きさらぎ駅

まる・みく

きさらぎ駅

 都市伝説のひとつに「きさらぎ駅」というのがある。


 今から二十年ほど前、巨大掲示板「2ちゃんねる」発祥の都市伝説で、実況版スレッドに「気のせいかも知れませんがよろしいですか」「某私鉄に乗車しているのですが、様子がおかしいのです」で始まるネットのやり取りから始まるネット怪談のひとつである。


 「はすみ(葉純)」と名乗る女性は新浜町駅から遠州鉄道に乗ったものの、停電や見た事ない風景が続き、最後には「きさらぎ駅」という知らない無人駅に到着して、翌朝まで、実況版で他のユーザーとのやり取りが続き、携帯をかけても知人にはつながらない、やがて、通りかかった車に乗ったという所で、書き込みの更新が消えたというものである。


 何度か「きさらぎ駅」を題材にした小説や映画を読んだり見た事があるが、あきらかに、常世の国の異空間、もしくは、得体のしれないものが徘徊する場所として、描かれている。


 常世の国、あの世に対する憧憬と畏怖が作り出したネットミームのひとつだと私は思う。


 著作権者のいない物語のひとつのテンプレで、さまざまなバリエーションが語られて、増産されて、消費していく。


 まことに便利な怪談のテンプレで小泉八雲の「怪談」の一編「むじな」に匹敵する。


 あれも、多くの映画やテレビ番組に引用されて、元ネタを知らない人間もいるだろう。


 夜道を歩いていると、むじな(のっぺらぼう)にあった人間が驚いて、屋台のうどん屋に駆け込み、「そこでむじなにあった」というと、うどん屋はその客に振り向きざまに「そのむじなはこんな顔でしたか」とのっぺらぼうの面を見せる。


 私が憶えている限り、ウルトラセブンに「明日を捜せ」というエピソードでシャドー星人から逃げている木田三千雄演じる占い師が「宇宙人にねらわれているんだ」とタクシーの運転手にいうと、「その宇宙人はこんな顔でしたか」と木田三千雄が驚くという。弱弱しい木田三千雄のキャスティング、野長瀬三摩地演出のサスペンスで見せる佳作である。


 …長々と書き連ねてしまったが、実は出張中の帰り、乗り換えの電車を間違えて、その「きさらぎ駅」に到着してまった。


 いまだに、信じられないが、目の前には「きさらぎ駅」という表札がある。


 多分、私は出張中にした人間として行方不明者名簿に登録されるだろう。


 この記録を書いているメモをここに残して、この電車を降りようと思う。


 私は生きて、自分の家族の元に帰られるだろうか?

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