5 クルガ・オルデン参戦

 なんだろう、この人は。

 スライムとの激闘を終えたばかりの俺はそう思った。

 戦闘慣れしてないんですようとか言いながら、状況を判断し、打破するための策をすぐに練る。


 素早くわかりやすい指示を出しながら、一番無茶をするところは自分でやってしまう。

 今だって合わせている左手は赤くただれているのに。

 どうして、そんなにもきれいな涙を流して、スライムの死を痛むのだろう。

「……そいつは、敵、だったんだぞ」

 その空気に若干押されながら、尋ねる。

「そうだとしても、命がなくなるということは、悲しまれるべきです。どんな命であれど」

「イリシャを傷つけたのだぞ」

「見事であるというべきでしょう。最後まで生きることを諦めなかったのですから。

己の命を奪うものに対して、反撃するという手段を用いるしかなかったあたしたちは、どちらが負けてもおかしくないんです。

諦める人もいます。主に人間は、ですが。諦めなかったこと。最後まで生きようとあがいたこと。それらは称賛に値すべきです」

「そいつも敵に死を悲しまれても、複雑なだけだろう!?」

「……感情が存在すると、思っているのですか。ならば、死を悲しまれないことは悲しいときっと思うことでしょう」

「お前じゃないほうがいいと言っているのだ」

「ならば誰が悲しんでくれるというのですか。ならば誰がその生き様を称賛してくれるというのですか。

敵対した、その強さを知った。その生涯を見届けたあたしが称賛しても良いはずです」

 声を荒らげた俺に対し、終始冷静に言葉を返してくるイリシャ。なんなのだろう、この人は。


「なぜそこまで……」

「死は、悲しまれるべきです。悲しまれないことこそが、悲しいことなのです。

だからあたしは無駄であろうと。偽善であろうと。せめてもの、お見事でしたと、せめてもの称賛と祈りを送り続けるのです」

 手をおろし、こちらをまっすぐに見つめながらそう言ってくるイリシャ。

 その視線には、目をそらしたくなる。

「そう……か」

 間違ってはいない。ただ俺が受け入れられていないだけだ。

 だが……、もしも敵対せずにすんだのなら。モンスターと人間が敵対しない世界があったら。

 イリシャが聞けば、IFとたらればほど無駄なものはありませんよと一蹴されるだろうが。

 そうだな。俺も。称賛を送ろう。戦い抜いたその生涯に。

「見事だった」

 イリシャのように、顔の前で手を合わせ、祈りを捧げる。

 しばらくして顔を上げたら、軽く目を見張ったイリシャがいた。

「どこか問題があったか?」

 自分の祈り方に何か問題でもあったのだろうか。

「ううん………………。や、ちょっと驚いただけっす」

 随分と驚いたようだ。そんなにおかしかったのか?

