけど後ろを振り向く。

 ……死ぬ。見てからすぐに後悔した。

 もうすぐそこの床も消えて無くなりそうなほど深淵が近づいていた。

「ぎゃーーー!!  なんで、なんで開かない!?  いやもう、ちょっと待って死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ」

 こうなったら自棄だ。体をひねり反動を付けて扉を蹴り飛ばそう……としたら!

 ……扉開いたんですけど。しかもなんか男の人出てきたんですけど。

 扉を蹴り飛ばそうとしたら開いた。しかも人が開けてくれた。

 結果どうなるか。わかりきったことだ。

 急には止まれず、男の人を思い切り蹴り飛ばし、あたしはドアの中に転がり込んだ。

 セーフ! いやあ生きてるって素晴らしい。

 ……じゃないよ。

 あたしはドアの向こう。暗い石造りの部屋の床に座り込んで。

「本当にすみませんでした……」

 不可抗力的なものであるとはいえ、額に靴跡を付けた男の人に向かって全身全霊をこめて頭を下げた。


密偵スカウト!?」

「あー、まあ、はい。そうですね。あ、悪いことはしていませんよ?

ギルド公認の職業でして、迷宮攻略の時の……そうですね、哨戒兵のようなことをしてますです」

「そうか……。俺がいた国ではそういう職業はなかったな。

その、誹謗中傷のようなものはないのだろうか。

いや、密偵というとどうしても悪いイメージをいだく人がいるのではないかと思っただけだ。他意はない」

 慌てて静かに首を振るクルガさんからは確かに悪意のようなものは見られない。

「気を使わなくても大丈夫ですよ。

やっぱり、密偵をやっている人っていうのはあたしの所属しているギルドの中でも少なくて、理解してくれる人も少なかったです。

……でも!  大切なことなんですよ。密偵の役割って。

新米パーティにはどんなにそのパーティが嫌だと言っても無理やりギルドが密偵を付けさせるぐらいですから。

迷宮の中は、罠、鍵のついた扉、それから間違った順路で溢れていますからね。

密偵いないと、迷宮のことをよく知らない人たちは全滅しますよ。

実際あたしも、忠告を聞かず帰ってこなかったパーティを何度も見ました。

密偵だけは帰ってくるから、また疑われるんですけれどね。でもあたしはこの職業誇りに思ってますよ」

 だからだろうか、思ったよりも熱弁してしまった、いやお恥ずかしい。

「ああ、戦争時にも哨戒という役目は大切だ。非戦闘職というだけあって、軍の中でも冷遇されていたが、俺は尊敬の念を持っている」


 あの後、このクルガ・オルデンさんに謝り倒して、この現状を説明してもらい、自己紹介をすることになった。

「そっかー。クルガさんて軍人なんですよね。あまり、現実味がないな」

「あったら困るな。やはり世の中は平和が一番だ」

「そういう人が軍人やってて良かったとは思いますがね。あたしも、争いは嫌いです」

 クルガさんも気がついたら、あたしと同じ状況になっていたという。あそこまで、取り乱してはいなかったらしいけど。

 ……すいませんね。子供っぽくて。


「ところで、これはどういうことなんだろうな。試しては見たがここから出れるようではないし」

「ええ。あたしも鍵穴がない限りどうにも出来ませんし……」

 鍵開けの技術は密偵養成所で習った。それなりに優秀な成績を修めた自覚はあるし大抵のドアは開けられる。

 んだけど、鍵穴が無いとどうしようも出来ないんじゃい!

「取り敢えずこの部屋を調べてみるか」

「そうですね」

 まばたきを繰り返しながら、部屋を探る。

 けほっ、ホコリが凄いな。目に染みるぜ、まったく。

「ちなみにお何歳で?」

「20だが君は?」

「19ですよん」

 ほうほう、クルガさんは20ね……。20……?

「「……えっ?」」


 あたしはクルガさんがもう少し年上だと思ってたし、クルガさんはあたしのことをもう少し年下だと思っていたらしい。

 結局の所、二人とも衝撃が後から来た。


 数時間後。

「見事なまでに何もねぇ」

「ああ。迷宮での知識がないから断定できないが……それでも、なにもないな」

 床に座り込んで、呆然としていた。

 何っっっっっっっっっっっっっっっっもねぇーーーーーーーーーーーーーーー。

 え、なに、なんなの? ここで餓死でもしろっつーんですかね。

 ゆっくりと目を閉じる。疲れた。

 ……。

(『指示ハ24時間後ニ致シマス』)

「あ」

 目を閉じたら脳裏に浮かんだ。

 そうじゃんか。

 そんなこと言われたじゃんか。


「24時間後だな」

 向こうも思い出したようだ。ちなみに言われた指示はあたしのと一緒だった。

「んじゃあ、それまで休みますか」

「見張りはいるだろうか」

 そう言われ、まあ確かに何も起こらないってことは証明されていないなと考え直す。

「……じゃあ、あたしが先に見張りとして起きてますね。交代の時起こしますわ」

「む。必ず起こしてくれよ」

「起こしますよ。絶対眠くなっちゃう」

「そうか。それでは先に寝させていただこう。おやすみ、イリシャ」

「はい、おやすみなさい、クルガさん」


 ……めっちゃくちゃいい声してますね。おやすみなさい。

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