焼肉 1

「マジ最悪。今週末、八王子まで行かなきゃならんのよ」とまさが愚痴る。

「あー、それ私も。毎回渋谷だったのに今回だけわざわざ遠いとこ指定されるのどういうことなの?」

 グループの中で私とまさだけが、まだ未成年。私の最終学歴は高校中退で、まさの最終学歴は中卒になる。

 海外の大学に進学するには、英語試験の得点だけでは不十分で、高校卒業証明書と成績表が必要だ。なので、私たちは言語学校が指定した通信高校に通わなければならなかった。

 私の場合、一年生時に半年通学していたのと高卒認定試験の合格証明書があるので、通信高校に一年通えば高校の成績表を手に入れることが出来る予定だ。

「まさも八王子?」

「俺もそう。八王子意外と遠いよな」

「え、そうなの? そしたら焼き肉行く? 私八王子で焼き肉いつも行くところあるから」と美和子が言う。

「そうなの? 予算四千円くらいなら行きたい」

「あ、全然足りるよ。行こう」

「結愛は?」

「んー、ごめん。私は良いかな」

「そっかそっか。了解」と美和子が返す。

 断る結愛に内心残念だと思ったけれど、仕方がないと思いなおした。

 彼氏が八王子に行くから一緒に八王子に行きたいと思う美和子と違って、結愛には行く動機がない。

 それに、通信高校の授業は遅い時間まであるから、授業に出ない二人は八王子で私たちを待っていなければならない。いくら彼女の私が八王子に行くからといって、お金と時間を使ってまでわざわざ一緒に八王子で焼き肉を食べてほしいと思うのは、私のわがままだと思った。だから何も言わなかった。

 週末になり、私は言語学校に行くときと違って日本語の教科書と通信高校の学生証を鞄に入れた。

 八王子駅周辺は建物が賑やかで人通りも盛んだったけど、駅から十数分歩くと辺りは静かな住宅街になった。

 その建物の列の中に美容師専門学校があり、この学校が休日で使われていないときに通信高校がその建物を借りて対面授業をする。建物に入り指定された部屋に行くと、広い教室にたった数人の生徒がまばらに座っていた。教室の壁際に置かれた棚には美容師が使う首だけのマネキンが並んでいる。私は適当に席につき、ただ時間が過ぎるのを待った。

 通信高校の授業内容は私立中学と高校に通っていた私にとって学んだことのあることばかりで正直とても退屈だ。けれど、海外に行くためだと自分を説得した。

 こういう一方通行の授業を受けていると、いつも私立高校にいたことを思い出させられる。今になっても思い返すだけで苦痛だ。

 私がこういう環境に馴染めない理由はきっと論理的に考えて、非効率的で無駄が多い授業体系の中で、自分の時間を無作為に取られているという考えがあるからだと思う。

 周りの人のように、それに耐えて受験勉強をしようとなれば楽だったのかもしれないけれど、どうしてもそれが盲目的に見えて耐えられない。

 私はやっぱり、こんな世間体にがんじがらめにされて生きるのには向いていない。

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