「……うん。……うん。や、あたしの行動を理解してくれる人がいたんだなァと」

 妙に感慨深げに目を伏せて呟く、過去に何かあったのだろうか。


「まあ、こうしてても仕方ないですね。あと、ボーナス早速入ったみたいですよ」

「む。いつの間に」

 さすがはイリシャ。確認が早いな。

「あたしには、ルーンでしたけどそちらは?」

「……どこを見ればよいのだ?」

「あれ、視界の端に出ませんでした? タスク達成って」

「気が付かなかったようだ」

「えーっと、ならですね……。ちょいとお待ちを……」

 イリシャは、少々優しすぎると思うのだ。

 俺が探せばいいものの、なぜそうまでしてくれるのだろう。

「恩を売っておくっていうのは大切ですからね。

それと、今現在クルガさんには尽くしておいたほうがよいと、あたしの長年の勘が告げておりまする」

「なぜわかった?」

 なぜ俺の考えていることがわかったのだろうか。それにしてもイリシャは真剣なのかふざけているのか相変わらずわからない。

「あ、ありましたよ。タスクバー見れば出てきます。あとですね、クルガさんはわかりやすいです」

 タスクバー、と。


『タスク完了:スライム(無)撃破×5

ボーナス:魔法弾(炎)装填済』


「魔法弾、というものだったが……。ルーン、と魔法弾について説明をお願いしてもよいだろうか。あいにくとよく知らなくてな」

「えっ? ああ、はいはい、いいですよ。ただし、スケルトン1体がご来店いたしましたのでそれを相手しながらでお願いしゃっす。

スケルトンは技術さえあれば短剣でも十分倒せますよ。それならクルガさん余裕でしょう?」

「うむ。余裕ではあるが、ここは店ではないぞ、よって来店という表現はおかしいのではなかろうか」

「あたしの冗句を真顔で返さないでくれません? むなしくなるんで」

 眉間に皺を寄せて、こちらを睨むイリシャ。……だったのか。それは済まなかった。

「ぎぎ……ぎぎ……」

 と、きしんだ音を立てながらこちらへと向かってきたスケルトンの錆びついた剣を弾き飛ばす。


「お見事、と言いたいとこですけどね。指ついちゃってるんで戻ってきますよぅ」

 む? どういうことだ? 我ながらきれいに弾き飛ばせたと思ったのだが。

「ほら」

 弾き飛んだ剣がゆらりと持ち上がったかと思うと、カタカタと笑うスケルトンの腕へと戻っていった。

「?!」

 よく見れば、俺はスケルトンの指ごと弾いていたようだ。

「そいつも、核を潰すか本体から離すかしないと永遠にくっつかれ続けますよ。骨砕くって方法もなくはないすけど。っつか、核どこにあるんですかね?」

 短剣では無理だな。そしてイリシャが淡々と放ったその言葉に、ほんの少しだけ怯えた顔をした(個人の感想)スケルトンがおかしかった。

 そしてぱっと見た感じではあるが、そうだな。核が見当たらない。

「まあでもなんとかしそうなんで、説明の方をしちゃいますかね」

 すすす、と壁に背中をつけるイリシャ。

 なるほど、そうして、視界外からの攻撃から身を守っているのか。さすがはイリシャ。

「先に魔法弾の説明をしますとですね、その名のとーり、魔法の銃弾ってことです。

ただしそれを使うには魔法銃っつー、その魔法弾と対になる魔法具が必要ですけどね。

普通の銃に込めると爆発するか発射しないかのどっちかです。確率で言うと前者が90%ですかね。なかなかの博打ですよう。

ちょっとMっ気のある方々は、その博打を楽しむ会などというのを開いているらしいですがまっっったく理解が出来ないですね。

はい、話がそれちゃいました。

ちなみに魔法弾というのは希少なものなのですけれども、希少故に一度魔法銃に込めたら永遠に使える利点がございます。

リボルバー……回転式拳銃とでも言えばいいですかね。あの弾倉に入れておくんです。イメージで言えば。

取り出さない限り永遠に討ち続けられますよん。で、他にも何か書いてありました?」

「む、どういうこ、っとだ?」

 すまない。戦いながら説明を聞くというのは思った以上に難しかったようだ。

 すぐに頭に内容が入ってゆかなくて困る。

「いえ、あたしの報酬はどういう仕組みかわかりませんけども、このように手元にあるので。まー、多分っすけど、転移魔法の一種ですかね」

 確かに手元にはない。

 むぅ。確か……、(炎)というのと……、装填済みというのが書いてあったか。

「(炎)というのと、装填済みということが書いてあった……ぞ」

 スケルトンが思っていた以上にしつこいので、前蹴りで体全体を吹き飛ばして体勢を整える。


「……はあ?!」

「っ」

 壁際で腕組みをしていたイリシャが唐突に素っ頓狂な声を上げる。

 ……あまり急に大声を出さないでほしいのだが。珍しく驚いてしまったではないか。

「……なんだそれ、本当のボーナスを受け取りたければ魔法銃を見つけろと? こんな手のこんだ面倒くさい仕掛け見たことねー」

 壁から身を離し、かと思えば再び壁に寄りかかってブツブツと何かを言い始めたイリシャ。

 正直……その、不気味なのだが。

 まあ、驚いて少々飛び跳ねたおかげで見えたのだけれども、スケルトンを支える赤い核が。

 今度は足を回して地面に叩きつけるようにして、スケルトンを蹴り飛ばす。

 追い打ちをかけるように飛び込むと、赤く輝く核に短剣を振り下ろす。

 カッシャーン――。

 核が散る音とともに、スケルトンが灰になって消えてゆく。

 なぜか、勝ったという喜びよりも、なんとも言えない虚無感の方が強かった。

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